-ダブルデート-
芳川さんとのデートから早二週間、いつも通りの日常を過ごしている。アルバイトと勉学の日々、学生らしい毎日だ。目覚めてからこんなにも充実した日々を過ごせるなんて夢にも思わなかったし、僕自身が日常を楽しむなんて感情が沸いていることに驚きを隠せない。これも新しい出会いとその出会いのきっかけを作ってくれた翔太のおかげだろうか。
変わることのない帰り道にも、僕にとっては新しい発見の毎日だ。例えば風が吹いている日には、住宅街に咲く花々の香りが漂って来て探してみると、とある一軒家の庭にパンジーと言う花が咲いているのを見かけた。パンジーについて調べてみると、似た花でビオラと言う花もあるらしい、見分け方は大きさだったり見た目で区別しているようだ、割と曖昧だと感じる。またパンジーには色ごとに花言葉があり、僕はその中でも黄色のパンジーが気に入った、何故なら西洋での花言葉は、記憶と言う意味らしいから。
昔の自分がどうだったか気にならないなんてことはない、でも記憶が戻るなんて理想も抱いてはいない。逆に記憶が戻るのが怖いんだ、今の僕が消えてしまうのではないかって。
「聞いてるか、優真?」
まるで聞いていなかった。いつから翔太は僕に話しかけていたのだろうか、いや最初から話しかけていたけど僕は彼の独り言だと決めつけていたから一切聞いていなかった。彼をないがしろにしている訳じゃない、翔太自身も言ってることで、彼は独り言を言うことがあるのだそれも頻繁に。
「ごめん、何の話?」
「ダブルデートしないかって言ってんの!俺と真理ちゃん、優真と春ちゃんで!」
デートってものをこの前初めて体験した僕は、最近までデートと言うものを知らなかった。だからダブルデートなんてものも当然知らない。翔太が言うには、合コンでお互いのこと知っているからいつもと違うデートを楽しめるんだとか。要は二組のカップルが一緒に遊ぶと言うことらしい。
「僕は別に構わないけど。」
「よーし決まりな!じゃあ来週の日曜が良いか。土曜はバイトだろ?」
「そうだね、日曜にしてくれると助かるかな。」
あっという間に次の日曜の予定が決まって行く。彼の行動の速さは見習いたいものだ。芳川さんと会うのも三週間ぶりになるのかな、特に電話したりしていないけれど僕からした方が良かったのだろうか。僕はこの際だから、翔太に相談してみることにする。
「あのさ、芳川さんとデートの日以来、連絡を取ってないんだけどさ・・。」
「え!?何やってんの?春ちゃん、お前のこと割と好きになってるっぽいじゃん。男ならお前からアタックしなきゃだろ。」
翔太曰く、連絡は男からするものらしい。話を聞いていて、便利なツールがあることを僕は思い出した。そう言えば、芳川さんと連絡先を交換した時にLINEを教えてもらっていた。僕はスマートフォンってのは携帯電話が発展した物としか理解が無く、あまり使ったことが無い。むしろ電話でしか使っていない。だからか僕はLINEの存在を忘れていたし、今の世の中は電話じゃなくてLINEで連絡を取り合うのは当たり前になっているらしい。
「春ちゃんのLINE知ってんだろ?今すぐ送ってやれよ!」
「なんて・・?」
「あーもう。お前、本当に現代人か?スマホ貸してみろ、俺が打ってやる。えっと。」
そう言われ、僕は翔太にスマホを差し出すと、見たことも無い指の動きに目が釘付けになった。彼が何をしているのか、それはメッセージを打ち込んでいると理解しているものの、その理解と指の動きが一致しない。どうやら翔太はLINEの達人か何かなんだろう。僕はそう納得するとしっくりきた。
翔太の現代人か?って言葉に僕はぐさりと来た。どうやら僕は古代人のようだ。せめて生まれたての赤ん坊とでも言ってほしかった、いやその表現も辛いか。
「ほれ、これで良いか?」
一分も経たない内にスマホを返される。文面を見てみると、僕が書きそうにない汚い言葉遣いで、でも読んでいる相手に気持ちはわかりやすく伝わる、そんな文だった。僕は一文付け加える、翔太が書いたけど、僕もそう思ってるって。
何か楽しい出来事があると待ち遠しいと思うのが普通だろうが、僕は毎日が忙しなく、働いている時もそれだけに集中しないと何かミスをしてしまうため、その日がやって来るのはあっという間だった。
ゴールデンウィークから一ヶ月が経ち、六月になっていた。緑も生い茂り気温も上昇してきていて、僕にとっての二度目の夏が近づいている。今年の夏は去年とは違う、そんな予感がしていた。
待ち合わせの十分前に、僕と芳川さんは集合場所に着いていた。三週間ぶりに会う彼女は、この前のデートで買っていたショーパンを履いており、すらっとした足が露わになっていた。
「あの、あんまり見られるとはずかしいです。」
その言葉に僕はすぐさま上を向く、どうやら思っていた以上に彼女を見ていた様だ。彼女と目を合わせづらい、今までにない感覚に僕は戸惑いを隠せない。静寂がしばらく訪れ、見覚えのある女の子がやってきた。その後ろに翔太が歩いているのが見えるので間違いないだろう、彼女は真理さんで翔太の恋人だ。真理さんも翔太に気付いたのが足並みを揃えてこちらに歩いてくる、どうやら二人の仲は順調の様だ。
四人が揃うなり、翔太が芳川さんに向かって話しかけると彼女は慌てていた。なぜ顔が赤いのかを聞かれたからだ、もちろん原因は僕だけどなんて言ったら良いのだろうか。迷っている間に三人は歩き出す、特に深く知りたいわけじゃ無く会話のきっかけの一つに過ぎなかったようだ。翔太を見ていると為になることが多い、今日は一日学ばせてもらおう、そう決心した。
僕ら四人がやって来たのは、デートの定番スポットらしい水族館だ。週末と言うこともあり、子供連れの家族やカップル、大勢の人がチケット売り場に並んでいた。彼らは何を楽しみにして来ているのか、待っている間どんな話をしているのか気になった。意識が他所に行っていた僕の服の裾を引っ張る者がいる、振り返るとその手は芳川さんだった。隣を見ると翔太と真理さんが二人で話していた。
「優真さんは、水族館来たことありますか?」
「今日が初めてだね。芳川さんは?」
「わたしは、三年ぶりくらいです。実はわたし、チンアナゴが好きなんです!はやく見たいなあ。」
聞き覚えの無い名前に、僕は反応に困った。アナゴと言うからにはデカいのだろうか、アナゴの一種なのだろうか。僕の頭の中はチンアナゴと言う生き物のことで一杯になっていた。首をかしげて想像するも、どこが気に入っているのか見当もつかない。そんな僕の姿を見て彼女は笑っていた、芳川さんが笑っているなら僕はそれで良いと思った。その後も水族館にいるらしい生き物の話をチケット売り場で僕らの順番が来るまで話しを続けていた。
初めて入る水族館の中は思っていたよりも薄暗かった。僅かな照明と水槽の中の電気だけ、神秘的な雰囲気だと感じていた。生命の始まりは海だと聞いたことがある、じゃあ人間である僕らも海から来たのだろうか。そんな感傷に浸っていた。
ダブルデートと言ったものの、互いのペアで話していることが多い。真理さんと芳川さんはそこまで仲が良い訳でもないらしい。彼女は僕にばかり話題を振って来るのは、僕と話したいからなのか翔太たちと話すのが緊張するのか。彼女の本心は分からないが、せっかく四人で来ているのだから僕はなるべくみんなで話せるように動いていた。
「イルカとペンギンのショーやってるみたいだけど、今から見に行く?」
水族館の定番らしいショーを僕は見てみたいと思ったし彼らも見たいだろう。ショーがやっているフロアへと向かうと、空の明るい光が眩しく思わず目を覆う。翔太の頭上には文字が、しかし芳川さんと真理さんの頭上には何もなく、ただ空間あるだけだった。
「優真って子供っぽいところあるよなー。イルカのショーみたいなんて。」
「ねー、男の子が自分から言いだすなんて珍しいかも。」
一番見たいと思っていたのは僕らしい。なんだか二人からそう言われると恥ずかしさが込み上げてくる。そんな僕を見かねてかすかさずフォローしてくれる芳川さん、彼女が眩しく見える、それは太陽の光だってことは勿論わかっているが。
「わたしもイルカ好きなんです!見れて良かったです。」
僕自身はイルカが好きとか、そういう感情は無かったのだけれど、イルカの跳躍力の凄さや綺麗な体の曲線を見ているだけで好きになっていた。なによりも尾でボールを蹴り上げる、しなやかさに感銘を受けていた。
僕は満足した気持ちで、イルカのショーを見終わる。終わった直後に見ていた人たちが一斉に出口へと向かって行くので、人の流れで僕らはバラバラになってしまう。彼らと合流できないのではと、今のそんな状況に焦りを感じ始めた。するとスマホが振動したのを感じ、手に取って見てみるとLINEのグループラインにメッセージが届いていた。
「チンアナゴがいる水槽で待ち合わせしましょう!」
芳川さんからのメッセージだった、LINEと言うのは個別でメッセージを送り合ったり、グループで会話もできる優れものなのだ。僕が作ったわけでもないその機能を最近知った僕は、誰かに言うでもなくどこか自慢げだった。
チンアナゴのいる水槽の場所を調べ、足早に目的地へと歩いていく。チンアナゴとはどういった生き物なのか、楽しみで仕方が無い。芳川さんが好きになるほどだ、恐らく可愛いのだろう、そうに違いない。
「か、かわいい?」
僕は目的の水槽に着くなり、そう声に出して言ってしまった。それを聞いていた芳川さんがどこか悲しげな顔をする。どうやら僕が最後だったらしく他の二人も一緒だ。それよりも目の前のチンアナゴだ。予想よりも細くて小さい体、そもそもアナゴが可愛いって想像していた僕もおかしい。学名を見てみると、ウナギ目アナゴ亜目アナゴ科と書かれている。ウナギなのかアナゴなのかどっちなんだとツッコミを入れたくなる。
芳川さんが好きと言うからにはどこか好きになるポイントがあるに違いない。そう思い、しばらくチンアナゴを見続ける。巣穴から体を出し、ニョキニョキと動いている。彼女は可愛いから好きになったのではない、この摩訶不思議な動きに惚れたんだ、そうだろう芳川さん。
「優真さんも見てたら、チンアナゴの可愛さが分かってきませんか?」
本当に可愛いと思っているらしい。感性の違いは人それぞれ、可愛いと思うポイントもそれぞれ。僕はもう一度チンアナゴを見る。何かを言い聞かせるかのように僕は答える。
「うん、可愛いね。」
その後も大小さまざまな魚の水槽を見て行き、一通り回り終えたところで座って鑑賞できるスペースへと足を運んだ。楽しいと言ってもここまでずっと立ちっぱなしで見ていたので疲れて来ていた。僕と翔太よりも、芳川さんと真理さんの方がやはり疲れていた様で座るなり大きく息を吐いている。
「魚もさ、ダブルデートとかすんのかね。」
「どうだろ。でも一緒に楽しそうに泳いでいる姿は見ててかわいいなー。」
「芳川さんは、チンアナゴを見れたから満足?」
「はい!あ、でも他の魚とかも好きですよ!クマノミとか。」
「そーいや、クマノミって昔に映画で流行ったよな。」
二人でしか出来ない会話がある、四人でしか出来ない会話がある、今しか出来ない会話があるんだ。僕は一瞬でも無駄にしたくないし無駄だとは思いたくない。だって今いる僕は奇跡でこの輪の中にいることも奇跡だから。奇跡なんて言葉を使うと安っぽいとか安直に思われてしまうかもしれない、でも僕にとってこの時間は奇跡みたいなものだ、きっかけは翔太の一言、君に感謝してもしきれない。
「どした、また考え事か?」
「優真くんって時々、大人っぽい顔してるよねー。」
「大丈夫ですか、優真さん・・?」
ああ、僕は嬉しかったんだ。勝手に僕が友達認定した山中さんと連絡が取れなくなって、翔太との関係も僕は勝手に親友だと思っていて、翔太の彼女の真理さんとも今日一日で少しずつ仲良くなってきて、芳川さんとは二度目のデートだ。ここにいる三人は僕の勝手な思い込みじゃなくて、本当に友達として接してくれてるんだなって僕にも分かった。
「こんな僕だけど、これからも仲良くしてくれるかな・・。」
ダブルデートの最中に言うことじゃない、そう分かっていても言葉が止まらなかった。はっきり言葉で聞かないと不安で仕方が無いんだ。
優真の問いに、三人はどう答えるのか。
最後まで読んで頂きありがとうございました。