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記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
2章 ココロの移り変わり
23/33

-心のざわめき-

 視界に映る世界は、目覚めた時以来の光景だった。

 僕は連日の疲労が蓄積したことから、過労で倒れたらしい。窓から見える景色は昼間なのか明るく日差しが眩しく感じていた。眠っていたから余計だろうか。

 今思えば、九年振りに目覚めた病室は薄暗かった。長い間閉じられていた目を光でやられないようにするためだったのだろうか。

 隣には浴衣姿の芳川さんも居なければ、天井には花火など打ち上がっているはずも無く、ただ真っ白いだけの空間の中に僕は一人横たわっていた。


 記憶がぼやけていた、いつ僕はここに運ばれたのか、彼女はどうしているのか。何もわからない僕は周りを見渡し、ナースコールボタンを発見しすぐさま押そうとするも、体が思うように動かず手を伸ばす程度の動きに手間取ってしまう。

 何とかボタンを押すことに成功すると、しばらくして若い看護師が病室へと入って来た。


「筒井さん、お目覚めですか?二日も眠ってらっしゃったので、体が固まってるでしょ。どうですか?」

「そうですね、少し体が重いですが疲れは取れているみたいです。」


 僕は自分で思っている以上に肉体的疲労が蓄積されていたようで、目覚めた時には普段のだるさを感じてなかった。だるいと言うのが体の不調を表すサインであることを僕は倒れることによって知ったのだ。

(なんとまあ、不自由な体なんだ。)

 生きているだけで幸せなんだから文句は口には出さないが、内心ではそう思っていた。これも色々な人と出会って生まれた感情だろうか。それとも元々僕はこういう人間だったのか、考えても答えは一向に出ないが。


「今、先生を呼びますね。過労ですので問題は無いと思いますが。少し横になって待っていてください。」


 数分も経たないうちに、先生が現れ問診やらをそつなくこなしていく。彼にとっては僕は患者の一人に過ぎなくて感情を露わにするほどの距離感ではないらしい。それとも彼が冷たい人間なのか、彼も疲れているのだろうか。そんなことを考えていたが、僕は後者であると結論付けた。その方が彼に対する印象を損なうことは無いと判断したから。初対面でマイナスに人を判断しても良い結果は生まれないし、良い感情も生まれにくいからだ。


 怪我をしたわけでも無いので、僕は病院内を歩いて回ることにした。この病院はどうやら一年前まで入院していた所とは別の場所らしい。見るからにこじんまりとしていたから直ぐに違いに気付いた。

 院内の窓から見える距離に立派な木が聳え立っていた。樹齢何百年と言う長く生きているのだろう、それくらい大きな木で、僕は窓からその木をずっと見ていた。


「優真!目が覚めたのね。二日も眠ってるんだから、心配したのよ。」

「ああ、母さん。心配かけてごめんね。もう、大丈夫。」

 声をかけられるまで人の接近に気付かなかった。母と二人で病室へ戻ることにする。短い探検の終わりだ。


 なんだか久し振りに母さんと話しをしている気がする。昼も夜も家に居ない為、顔を合わせない日も最近は増えてきていた。父さんとはもっと会っていない。

「優真、顔つきが変わって来たね。」

「そう?自分ではあまり顔に出していないつもりだけど。」

「昔の優真みたい。」

「そうなんだ・・。」


 昔の僕と言われても、どう返していいか返事に困る。未だに目覚める前の記憶は戻らないし、かと言ってそれが生活に支障をきたしたことはないが、母のように昔の僕を知っている人からこういう話をされると嫌でも気になってしまう。

 母と久しぶりの会話で、高校に入学してから初めて出来た親友の話やら積もる話が沢山合ったから話の辞め時が見つからなかった。勿論、芳川さんとの話もした。休日に遊びに行っていることを母も知っていたことだが、誰と出掛けているのかを言っていなかったのでこの際に全部伝えることにした。


「無理し過ぎてるみたいで心配したけど、楽しそうで良かったわ。」

「うん、彼らのおかげで僕も楽しく高校生活を送れていると思う。」

 

 そんな話をしていると、当の本人が見舞いに現れた。足音の大きさで大体誰だか分かるのは彼だけだろう。勢いよく扉を開き彼は僕の居る病室に入って来る。

「優真、無事か?」

「むしろ寝すぎなくらい。」


 翔太は僕に話しかけた後に、母に挨拶をすると入れ替わりのように母は帰って行った。

 彼の顔を見ると何かを言いたげな表情をしていた。そう考えるといつも喋りまくっている彼がどこか静かな気がしてくる。世間話を続けるも彼は言いたいことを言えずにいる、そんな雰囲気だ。彼が言いたくないなら言わなければ良いし、僕はどちらでも構わない、そう思っていたけれど彼のそんな姿は珍しいからつい聞きだしてしまった。


「なんかあったの?」

「いや・・、大した話じゃないこともない。」

「え、どっち?」

「凄く重要なニュースだ。優真にとって悪いニュースかも知れない。それでも聞くか?」

「良いから言いなよ、本当は言いたいんでしょ。」

 僕がそう言うと険しい顔だった彼の顔がゆがみ始める。


「真理ちゃんから聞いたんだけどさ。どうやら芳川に言い寄ってる男が居るらしいんだよ。」

「つまり?」

「芳川に彼氏が出来ちまうかもって話だ!」


 翔太の話を聞くに真理さんは芳川さんとは違うクラスらしいけど、クラスが違うのにも関わらず知っていると言うことは、噂やら何やらが広まっているのかも知れない。芳川さんに惚れているらしい男は、夏休みに入る前から事あるごとアピールしているとのこと。

 なんだか翔太の話を聞いてから僕の心はモヤモヤしていて、どこかすっきりしない。


「どうすんだよ、優真!お前がちんたらしてるから取られちまうかもだぞ?もしかしたら今頃告白されてるかも・・。」

「そう言われても。決めるのは彼女だし。」


「お前、それは違うだろ?」


 何が違うと言うのか。彼女が誰を選ぶかは彼女の気持ち次第で、僕にはどうすることも出来ないじゃないか。確かに彼女とは何度も遊びに行ったりして、この前の夏祭りでは彼女から告白をされた。僕の不甲斐なさから最後まで聞き取ることは出来なかったけれど。

 その彼女が僕じゃない違う男を好きになってしまっても仕方が無いことだ。そうじゃないの、翔太。


「優真はさ、一ミリも彼女に惚れていないって言い切れるか?」

「他の男が芳川の隣で並んで歩いてるのを黙って見ていられるのか?その時、彼女の笑顔はお前に向けられたもんじゃねえんだぞ?それでお前は、我慢できるのかよ!」


 翔太は鼻息荒く、僕の心に響くように訴えかけてくる。

「俺はな優真。お前の親友だから言うぞ。いい加減自分の気持ちに気付け!そして動けよ!いつまで見てるだけなんだよ。」

「お前が動けば、彼女の世界もお前の世界も変わるんだよ。」

「多分な!」


 最後は笑い飛ばして僕の背中を力強く叩いた。まるで僕を後押しするかのように。


「翔太、ありがとう。僕のために色々考えてくれて。」

「何言ってんだよ、言ったろ?お前の親友だから言うって。」


 本当にありがとう。翔太の言葉は僕の止まりかけていた心を動かしたのだと思う。いや思うじゃなくてはっきり動いたんだ。だって僕は自分の気持ちを理解したから。

 当たり前のことだったんだ、彼女に惹かれていないのに何度もデートに行ったりしない。遊び感覚の男も居るかもしれないが、僕はそんな器用なことは出来ないしするつもりも毛頭ない。


 もし好きと言う感情を誰かと共有するならば、それは自分の好きな人と。

 もし愛と言う感情を誰かに注げられるのなら、一人にだけ注ぎたい。


「翔太はさ、真理さんにどんなタイミングで告白したの?」

「そんなん勢いさ。一緒に食事してその場の流れで、かな。」

「え、夜景の見える丘とかで告白とかじゃないの。」


「そんなロマンチックな告白を高校生でやってるやつはいねえだろ。」

「少なくとも俺にはできねえ。」


「確かに。」


 彼の願いは親友を作ること、その願いの為に彼と仲良くなったのが最初であったことは間違いない。他人を幸せにしたい、その気持ちは本心からだし、彼の気持ちを踏みにじることはした覚えも無いしそんなつもりも一切なかった。

 でも、親友って作るものじゃない。彼と話して共に笑い合った結果が親友と言う形になったんだ。


 翔太が言うには、告白は早い方が良いそうだ。夏祭りに芳川さんから告白を受けた話を翔太に伝えると、尚更早い方が良いとのこと。どうやら彼女の気持ちが醒めてしまうか、諦めてしまう可能性があるらしい。


「だから、今から電話しろ!」

 僕は彼の勢いに任せてスマホを机に置いてあったカバンから取り出す。ここが病室であることは僕と彼の中では消えていた。スマホの画面を見た瞬間、僕は一度冷静さを取り戻してしまった。

 手の動きが止まり、それを見た彼は僕のスマホを奪い取ろうとする。どうやら初めてメッセージを送った時同様に彼が電話をかける気らしい。しかしここで彼に任せては流れるまま告白したことになる。それは何だか違う気がした。はっきりと何故違うと思うのかは分からないけれど、どこか嫌な感じがしたのだ。


 そんな収拾のつかないやり取りをしている間に、時間は過ぎて行く。結局のところ、僕は勇気が足りない、もっと言うならば意気地なしだった。

 翔太がこの病室に見舞いに来てから一時間が経過していた。昼過ぎのこの時間に他に見舞いに来る相手なんて僕にはいない。芳川さんや真理さんは学校に行っている時間だし、父さんは勿論会社で働いているだろう。

 だからその扉から、見知らぬ女性が入って来るなんて想像もしていなかった。


「あ、ホントに入院してるよ。三年前にお見舞いに来た時も寝てたし。優真はベッドがお似合いなのかもね~。」

「でも目覚めて本当に良かった。あ、今回じゃなくて前回の入院ね。友達も出来たみたいで私はお姉さんとして嬉しいよ。」


 いきなり入って来たこの女性は一体何を言っているのだろうか。僕の家族に姉なんて人はいない、それは間違いないはずだ。じゃあお姉さんと名乗るこの人は誰なんだ。


「あれ?久し振り過ぎて、私のこと忘れちゃった?それはお姉さん悲しいな~。」

「すみません。」

 僕も翔太も置いてけぼりだ。さっきまでは二人の空間だったのに、彼女が来てからは空気が違う。二人とも見覚えのない女性の登場にどうすることも出来なかった。それを理解したのか、彼女はまた話しだす。


「そうか、優真は記憶喪失だったね。そりゃあ覚えてる訳無いか。うんうん。」

「じゃあ、優真のお友達もいるみたいだし特別に教えてあげましょう~。」


「私の名前は、衛藤彩希(えとうさき)。君の幼馴染だよ。」


 僕の記憶の奥底で何かが弾ける様な感覚、見覚えのない彼女の名前を聞いても何も思い出せない。そのはずが、僕の頭の中で彼女を思い出そうと、壁を必死に壊している何かが存在した。その壁は何かを封印しているかのように聳え立ち、何者かがその壁を壊したんだ。


「彩希・・?」


「そうだよ。やっと会えたね優真。あの日から学校にいつまで経っても来ないから心配したんだよ。」


 僕はまだ完璧には思い出せていなかった。けれど彩希と言う女の子が居たこと、その子は僕の幼馴染で一緒に学校に通っていたことを何故か覚えている。断片的だけれど僕はそのことを思い出したのだと思う。

 今まで何も思い出せなかったのに、彼女のことだけ思い出したのは何故なのか。


 その理由を知ったとき、彼は目覚めてから一番の悩みを抱えることとなる。 

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