宴の続き
そこから、ひたすら我慢を強いられる時間だった。
シトラは他の女達を炊き出しの場まで下がらせ、一人で給仕をするようだった。
アユは、それの手伝いをすると名乗り出る。最初は遠慮していたものの、最終的には承諾してくれた。
侵略者の一族は当たり前のように、料理を食べ散らかし、酒を注ぐように要求する。
料理の皿は瞬く間にカラになっていった。
アユはたらいに捨てられた羊の骨を見て、悲しくなる。
まだ骨に、肉が残っていたのだ。
骨付き肉は、すべて肉が取れるように丁寧に刃を入れ、柔らかく煮込まれている。
雑に食べて、食材を台無しにしているのだ。
せめて、一刻も早く土にかえることができるようにと、地面に骨を埋めた。
ここで、シトラの悲鳴が聞こえた。
「な、何を、なさるのですか?」
「ちょっとくらいいいじゃないか」
細身の男が、シトラが被る布を引っ張ったようだ。
「大事に閉じ込めておく女がどんななのか、噂になっていたんだ」
男はぺろりと、舌なめずりをしながら言う。シトラは怯え切っているのは、遠目からでもわかった。
「俺達はなあ、昔からここの革製品を買っている、上得意サマなんだ。なあ、兄貴」
「そうだな。ちょっとばっかし、顔を見るくらいいいだろう?」
「そうだ、そうだ!」
止めさせなければいけない。アユはシトラのもとへ駆け寄り、間に割って入る。
「んん、なんだ、お前?」
「とっておきのお酒を、飲みたくないですか?」
「ああん、なんだあ、それは」
「しばしお待ちを。持ってまいりますので」
それは、アユの荷物の中にある。メーレが夜間放牧の間に飲むようにと手渡してくれた葡萄酒だ。
異国の酒だと言っていたので、珍しいはず。
アユはシトラの手を取って、家屋のほうまで走っていく。
「ううう……」
気の毒なことに、シトラは泣いていた。最初は気が強い女性だと思っていたが、そうではなかったようだ。ヒタプがいるからこその、強さだったのだろう。
「ア、アユさん、あ、ありがとう」
「他に変なこと、されてない?」
「……」
「何か、されたんだ」
「ご、ごめんなさい。お尻を触られたのを、気づかない振りを、していたら、調子に乗ったようで──」
シトラはまったく悪くない。謝ることはないと、励ます。
悪いのは、人妻だとわかっていて触れる男達だ。そもそも、他人に無断で触れることなど、あってはならない。
「あと少しだから、頑張ろう」
「そう、ね」
メーレからもらった酒は、度数がとびきり高い。リュザールと一口飲んで「これはキツくて飲めない」と、笑い話になっていたのだ。
飲んだあとぐっすり眠れたので、きっと侵略者の一族の男達にも効果はあるだろう。
「シトラさん、行こう」
「え、ええ」
酒は木箱に入れ、布で包む。高級な酒だと思わせるために、二人がかりで運んだ。
「おお、それがとっておきの酒か!」
「白葡萄の果汁を発酵させた、異国の酒です」
「なるほどワインか。遊牧民にとっては、珍しい品なのだな」
「いいから飲もうぜ」
略奪、強奪を繰り返す侵略者の一族にとって、葡萄酒は珍しい品ではないらしい。
しかし、乳を発酵させた甘口の酒ばかり飲んでいたので、辛口の酒の登場を喜んでいた。
酒を飲んでいくうちに、男達は上機嫌となる。
最初に細身の男が潰れ、続いてふっくらとした男も潰れる。二人並んで草原に寝転んでしまった。
筋骨隆々の男は顔を真っ赤にしていたものの、潰れる気配はない。
先ほどシトラに触れたのも、この男だと聞く。アユは付かず離れずの距離で警戒していた。
それなのに、悲劇的な出来事は突然訪れるのだ。
「おい、お前、ちょっと相手をしろ」
筋骨隆々の男は酒を注いでいたシトラの手を取り、その場に押し倒したのだ。
あっという間に布をはぎ取って、シトラの顔を覗き込む。
「ほう、綺麗な女じゃねえか。不細工だから顔を隠していると思っていたが」
「や、やめて!」
顔を近づけ、唇に触れようとする。しかし、シトラが寸前で顔を逸らしたので難を逃れた。
「乱暴は止めて!」
アユが男の肩を掴み、シトラの上から退けようとした。
しかし、筋肉の塊のような男は、ビクともしない。それどころか、アユはまったく相手にせず、シトラの上着に手をかけようとした。
アユはとっさに、自身が被っていた布を男の頭上から被せる。
「なっ!?」
布を被せ視界を覆った男の肩に体当たりして、シトラの上から退かせた。
「うっ!」
酒を飲んでいるからだろう。男の体は傾き、地面へと倒れた。
その間に、シトラを立たせ、炊き出しのほうへ駆けるようにと背中を押す。
「ア、アユさんは!?」
「酔っ払いの相手は慣れている。いいから、逃げて! 早く!」
シトラは回れ右をして、駆けだした。
男は布を取り、ゆらりと立ち上がる。
「お前、何を──ん? さっきの女より、好みだ」
「……」
「気の強い女は好きだぜ」
男はふらふらとした足取りで、アユのもとへやってくる。
もちろん、簡単に捕まるつもりはない。アユは踵を返し、駆けだした。
相手は酔っ払いだ。簡単に、捕まるわけがない。そう思っていたが、筋骨隆々の男は思った以上に猛追してきた。
足の速いアユだったが、体力面では負けてしまう。
「はあ、はあ、はあ、はあ……!」
絶対に、捕まるものか。花嫁のベールをなびかせ、アユは走る。
しかし、生い茂る草に隠れるように突き出していた石に躓き、転んでしまった。
「あっ──!」
これ幸いと、男はアユに接近する。立ち上がろうとしていた腕を強く掴み、その場に押し倒した。
「へっ、へっ、へっ!」
アユは目をぎゅっと閉じ、歯を食いしばる。
何か打開策があるはずだ。必死に思考を巡らせるが、頭の中は真っ白で何も思いつかない。
筋骨隆々の男は下卑た笑い声をあげながら、アユの上着に手をかけようとする。