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記憶のない僕が君に出来ること  作者: 宮日まち
1章 目覚めてからの1年間
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-プロローグ-

 長い長い夢を見ていた。それは気の遠くなるような長い時間。

 彼は他の人が人生を謳歌していた時間をベッドの上で過ごしていた。

 両親が毎日毎日付き添い、彼の目覚めを待っていた。



 九年前、二〇一〇年三月八日。いつも通り私立の小学校に通う為、電車に乗って通学をしている最中のことだった。電車を降り小学校の最寄り駅から歩いている最中にその事故は起きた。

 交差点で信号が青になるまで大人しく待っていた彼は、今日の授業の体育は何をやるのかと気持ちを高ぶらせながら考えていた。考えに夢中だった僕は、スピードを落とすことが出来ずに横転するトラックに気付くことが出来なかった。

 もし彼が気付いたとしても避けることは不可能であっただろう。その事故は必然だったのだから。


 病院に運ばれ、彼の命は尽きようとしていた。あまりの惨状に医師や両親も諦めかけていたが、彼自身は諦めていなかった。

 諦めかけていた医師は彼の意志を汲んだかのように全身全霊をかけて手術をする。これ以上ないと言えるほどの出来栄え。

 まるで彼はここで死ぬ運命では無いかの様に奇跡的に命を取り留めた。

 だが・・。彼は術後一週間、一ヶ月、一年経っても目覚めることは無かった。



(僕はどうなったのだろうか。)

 気付いた頃には、この怪しい空間に居た。見渡す限り足場の無い世界。彼はその空間に横たわっていた。トラックが横転して滑って来ることに彼が気付いた瞬間、この生と死の狭間の世界へと飛ばされた。

彼の意志とは関係ない。死ぬ間際でしか経験出来ない現象に彼は遭遇している。

 どうやって体を動かしているのか分からないが、彼は立ち上がる。平衡感覚の無い、前後左右の無いその世界で、果たして本当に立っているのかは定かではないが。

「誰かいないの・・?」

 その弱々しいか細い声は、響く事無く誰にも届かない。

 齢十。人生を十年しか歩んでいない経験の少ない彼であったが、感じるものがあったのだろう。自分は死んだのではないかと直感的に気付いていた。

(僕は死んだのかな。)

 そう落ち込み、立ち上がっていた身体を屈める。どうすることもなく、彼の身体が消えることも魂が消えることも無い。

 時間の流れが通常の世界と異なるこの世界で、彼はどのくらい座ったままだろうか。

 やがて一柱の光が差す。彼を呼び覚ますかのように。

「聞こえますか。か弱き少年よ。」

「誰・・?」

「私のことは知らなくても問題はありません。どうせ忘れてしまうでしょうから。」

「・・?」


 何が何やら意味不明な状況に彼は戸惑う。

「あなたは今、人生の選択を迫られています。体は修復したようですが、脳が動いていない状況です。所謂、脳死です。」

「脳死?」

「あなたにはまだ分からないかもしれませんね。現代の医療技術では死んでいるのと変わりありません。」

「・・。やっぱり、僕は死んだんだ・・。」

 いきなりの展開であったが、彼はどこか予想していた結果を素直に受け入れてしまっていた。


「先ほど言いましたが、あなたには選択して頂きます。」

「選択って・・?」

「このまま死を認め、来世を望むのか。はたまた私の命令に従い、奇跡的に生き返るか。」

「生き返れるの!?」

「ええ。ですが、私の命令を聞いて頂きます。」

「来世ってのは?」

「それはまだ分かりません。あなたが人間になれるのか、動物になるのか植物になるのかは神のみぞ知ることです。」

 彼は少しの間悩み、少ない思考能力をフル回転させ考えて一つの質問を導き出す。

「命令ってどんなことをすればいいの?」

「それはどちらかは選択してから言います。例外はありません。」

 僕はこの人?人なのか分からない存在が優しくないと思いムッとする。

 しかし不確定な来世を選択するということを彼はしないだろう。何故なら彼が死んだことに気付いた時から後悔していたことがあるのだから。

 それは唯一つ。生まれた頃から一緒に過ごしていた幼馴染に別れを告げていないこと。「ありがとう」を言えていないこと。幼いながらも恋心を抱き、彼は彼女のことが純粋に好きであった。一緒に遊ぶ時間、共に笑う時間。そんな何気ない時間を幼いながら僕は大切な時間だと理解していた。

 事故にあった日は偶然、彼女とは一緒に登校していなかった。突然の別れ。

 伝えたい思いを告げることなく終わってしまった恋心を捨てることなんて出来ない。

(僕はあの子にもう一度会いたい。彩希(さき)に会いたい。)


「僕はもう一度、生き返る道を選ぶ。」

 目の前に立つ存在が不敵な笑みを浮かべた気がした。でも、決めた以上は戻れない。引き返せないんだ。

「良いでしょう。もう一度あなたを現世へと導きます。それでは私からの命令ですが・・。」

 ゴクリと喉が鳴る。そんな音が耳元で聞こえて来る様な静寂の中、解き放たれる声。


「猶予は二年。あなたは目覚めると十九歳になっているでしょう。ここと現世では時の流れが異なりますから。二年の間に三人の人物を幸せに導いてください。誰を幸せにするかはあなた次第です。ですが、あなたは三人しか幸せに出来ません。三人幸せにした瞬間、私が与える力は自然と無くなります。」

「与える力って?誰を幸せにすればいいの?」

「力についてそれはあなたが目覚めてから自分で気付いてください。私からは助言はありません。目覚めてからの三年の間、あなたの前に現れることも無いでしょう。」


「命令って果たせないとどうなるの・・?」


「あなたは、同じように事故に遭い死にます。事故死、これは決定付けられたあなたの運命なのです。」

「その運命の鎖を、私が意図的に壊しているに過ぎません。」

「そんなのって・・。」


「私の命令を果たせば、そのまま先の未来も生きて行けるようにしましょう。」

 彼は自分の運命に絶望していた。だからこそ僅かな希望にかける。この存在の言う命令とやらを遂行することを成し遂げることを決意した。

「やるだけはやってみるよ。」

「良い心がけです。それでは、あなたは目覚めるまで長い長い夢を見るでしょう。目覚めた時から3年間が期限です。ご健闘を。クスッ。」

 最後に何故笑ったのか不思議だった。だが理由を考えることも出来ず意識が遠のいて行く。


(僕は夢を見ているのだろうか。)


十年と言う短い人生を早送りの様な速さで次から次へと流れて行く。思い出と言う記憶が。

両親、友達、そして幼馴染の彩希(さき)の姿が浮かんでは消えて行く。まるで思い出が消えて行くかのように・・。

(僕はどうなるのだろう。)



「ふふふ。彼はどちらを選ぶでしょうね。まあ唯の暇つぶしに過ぎませんが。少しは楽しませてくださいね。」

「出会いも必然であることを、彼は知っているのかしら。」

 幸せと言う不確かな定義を求めて・・、彼はもう一度動き出す。



 そして九年と言う月日を経て、彼は目覚める。

「あなた・・!優真(ゆうま)が・・!」

優真(ゆうま)!分かるか!?」


 齢十九。目覚めた瞬間、頭が朦朧としていた。自分が誰なのか何故寝ていたのか分からなかった。

 僕は全てを忘れていたのだ。誰かを幸せにするという根底にある思い以外は。



本日から新連載となります。ゆっくり書いて行く予定ですので、前作の「現実的な恋模様」を読みながら待って頂けると幸いです。

前作とは物語上の繋がりはありません。完全オリジナルです。

少しでも面白い、有意義だったと思えるよう精進していきます。


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