-彼女に惚れている男 後編-
授業も終わり帰る支度をしていると、今か今かと待っていたかと言わんばかりに彼が足早にこちらへ歩いてくる。親友の夏がこちらを見てきて何かを言いたげな顔をしていたが気にする暇を彼が与えてくれなかった。
「芳川、準備できたか?早く行かないと売り切れちまうかも。」
「えっと、何か買いに行くの?」
彼は笑顔で返事をするだけで言葉にしてこなかった。今から買いに行くものを秘密にしておきたい理由でもあるのだろうか。それとも他の人に引き留められる前に、教室から出て行きたかったのか。恐らく後者かな。
放課後、渋谷くんと帰る道のりはいつもと違って見えた、見慣れた道な筈なのに。
(優真さんと、二人で下校したら楽しいだろうなーなんて..。)
叶いもしない夢物語を想像するなんて、私らしくも無い。いや、私らしいってなんだろ。ついこの間まで、好きな男の子とデートを楽しんでいたのに、今は違う男の子と下校している私は本当に自分なのか。
「難しい顔してんな、またあいつのこと考えてんのか?」
「芳川を悩ませるくらいだ、大した男じゃないんだろ。」
「そんなことは!」
そんなことは無いよ。それに悩んでいるのは君が私を誘ったりするから・・。
違う、それは言い訳だ。私が彼の誘いにOKを出したのだから。彼を責めるのはお門違いで、私の心が弱っていたのがいけないんだ。
「まあいいや、俺が行きたかったところに着いたぜ。」
彼の言葉に従い、その店の前で足を止める。店内は無く、商品を受け取る場所だけがある小さなお店だった。看板には今川焼き屋と書かれており、文字が少し擦れていることから長く続いているお店なんだと思う。
駅前では無く、裏手にあるそのお店は普段の帰り道であれば気付くことが無い様な立地の場所に建てられており、私も四月からこの駅を使い始めたが、こんなところにお店があるなんて知りもしなかった。
「いらっしゃい、そこに書いてある味を選べるよ。」
ガラス窓に書かれていた文字は丁寧で読みやすく、餡子、チョコ、カスタードクリーム、カボチャクリーム、ツナマヨネーズ、梅あん、ハムマヨネーズの七種類があるみたい。私は今まで考え事をしていたのが嘘のように、その味の多さにどれにするか真剣に悩んでいた。
(結局、無難な餡子を選ぶあたり性格が出ているのかな。)
隣の彼は、ハムマヨネーズを選んでいた。最早お菓子では無くご飯ものに近いように見える。
今川焼きを買い、二人で落ち着いて食べられる場所を探していると近くの川の前にベンチが置かれていた。ベンチに座り、袋から今川焼きを取り出すと、小腹の空いて来た私の食欲をそそるかのように良い匂いがしてくる。
「今川焼きって全国で通じる名前じゃないらしいぞ。」
「え、じゃあ何て言うの?」
「大判焼きとか、地域によって違うらしい。」
彼と隣で話していていつもと違う距離感に戸惑ってしまい、それ以降は互いに会話も無く、手に持っている今川焼きを黙って食べていた。
二人とも食べ終わっても会話は無かったが、この静かな雰囲気は私じゃ無く彼が作り出していることに気付いた。ふと見た彼の手は汗ばんでいたから。
それを見た私は、これから何を言われるのか理解してしまった。
「なあ、芳川。お前が違う男を好きで、まだその気持ちがあることは分かってる。」
「でもさ、叶うか分からない恋よりも、確実にお前のことを好きな奴が居るんだ。」
「もしかしたら付き合っているうちに、俺のこと好きになるかも知れねえし。」
「いや好きにして見せる、それくらい俺は芳川が好きなんだ。この気持ちは本物だ、だから・・俺と付き合ってくれないか?」
初めて面と向かって好きと言う言葉を耳にしたかもしれない。好きと言う二文字は、魔法の言葉なんじゃないか。彼からの告白を聞いて、私はそう感じていた。だって素直に、その告白は聞いた私は嬉しい気持ちが沸いて来たから。
渋谷くんは私にとって、ただのクラスメイトと言う認識でしか無かった。そんな彼の告白なのに・・。
彼が私のどこを好きなのかも分からないし、いつから好きなのかも分からない。彼が何を好きで、休日は何をしているのか、誰と友達なのか、私は彼のことを何も知らないんだ。
だから返事なんて、まだできない。
「返事はさ、文化祭の時までに教えてくれよな。一緒に回れるなら俺も嬉しいしさ。」
照れている彼の顔を初めて見た気がする。私は告白を受けていたのに、彼の顔を見ていなかったんだ。私の心のどこかに後ろめたさがあったからだと思う。単純に目と目を合わせるのが恥ずかしかったし。
一つ言えることは今日この日から、彼は私にとって、ただのクラスメイトじゃ無くなってしまった。
女性は告白されたら嬉しいのでしょうか、好きでも無い人から。




