-深夜の乱闘-
僕は翔太がどういう経緯で真理ちゃんと付き合うことになったのかを聞いていた。僕が問い詰めなくても彼は勝手に話しだすのだ、それだけ嬉しいことなのだろう。残念なのはゴールデンウィークが終わってしまったことだろうか、それでも学生の僕らからしたら些細なことだが。だって会おうと思えばいつでも会えるのだから。
彼曰く、連絡を毎日取り合って昨日の夜に直接告白したらしい。だから昨日の夜は一人で足早に帰って行ったのか。
疑問が晴れた上で僕は質問する。この短い間に本当に好きになったのかってこと。話を聞いた限りじゃデートもまだしていないそうだ。出会って三日しか経ってないんだからそれはそうなのだが。何が決め手だったのか、今後の為にも知っておきたいところだ。僕自身が恋愛に興味が出るとは限らないが。
だが僕は聞いた数秒後に後悔することになる。彼の第一声が「とりあえずお互い相手が欲しかった。」なんて言われちゃ何も参考になりはしない。そんな恋愛の形もあるのかと感心していたほどだ。あくまで僕が知っているのは知識で実際に恋愛したことは無いし、恋愛漫画や恋愛ドラマだって見たことは無い。想像の域を脱しない限り何も彼に言えることはないだろう。人並みに言えることと言えばこんなことかな。
「真理ちゃんって子を傷つけないようにね。」
彼は当たり前だろって言いながら僕の背中を叩いてくる。翔太は優しい奴だから何も心配なんてしてはいないけど、恐らく彼だって初めての彼女だろうから言っておいて損は無いだろう。恋愛ってのは思いがけないところで分岐点があるらしいから。
駅前で話しているといつの間にか時間は二十三時近くになっていた。僕らが初めて話しをした日から一ヶ月経ったなんて話をしていたら話が膨らみこんな時間。僕はあの日の出来事を忘れることは無いだろう、それほど鮮明に覚えている。
初めて教室に入ると席が決まっておらず、自由に座っていいとのこと、最初に座ったところが自分の席になる仕組みで僕は後ろから二番目の席に座ると同時に、後ろに座っていた男子から声をかけられたんだ。
彼の第一声目が友達になってくれ。自分の名前を名乗らずにいきなりそんなことを言って来たのには驚いたけど、僕は特に断ることもせず承諾した。その後にクラスメイト同士で自己紹介が始まり、彼の名前が青山翔太だってことをその時になって知ることとなる。何で友達になろうなんて言ったのかを後で聞くと、目の前に居たからだとさ。
そんなことを言う彼を最初はいい加減なやつかと思った、彼の話を良く聞くと本当にいい加減な奴で話している内容は支離滅裂、何の脈絡も無いんだから合わせるのが本当に大変。でも彼は僕が自分から話をしに行くタイプじゃないってことを分かっていたんだ。だから彼自身が言いたいことを言う、聞きたければ聞けばいい、そのやり取りが僕は気に入った。次第に互いのことを知って来ると会話のキャッチボールに自然となっていった。その時には誰が見ても友達に見えていたんだと思う。
今でも僕は友達がどういった物なのか見極められていないけど、彼と話していると楽しい、それだけで良いんじゃないかって思えて来ている。
それだけだったら忘れられない日にはならない。授業が終わり、今日と同じように一緒に駅まで歩いていた。時刻は二十一時過ぎ、人通りも少ない時間に二人の話し声と足音が響く。春の涼しい風が頬を撫で気持ちがいい。良い高校生活を送れる、そんな風に考えていた直後だった。静かだった空間がエンジン音で僕らの声がかき消される。騒音も今だけのこと、通り過ぎるだろうと思っていた奴らが数メートル先で止まるのが見えた。嫌な予感がするどころの話では無かった、明らかに奴らは僕たちの方に歩いて来たから。
どうするか悩んでいたのは僅かな時間だったろう、その僅かな時間で翔太は行動に出ることが出来る凄い奴だってその時気付いた。翔太は叫びながら全速力でバイクに乗ってた奴らに向かって走って行った。隣で立ち尽くしていた僕を置いて。
「じゃあ、また明日な!優真!」
初めて翔太が僕のことを下の名前で呼んだのがその時だった。その日に初めて知り合って名前で呼ばれる、あの時に思ったことは翔太にとって僕はもう友達なんだなってこと。そして友達ってのは付き合いが長いと勝手にクラスメイトから友達になる訳じゃないってことを知った。
一人残された僕は、彼の後を追ったけど追いつけずバイクの人たちもいなくなっていた。でも次の日、彼が顔に怪我をしているのを見て、ああ追いつかれたんだなって悟った。僕は彼に謝ると、彼は僕の心配をしてきたんだ。ああ彼はこんなにも良い人なのかと、彼の過去を僕は知らないけどもし知ることがあるならばゆっくりどんな話でも聞いて相談にのってあげたいとそう思ったんだ。これが初めて彼と出会った日の出来事の顛末。
今のご時世、不良に絡まれるなんて人生の中で一度あれば多いそんな世の中になってきている。なのに何故僕らはまた不良に絡まれているのだろうか。こんな夜遅い時間に高校生が話し込んでいたのが悪いのかも知れない。はたまた翔太の恋愛話に盛り上がっているのが相手方の癇に障ったのか。駅前にもかかわらず、僕らは不良と対峙していた。
またも翔太が率先して前に出て行こうとするが、僕は彼の肩を押さえ歩くのを制止させる。最初は何も出来なかった、一人で逃げたようなものだ。でも今は心境も関係も違う、僕らは友達じゃなくてもう親友なんだ。
「何か用ですか。」
僕の声は冷たかった、怖気づいてなどいない堂々とした敵意のある声。弱腰になるから相手は調子に乗るのだ、だから僕は毅然とした態度で立ち向かった。何より翔太からすれば年上だが僕と比べれば年齢があまり変わらないように見えたから。はみ出し者の学生かフリーターの顔が赤く染まっているのを見るにお酒でも飲んでいるのだろう。
相手は三人いるため数では負けているが、酔っていない分冷静さではこちらの勝ちだろう。つば付きの帽子を被った男が前に出て来て、シャドウボクシングを始める。牽制か威嚇かどちらにせよ如何にも酔っ払いという感じだった。喧嘩になることを避けたかった僕は言葉で返すも相手には一切通じない。何を求めて彼らは僕らに突っかかってきたのか、それだけでも分かるために話を続ける。
僕の抵抗は空しく終わり、一番喧嘩腰だった一人がおもむろに殴りかかって来た。男から繰り出されるパンチは意外に遅く、顔に当たる寸前で右手で受け止める。相手から攻撃されたことを確認した僕は正当防衛が適応されると分かるや、受け止めた相手の拳を強く握る。自分の握力の限りの力を振り絞ると相手は悲鳴を上げる。握力は平均並か以下かも知れないが、強く握られれば少しは痛みを感じる。だがそれだけでは相手をダウンさせることは出来ないので、僕は相手をそのまま引き寄せ右足で脛を蹴り上げた。いわゆる弁慶の泣き所というやつだ。
一部始終を見ていた翔太が声を大にして言う。どうやら巡回していた警官がやって来たようだ。相手の二人も翔太の声で事態に気付いたが一発は仕返しをしたらしく戦闘態勢に入る。流石に二人同時に来られては手も足も出ない為、どうしようか迷い後ろを振り返ると翔太が走り出すのが見えた。
「優真、左から!俺は右から行くから!」
その声を聞くなり全速力で相手に目掛けて走って行く。その勢いに相手は怯んだのか反応が遅れる、喧嘩は一瞬のスキが命取りだ。僕らは相手二人の外側を走り抜ける直前に、思いっきりシュートを決めるかのように脛を蹴った。翔太は左利きだから右から走り抜けたんだと後になって気付いた。
一方的に絡まれて一方的に勝利を勝ち取った僕らは全速力で公園まで逃げ込んだからか、涼しい夜なのに汗だくでベンチに座っていた。ゴールデンウィークも明けて不良に絡まれた一度目の夜よりも少しずつ暖かくなってきている。
二人で祝杯がてら自動販売機でコーラを買って乾杯をする。今思えば僕らしくないことをしたと思う。誰かの為に喧嘩を相手するなんて初めてのことで、今になって手が震えて来た。その姿を見た翔太は笑いだす。
「慣れ無いことするからだよ。まさか優真があんな好戦的だとは思わなかったわ。」
その通りだと思う、だって僕が一番驚いているのだから。でも悔いはない、親友を守りたいと思ってやったことだから。コーラを飲みながら彼がありがとうと言って来て僕はまたしても感じたことの無い気持ちになった。嬉しいのか幸せなのか、なんだか心が温かくなるようなそんな感じがする。
彼は特別な存在で、親友を求めていた。だから僕は彼が望むように友達になった。じゃあ友達と親友って何が違うのだろうか。一ヶ月彼と話していてそのことにいつも悩んでいた。親友の定義はあるだろう、でも僕らにとっての親友と言葉としての親友って意味合いが違ってくると思うんだ。考えても答えは出ないし悩んでも仕方が無い、だから僕は自分が思う親友のすることをしようと決めて実際にやったのがさっきの出来事。
「しっかし、ちゃんと脛を蹴ったのにまさかカウンター食らうとはなあ。いってえよ!」
二人して顔を殴られて、頬を赤くしていた。互いの腫れている顔を見て笑い出す。こんな夜中に何をしているのかと冷静に僕は思ったけど、こんな日も悪くないなと感じていた。
果たして僕は彼の求める願いを叶えることが出来たのだろうか。彼の望む親友とやらになれたのかな。
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