-彼女のペース-
「優真、退院したら一緒に遊びに行こうね。」
彼女はそう告げ、これからサークルがあるからと言って帰って行った。まるで嵐のように過ぎ去って行く彼女に僕らは重い息を吐く。
「いやいや、ダメだろ。お前はこれから芳川に告白して、付き合うんだろ?」
「まだ付き合えるかは分からないけどね。」
「なに弱気になってんだ。さっきまでの勢いが彩希ちゃんだっけか、あの子が来てから無くなってんぞ。」
「・・・。それにしても翔太って、誰にでもちゃん付けなんだね。」
翔太の言う通り、僕は告白する気分じゃ無くなってしまった。彼女が幼馴染だから遠慮してるとかではない、僕の気持ちはそんなことで揺らいだりする程度の物ではなくなっているのだ。それに彼女が僕を気にするとは思えない。大学生になっている彼女は、僕とは住む世界が違うだろうし大学生活を謳歌しているに違いないのだから。
ではどうして告白する気分じゃ無くなったのかは、僕でも分からない。
「まあ、とりあえず言いたいことは言ったから俺は帰るわ。さっさと退院して、また春ちゃんとデートすれば上手く行くかもしんねえし。んじゃあな。」
「わざわざありがとう。じゃあまた学校で。」
予想外の人物の登場で僕は頭の中がまだ混乱状態のまま。彼女のことについて思い出したと言っても、詳しいことは何一つ思い出せてない。モヤモヤが晴れない僕は考えるのを止めて、一先ず眠ることにした。退院まで体を休めることの方が大事だとそう判断したからだ。
九月中旬、残暑も少しずつ和らいできただろうか。半袖で過ごしていた人たちが、七分丈や長袖を着ているのが目に映る。
人通りが多い場所に僕が何故来ているのか。答えは一つ、彼女が僕の家にやって来たからだ。彼女が誰かって?それは今から二時間ほど前に話は戻ると直ぐに分かる。
「やあ、優真。遊びに行きますか!」
第一声はこうだった。スポーティーな服装で現れた彼女は、入院中に見舞いに来た幼馴染、衛藤彩希だった。彼女が家を知っているのは分からなくも無い。彼女は幼馴染で、今も昔も僕はこの家に住んでいるのだから。
逆に今まで僕の家に訪れなかったことの方が疑問だ。目覚めてから一年半の間、僕は彼女を見かけたことは無い。彼女のことを考えているとまるで僕の心を覗いていたかのように、彼女は答え始める。
「大学に通い始めてから一人暮らしを始めてさ、ここから遠いのよねー。それに意外に大学も忙しいのよ。」
「それで優真、今日ヒマ?」
「暇だけど。」
そう答えると僕はカバンを持つことさえ許されず、そのまま引っ張って行かれた。
彼女の強引さをどこか懐かしいと感じるのはなぜだろうか。
「で、どこに行くの?衛藤さん。」
僕は堪忍して彼女に付き合うことにする。それが今の最善手だと僕の体が訴えていたから。
「彩希。下の名前で呼んでくれなきゃ嫌。」
「ああ・・。じゃあ、彩希。今日はどこに遊びに行くの?」
「スポッチャ!」
都心から少し離れた場所にある巨大なアミューズメント施設。ボーリングやらカラオケ、ローラースケートなど様々な遊びが楽しめる場所になっている。
どうやら彩希は、元々大学の友達と今日この場所に来る予定だったのに、突然ドタキャンされたらしい。ドタキャンとは土壇場でキャンセルの略語、短縮されていて非常に使いやすい印象だ。
「だから、動きやすい恰好してきたんだ。」
「それもあるけど、ヒラヒラな服って私好きじゃないんだ。それに私の美脚をアピールするにはショーパンが良いの。」
そう言われると自然と目線が足に行ってしまうのは男の性だろうか。確かに細くて長い、彼女の言う美脚に入るのだろう。それとあまり考えていなかったが、彩希は他の女子よりも身長が高いように思える。
「彩希って何センチ、身長。」
「え、百六十七センチだよ。結構高い方でしょー。お姉さんっぽい?」
目線があまり変わらないのはそのせいか。身長が高いとお姉さんらしいかは僕にはさっぱりだ。
「なんか言ってよ。ノリ悪いなー。」
女性に向かってこれを言ったら失礼に値するかもしれないが、高校生と大学生は近いようで遠いのかも知れないな。
僕は来たことの無い場所で彩希に連れまわされていた。連れまわされること自体には慣れていたが、スピードがとてつもない。次から次へと移動し、すべてのスポットを遊びつくすかのようだ。いや、その通りなのだろう。
疲れを感じないのは彼女の笑顔のおかげか、僕自身も楽しんでいるからか。家に帰るころには直ぐにベッドで寝てしまいそうだが。
どこか懐かしさを感じるのは彼女が幼馴染だからだろうか。
「次はー、バブルサッカーは二人じゃつまらないかもだし、フリーバッティングしよ!」
屋上に行くと久しぶりの太陽の光が照り付けて、目が痛い。思わずその仕草は癖になっているのか、右目を覆った。
「え・・。」
見なきゃ良かったと思っているのか。そんな風に考えるなんて僕らしくない。
彼女の頭上に文字が見えてしまったんだ。否定的な感想を抱くのは以前の僕ではあり得無いこと。
そう思うに至る理由が、頭上の文字にあった。
僕はその文字の意味を理解しているし、今まで二人の願いを叶えて来たからそれが彼女の願いだと言うことも理解している、それでも聞いてしまったんだ。
「彩希はさ、彼氏いるの?」
「なーに、口説いてんの?幼馴染だからって簡単には私は捕まらないぞー。」
「違うよ・・、ただの興味本位だよ。」
彩希は真っすぐ僕の瞳を見つめてくる。彼女の瞳はまるで僕の心の中を覗いているかのように感じるんだ。なぜかは分からないけれど、そう思ってしまう。昔もそうだったのだろうか。
笑みを浮かべながら僕に近づいて来る。彩希は、芳川さんや真理さん、山中さんとも違うタイプの女性なのかも知れない。
彼女は耳元で僕に囁いたんだ。
「昔の優真は、私のこと好きだったよね。」
昔の僕がどうだったか分からない筈なのに、その言葉を聞いて恥ずかしいと言う感情を抱く。顔が赤らむのを感じるほどに恥ずかしさが込み上げて来て、彼女のことを見ていられなかった。
「彼氏ね、出来たら欲しいかな。」
出来たらなんて嘘だ、彩希は彼氏が欲しいに決まっている。分かっているのに僕は聞いたんだ。
だって彩希の求める願いは、「恋人」。彼女の頭上の文字はそう表していたから。




