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記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
3章 記憶の無い彼の答え
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-過去を知る女-

 動いている彼を見るのは十年振りのことで、少なからず緊張していたと思う。動いているって表現は良くないと分かっているけれど、彼を見に行ってもずっと眠っていたから仕方が無い。何度もお見舞いに行ったことは、彼が知ることは無い。私が優真の両親に口止めをしている。


 彼には記憶が無い。


 そのことを知ったのは彼が目覚めてから何ヶ月が経ってからだった。彼が私のことを忘れているのを信じたくなかったから、だから会いに行くことが出来ずにいた。

 でも一目見たい気持ちを抑えることは長くは続かず、彼に会うことにする。それは今から約一年前のこと。

 私は優真自身には内緒で、優真のお母さんから彼が出かける日を教えてもらっていた。待ち伏せするみたいで嫌だけれど、彼にはまだ顔を見られるわけには行かない。そんな心配など杞憂で終わることを知らずに私は緊張しながら彼が来るのを雨の中待っていた。


(きた・・!)

 十年振りに見る顔、雨が降っていようが関係無い。事故に遭うまで彼の顔を見なかった日は無かったのだから。一目見ただけで私は歩いてくる男の子が優真だと気付いた。

 歩いている姿を見ているだけなのに、なぜこんなにも嬉しい気持ちになるのか。何度声をかけても目覚めなかった彼が、こうやって普通に歩いている。それだけで涙が出てくる。感傷に浸っていた私だったが、彼が倒れるのを見て、隠れていたことなんて忘れて彼の前に飛び出してしまう。


(倒れているのに、黙って見てるだけなんて出来ない。)


「君、大丈夫?」

 私の声は震えていないかな、変な顔してないかな。久しぶりに会う彼にどう思われるかな。

 あの時の私はそんな意味も無いことを考えていたと思う、彼の記憶が無いことを忘れて。


 彼の、優真の顔がまるで初めて会う人と話すかのような顔をしているのに気づいて私は思いだす。

 私が彼と初めて話した日のことを。



 小さい頃は家が近所だったことから、一緒によく遊んでいた。

 いつからだろう、一緒に遊ぶことも話すことも無くなったのは。

 ある放課後の会話。私が優真に久しぶりに話した言葉は、彼にどう伝わっていたのだろうか。

「そんなんじゃあいつら調子に乗っちゃうよ?」

「そんなこと言われても。僕はやり返したくないから黙ってるだけだよ。」


 同じクラスで幼馴染の筒井優真君。彼はクラスの男子によくいじられていた。そんな姿を見るのも嫌だったから、彼に話しかけたのだけれど、思っていた返しとは違っていて、彼のことをもっと知りたいそんな気持ちが沸いて来た。


「やり返したくないってどうして?ムカついたりしないの?」

「そりゃあやられればムカつくよ。でもさ、僕がやり返しても何にもならない。お父さんが言ってたんだ、力に訴えるのはしょうもない奴のすることだって。」


 それは綺麗事、実際には役に立たない言葉、枷と言っても過言ではない。

 だってそれは自分を苦しめている、他人を傷つけない考え方だけど、自分が傷つけられるのを良しとしている。

 私にはそんな考え方は出来ない。クラスの男子よりは賢いつもりでいたけれど、彼の考えを理解することが出来ない私自身に不満を募らせていく。だから私は彼に棘のある言葉を放つ。


「やり返せない、自分の無力さを正当化してるだけなんじゃない。」

 私は初めて話す彼を嫌いだとか嫌がらせをしたい訳じゃないのに、どうしてこんなことを言ってしまったのだろうか。彼を守りたくて、彼を知りたくて話しかけたのに。

 そんな私のやるせない気持ちを他所に彼はこう言ったんだ。

「僕のことなのに、真剣に考えてくれてありがとうね。」


 私はその時から彼に惹かれ始めていたのだと思う。同じクラスの人にいじられていようとも、自分を持ち続ける彼の本当の強さに触れた時から。

 その日から私は彼と一緒に過ごすことが多くなっていった、まるで幼い頃に戻ったかのように。休み時間には私から話しかけに行って、登下校では私から迎えに行って。今思えば一方的な想いだった。でも彼は嫌な顔一つしなかったから、むしろ笑顔が増えて行ったのを私は知っている。誰よりも彼を見ていたから。

 その時の私は、彼の笑顔のきっかけになれることに幸せを感じていたのだと思う。

 だから・・、あの日彼を迎えに行かなかったことを死ぬほど後悔した。

 そして彼に会いに行く勇気が出せなくなっていった。


 優真に言った、昔の君は私のことを好きだったってことは嘘だ。私の利己的な願望でしかない。

 だから病院で優真と友達が話している会話を聞いた時、黙っていられなかった。

 私の隣にいつも居た君が突然いなくなって、それを自分の責任だと決めつけた自分からやっと抜け出したのに、君は更に遠くに行ってしまうなんて認めたくなかった。

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