表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
1章 目覚めてからの1年間
11/33

-彼女の答え-

 定時制高校に無事に合格し、春から晴れて高校生だ。気温もだんだんと暖かくなり、梅が散り桜が咲く季節へと移り行く。勉強も試験で一区切りとなりフリーな時間が増えた。唯一の友人である山中響は彼の生活時間とは異なる。何故なら彼女は社会人で、彼は学生だからだ。結局、会う日は休日の喫茶店・憩次のまま。特にお互いが連絡をすることも無いが、同じ時間帯に喫茶店で過ごしていた。彼はいつもとは違う足取りで目的地へと向かう。彼女にとって朗報が二件あるから会って話すのが楽しみなのだ。そう彼は思っていた。


 大金を持って喫茶店へと入った彼は、いつものカウンター席へ座ると程無くして彼女が現れた。笑顔で手を振り出迎える。沈んだ顔の彼女が僕を見て表情が変わってくれるのが見ていて嬉しい瞬間だ。四百万もの大金をポンと彼女に渡したって受け取るはずがない彼女はそういう人だ、だから僕はどう話を切り出そうか迷っていた。

 一つ目、素直に両親から借りた旨を伝える。

 二つ目、自分の貯金だと嘘を伝える。

 三つ目、黙って渡して今日は帰る。

 僕はこの月並みな三つの案しか思い浮かべることが出来なかった。正直なところ、どれを選んでも彼女は受け取ってくれないんじゃないかと予想している。もし僕が受け取る側だったとして、急に友人から大金を無償で受け取るなんて出来るだろうか。僕だったら・・そうだな、どっちにするか分からない。それが答えだろう。


「山中さん、あなたにとって良い話と僕にとって良い話、どちらが先に聞きたい?」

 急にそんなことを言うから面食らっていた彼女は少し考えてから、僕にとって良い話を先に選んだ。僕でも分かる、これが彼女の優しいところなんだ。間髪入れずに僕は、自分が高校に合格したことを伝えると彼女はまるで自分のことかのように喜んでくれて当の本人である僕よりも喜んでいる、そんな気がした。彼女はどうして他人のことなのにこんなにも喜べるのか。(はなは)だ疑問だ。僕は他人の嬉しいことに素直に喜んであげることができるか?いやできないだろう、あげるなんて言葉を思い浮かべる時点で無理だろう。愛想笑いがせいぜいと言ったところか。


「努力が実って良かったね!自分のことのように私嬉しいよ・・。」

 彼女を見ていると、この一年で経験したことの無い感情が芽生えてくる。考えもしなかったことを考えさせられる。それが良いことなのか悪いことなのか判断できないが、嫌な気はしなかった。だって彼女が見せる表情は誰が見てもいい笑顔だったから。


 高校に受かった話は、オマケみたいなもので本題はこれから。試験前日に電話したこともあったから、彼女に伝えるのは当たり前、ただそれだけ。果たして目の前の彼女は続きを僕が話しても、この表情のままだろうか。本題を話す前に山中さんは一つの提案を持ち出した。どうやら合格祝いをしたいらしい。僕はその話を断る理由が見つからなかったので素直に承諾し、明日の夜に山中さんと食事に出掛けることに決まった。明日は日曜だから今日の方が良いと思ったのだが今日では都合が悪いみたい。僕はどちらも空いているから全く問題は無い。

「それで、私にとっていい話って?」

 その言葉にすぐ返事をせず少しの間悩んでいた僕は、彼女にとっても僕にとっても誠実でありたいその気持ちが強い事に気付きありのままを話すことにした。一つ言葉を付け加えて。お金は返してくれなくていい、その代わり僕との関係をずっと続けて欲しい友達として。心からの本心だったと思う。僕の言葉に感情がこもっていたかは定かではないが。


 彼女は驚いていた。僕の予想では一度断りを入れて最終的には受け取る、彼女はそうすると思っていた。しかし僕の予想は外れる。彼女は笑顔で喜び、涙を流しながら僕に礼を述べて来た。誰かの涙を見るのは、僕が目覚めた時以来のことで、どこか嬉しい様な哀しい様な複雑な心境になる。でも彼女が受け取ってくれたことに満足し、これで彼女は幸せになれるだろうと確信した。僕は誰かの役に立てたのだ。何よりも彼女の涙を流しながら言った「ありがとう」の言葉が僕の心を温かくした。


 他愛のない話したり、お互いの今後のことを話したり気を遣うことの無い会話が続いた。遠慮のいらない関係、言葉にしないけど互いに対等であることを理解している間柄。これが友達なのかな。明日の夜に駅前に集まることにして、その日は夕方ごろに別れた。


 次の日彼女と合流しイタリアンのお店に僕は人生で初めて入った、今思えばどこか浮かれていたのだと思う。誰かの役に立てた自分は立派なんだ、そんな勘違いをしていたのかもしれない。

 その日以来、彼女と会うことは無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ