表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
2章 ココロの移り変わり
21/33

-彼女に惚れている男 前編-

 チャイムが鳴り、今日も授業が始まる。夏休みも終わり、1ヶ月半振りに聞き慣れたその音を耳にするも、これから始まる授業のことよりも違うことに意識を持って行かれ、まともに授業の内容が耳に入っていなかった。


「芳川、ここやってみろ。」

「は、はい。」


 先生に珍しく当てられ席を立ち、教壇の前へと歩いて行く。なぜ聞いていない時に限って当てられてしまうのか。私の足取りは重く、急かされるようにまたも先生が私の名前を呼ぶ。二度目は語尾が荒いことから私がのろのろ歩いているのが気に食わなかったのだろう。しかし状況は好転しない、黒板に書かれている文字を見る限り、今の時間は国語であること、そして問題は作者の気持ちを述べよとのこと。物語も読んでいないのに作者の気持ちなど到底理解できるはずも無く、私は困り果てていた。

 私は教壇に着き、机に背を向けて黒板だけに注目している、分かりもしない作者の気持ちを考えるためだ。チョークを手に取り、答えを書く場所まで右腕を上げる。チョークと言えば、お父さんに聞いたけど昔はチョークを持つだけで指が汚れてしまったのだとか、今ではコーティングされて大分軽減されたみたい。そんな話を思い出していた時だった。


「先生、トイレ行って良いっすか?もう我慢できなくて。」

「ああ、別に構わないぞ。」

「あざっす。」


 クラスの男子が声を大にしてそんなことを言っているのが後ろから聞こえて来た。その声に私も一瞬後ろを振り返る。良く聞き慣れたその声は、私の想像していた人物と一致しており、彼は私のすぐ脇を通る。手と手が触れ合うのでは無いかと思うほどの近い距離で、何か用でもあるのかと思っていたら彼の手からある一枚の紙を手渡される。


「よし、戻っていいぞ。次からはちゃんと答えをまとめて来るんだぞ。」


 一度当てられた私は、その後は流石に呼ばれることも無く静かに授業を聞いていると、いつの間にか授業は終わっていた。

 席を立ち彼の元へと歩いて行く。目的はただ一つ。


渋谷(しぶたに)くん、さっきはありがとうね。」

「大したことじゃねえよ。芳川が珍しくぼーっとしてるから、どうせ解いてないだろうと思って用意しといただけ。」

「え、そんな分かりやすかったかな?」

「いや俺が暇なときは、ずっとお前のこと見てるだけ。」


「あんま見られると恥ずかしいから・・、やめてね。じゃあね。」


 彼は渋谷晃(しぶたにこう)くん。触れ合うほどの距離まで近づいて来たのには理由があって、私に問題の答えを教えるために合えて近寄って来たのだ。先ほど手渡された紙に無造作に書かれたその字を見て、彼の先ほどの言葉を思い出す。渋谷くんはいつでも真っすぐで思ったことを口にする性格なのに、私にはからかってばかりで彼のそんな態度に振り回されてしまう。


「渋谷くん、今日も精が出ますなあ。芳川へのアタック。」


「なんだよ颯太(そうた)、いきなり変な呼び方して。」

「まあ男はアタックしてなんぼだろ。直接振られるまでアピールしなきゃ、俺自身の気持ちに嘘ついてることになるからな。」


「かっこいいねー。もう芳川も(こう)に惚れ始めてんじゃない?」


「いや、それがそうでもないらしい。」

「まじ?どーゆうこと?」

「さっき奈緒(なお)から聞いたんだけど、夏休み中に夏祭りあったろ?そこに芳川が男と一緒に居るのを見たって言うんだよ。」

「なんだよ、晃負けてんじゃん。だっせーな。」


「まだ負けてねえよ。本人から彼氏いるって聞いてないからな。」


 教室と言う小さな空間で、仲の良い友達同士が話している。何を話しているのか聞こえる時もあるし、聞こえない時もある。いつも休み時間は一緒に話をしている夏が、職員室に次の授業で使う道具を取りに行っているから、聞きたくも無い話を今回は偶然聞こえてきてしまった。


(奈緒も、わたしの許可なく男子にそういう話するかなーふつう・・。)

 奈緒に向かって軽く睨んでみると、奈緒がこちらを向いて下を出しながら笑っている。両手を顔の前に出して謝る仕草をしているが、あれは確信犯だろう。奈緒と渋谷くんは中学からの友達らしいし、私を見たのだとしたら話してもおかしくは無い、そういう子だから。


「じゃあいっそのこと聞いちゃおうぜ、芳川に彼氏いるかってさ。」

「なあ、芳川ー!」


「やめとけ颯太、そんなんだからお前は彼女出来ないんだよ。少し考えれば分かるだろ、彼女が嫌がることくらいさ。」

「はーそういうもんなんかねー。って俺だって中学の頃は彼女居たっつうの!」

「今は居ないだろ?つまりはそういうことだ。」


 渋谷くんはクラスの人気者で、誰とでも同じように分け隔てなく接している。私に対しても同様で彼のことは良いクラスメイト、そう思っていた。なのに彼が最近になって私に良く話しかけてくる、それも他の女子とは明らかに違う態度で。

(渋谷くんは、もしかしてわたしのこと・・。)


 彼のことを考えていた私だったが、会話の中に出て来た夏祭りと言う単語にあの日のことを思い出していた。


 私は優真さんが好きで好きで仕方が無い、もう気持ちを抑えきれないほどに膨れ上がっていた。だから三度目のデートだった夏祭りに告白するって彼からデートに誘われた時から決めていた。浴衣を着て髪型もセットして、優真さんが少しでも私のことを可愛いと思ってくれたら良い、その一心だった。

 初めて出会った時よりも格段に表情が豊かになってきていると私は優真さんを見ていて確信している。むしろ最初に話した時は感情が無い人形と話しているのかと錯覚したくらいで、そのくらい彼は言葉に抑揚が無かったから。その理由も夏祭りの時に優真さんから直接話してくれた。それが私にとっては一番嬉しかったかもしれない、服装を褒められたり外見を褒められたりすることよりも嬉しかったのだと今ではそう思っている。

 

 彼の笑顔は作り物、こう言っては彼に対して失礼だと当然分かっている。記憶が無いと言うのは私の想像よりも難しい問題なのだと、彼のことを考えるたびに思わされた。

 いつからか彼の笑顔を本当の物にしたい、そう考えるようになっていた。どんな時に笑顔になれば良いかを知った彼は私に向かって、適切なタイミングで笑顔を向ける。それだけでも十分だと私は思っていたのに、それなのに我慢できなかった。


(だって彼の本当の笑顔は、きっと素晴らしいって思うから。)


 私は今の関係よりも近くに、彼の心を動かす存在になりたい。人生で初めての告白を彼に伝える、そのはずだった。

 最後まで言い終わる前に、彼がその場から崩れ落ちたんだ。

 

 直ぐに救急車を呼んで優真さんを搬送してもらう。どこか冷静だった自分が今でも信じられない。告白していたとは思えないほどの空気の変わりよう。そこで私は気付いてしまった、私の初めての告白は終わってしまったんだと。

 優真さんとの間に見えない壁があるような気がした。私ではどうにも出来ない高い壁が聳え立っているかのように。彼への気持ちは本物だし、嘘偽りなんかじゃない。でも、救急車に乗っている私の脳内はその気持ちを否定してしまっていた。彼とは結ばれないんだと、一連の流れから私はそう解釈してしまったんだ。



「なあ、芳川。放課後ちょっと付き合ってくれないか?」


 二学期が始まって早2週間。そろそろ文化祭も近くなったある日のこと。急な彼の誘いに私は流されるまま受け入れた。夏には断るべきだって言われたけど、クラスメイトの誘いを断る理由が思いつかなかったし、今日は部活も無い日だから。私は気分転換にちょうど良い、そんな軽い気持ちで彼と放課後に出かけることにした。

最後まで読んで頂きありがとうございました。感想などお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ