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記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
2章 ココロの移り変わり
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-芳川春と言う人物-

 今から話すのは優真さんと出会ってからの私、芳川春の心の記憶。少しの時間だけど耳を傾けてくれたら嬉しいかな。じゃあ始めるね。


 初めて君と出会ってから、もう二ヶ月が経つなんて信じられないかな。楽しい時間ほど過ぎて行くのは早いと言うけれどその通りだ。彼を思うだけで楽しい毎日。

 彼の自己紹介は捉えどころのない、まるで捕まえることが出来ない雲のように感じたの。自分のことなんて分からないけど、自分を探しているのですって私には聞こえてきた。そんな彼は私の前の席に座っていたから自然と話しかけていた。


「優真さんは好きな女性のタイプとかってありますか?」

 今思えば私らしくない大胆な質問だった。中学までの私は歌うことが大好きなくらいで、基本的に学校では物静かな性格で友達に話しかけられたら話す程度の静かな存在。そんな私だから歌が好きだったのかも知れない、歌は想いを伝える物だから。誰かが私の代わりに想いを歌詞にしてくれて、それを歌うだけで気持ちを届けられる素晴らしいもの。

 だから私は軽音楽部に入部した。人前で歌ったりすることが恥ずかしくて今から文化祭ライブが不安で一杯だけど、少しずつ前に進めていると思うの。きっかけはあの日、休日の都心、何気ない日常に現れた男の子。あの日を振り返る前に優真さんの返事は何だったのかを思い出そうとする。

「あまり考えたこと無かったけれど、強いて言うならば自分を隠さない女性かな。」

 


「お巡りさんこっちでーす!強面のお兄さんが女性を襲ってます!」

 優真さんは知らないこと、私は君を知っていたんだよあの日から。街中で困っていた女性を颯爽と助けて右手で彼女を引っ張って行く姿に私は見惚れていた。誰も助けようとしない中で、優真さんだけは動じずに自分を貫いていたの。

 合コンの日に彼が遅れてやって来た時は、心臓が止まっちゃうかと思ったくらい。一人で勝手に優真さんとの再会にはしゃいじゃって私の方から話してばかり。目の前の彼を知りたいのに、私のことを知ってもらいたい気持ちもあって、想いが交錯しているのに止まらない。

 そんな私をみて、優真さんは優しい顔で笑うの。初めてのデートの時も、今日の水族館でのデートでも。その笑顔は私を馬鹿にしたり蔑んでいる訳でもない、温かい笑顔、彼の笑顔が私は見たいって思うようになっていく。



 恥ずかしながら私は、彼氏と言う存在が出来たことが無い。むしろ男の子と仲良くなったことなんて小学生の時くらいで、そんな私の人生で初めてのデートは優真さんが相手だった。強引な誘いにも嫌な顔一つせずに受け入れてくれる、逆に私に全く興味ないのかもと少し不安になったり。

 何もかもが初めての経験で戸惑っていたけれど、優真さんはつまらなそうな素振りを見せないから私の心は段々と落ち着きを見せていた。それなのに彼はとんでもないこと言いだすからあの時は凄く焦った。


「綺麗な二重だね。」

 落ち着いていた心が嘘のように踊り出す。言われたことも無い言葉に私の脳が追いつかない、固まっていた私に彼は手を伸ばす。その細い指が私のまぶたに触れている、そう分かった時には心臓が止まるんじゃないかと錯覚するほど脈打っていた。


 彼とカラオケに行った時に一つの想いを見つけたんだ。

 優真さんに私の歌を初めて聞かれている時、私はいつもより高い声で歌っていることに気付いた。音程もずれていたし聞かれるのが恥ずかしいと思っていたのに、歌い終わって彼を見ると私を褒めてくれた。その言葉にホッとする。私の歌った好きな歌手の歌を気に入ってくれたみたいで、そのことがまるで自分のことのように嬉しさが込み上げてくるのはなぜだろう。

 歌うのは好きだけど上手くはないから、何度も部活で練習したり一人でカラオケに来たりするのは上手くなりたいから、でも誰かのために歌を上手くなるかなんて考えたことも無かった。自分が歌うのが好きだから上手くなりたい、それが当たり前だと思っていたのに、彼に歌を届けたいって自然と思うようになっていた。彼に想いが届く歌を歌いたい。



 私は優真さんと付き合いたいのか、最近そんな疑問を抱くことが多い。彼のどこに惹かれているのか言葉にするのは難しいけれど、ただ一緒に話しをしていたい、歌を聞いてもらいたい、一見大したことの無い理由だけれど私はそう考えるようになっていた。

 そもそもこの気持ちは好きと言う感情で間違いないのかな。誰かを好きになったことの無い私だけど、この気持ちを勝手に好きだと思いこんでいるのかも知れない。いいや思い込みなんかじゃない、あの時もずっと彼からの連絡を待っていたのだから。


 合コンの日に連絡先を聞ける私だったのに、なぜかLINEでメッセージを送れない日々が続いていた。初デートが終わってからも何を送っていいのか分からず日にちだけは過ぎて行き、二週間が経ってしまっていた。


「それにしても!優真さんからLINEしてくれてもいいのに・・。」

 今日も連絡が取れない、そんな自分勝手な私の思い。誰にも聞こえない声で呟いたはずなのに、あの子の耳には届いていたの。真っすぐ私の席に向かって歩いてくる彼女に、何を言われるのかと内心ドキドキしながら彼女の第一声を待っていると。


「春はさ、バランスが悪いよね。」

「バランス?」

「だってそうでしょ?連絡先聞いたりデートにも誘えるのに、LINEを送るって言う簡単なことが出来ないんだもん。」

「それを言われちゃうと・・。」

「まあ乙女な春らしいけどね。そいや、今日は部活だっけ?」

「あ、今日は休みだよ。」

「じゃあ、カラオケでストレス発散しますかっ!」


 この学校に入学してから初めて出来た友達の(なつ)。夏が言うには、季節の名前が入ってるから声をかけてみたって言ってるけど、もしそれが本当だとしても私は嬉しい。友達が出来るかずっと不安だったから。夏の大胆さは見習いたい、私ももっと。


「しっかしさ、夏と春なんて安直過ぎない?私らの親。まあキラキラネームとか言うのよりはマシだけど。」

「わたしは気に入ってるけどね、この名前。でもわたしの場合、春なのに冬生まれなのは謎だけどね。」

「あー、そうだったね。1月だっけ?」

「うん、1月24日。夏は、名前の通り夏生まれだよねー。」

「夏に生まれたから、この名前にしたって言われたら萎えるけど。怖くて聞けないわ。」


 授業が終わってカラオケをしている時の何気ない会話。でも何気ない会話を出来るのは友達だから。優真さんとも楽しい会話が出来る今の関係がちょうど良いのかも。変に意識させちゃって黙っているデートなんて嫌だから。そもそも優真さんは意識したりするのだろうか、彼の謎めいた性格、どこか掴み所のない彼が私を意識したりするのか不安になってくる。


「優真さんだっけ?春の好きな男。」

「いや、好きとかじゃなくて・・、惹かれているっていうか。」

「それって好きってことじゃん?私は会ったこと無いからわかんないけどさー、でも連絡もしてこないってことは脈無いんじゃない?」


 友達のその一言、脈が無いって言われたことに私は思っていたよりもショックを受けていた。こんな私だけど薄々感づいていた、連絡が来ないってことはつまりそういうことなんじゃないかって。でも気付かないフリをしていた、だって気付きたくなかったから、認めたくなかったから。だから私は夏に、何の根拠も無い言葉を投げかける。


「ま、まだ分からないもん!」


 彼女がそれを聞くなりニヤニヤしているのを見て、なんだか言い表せない不快感を覚える。でも自分で言葉にして分かったことは、私は優真さんともっと仲良くなりたいんだってこと。カラオケの帰り道に私は勇気を振り絞ってメッセージを送ろうとする。文面は夏も考えてくれて完璧、そのはずだった。

 ピロン、偶然スマホのマナーモードが解除されていて聞き慣れた音が響く。その音は私の右手に持っているスマホから鳴っていた。私はその音に気付いたのが早いか目で確認したのが早いのかは分からないけれど、その瞬間私は笑顔で溢れていた。それを見た隣の彼女はまたしてもニヤニヤしているのだけれど気にしない、私は彼からのメッセージに釘付けになっていたから。

 彼の言わないような言葉で書かれていたメッセージに本当に本人から送られてきたのか不安になったけれど、最後まで読むとその懸念は杞憂に終わった。私は夏と一緒に考えていた文面を少し変えて返信する、今まで送ることが出来なかったのにいざ送ってみるとあっさりしていた。



 二度目のデートは水族館で、なんとダブルデートと聞いて上手く話せるか不安で一杯だった。一方で水族館でのダブルデートでの彼はいつも通りにマイペース。青山くんや真理さんには話しかけ辛く、優真さんに助けを求めると彼は快く迎え入れてくれた。おそらく私を含めて四人ともダブルデートと言うものは初めてだったのだろう、四人で楽しむと言うことがあまり出来ていないからだ。そんなときに私は優真さんと話すので精一杯だったのに、彼は違っていた。彼自身がそう思って動いたのかは分からないけれど、自然と彼のおかげで私たちは仲良く過ごすことが出来た。

 そんな優真さんが言いだした言葉は、まるで私の心を見透かしているような、それほど私が抱いている感情と一致していた。だから私の答えは言わなくても通じているかも知れない、けれど言わなければ本当の意味で通じることはないから。


「わたしの方こそ、もっとみんなと仲良くなりたいです!」


 みんなって言ったけれど、一番はやっぱり優真さんと仲良くなりたい。こんな自分勝手な私は嫌われちゃうかな。そんな不安もあるけれど、ありのままの私でぶつからなければ意味が無いって思うから。それに優真さんはそういう女性が好きだって言っていたからね。


「優真さんとは誰よりも仲良くなりたいです・・!」

その言葉に青山くんと真理さんは、夏みたいにニヤニヤしていたけれど私は気にしない。言いたいことを言えたから満足だった。優真さんとの関係はどうなって行くのだろう、不安もあるけれど少しくらい期待してもいいよね?


 恥ずかしかったけれど、これで私の心の記憶を振り返る時間は終わり。時間と想いは常に前へ進んでいるから、振り返ってばかりじゃ立ち止まっちゃうからね。しばらく会ってなかったから想いが募り語っちゃった、最後まで聞いてくれてありがとうね。なんて一人で言って見たりして、さて時間だし気合い入れて着替えなきゃ。

 やっぱり好きな人には褒められたいから。

視点切り替えが、私は好きです。登場人物を主役に出来る瞬間だからです。

最後まで読んで頂きありがとうございました!

恋愛要素が少ない本作でしたが、2章からやっとかと思いの方も居ると思います。次もお待ち下さい!

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