宴のはじまり
女達は話し合い、明日、侵略者の一族を迎える際は大判の布を被って応対することに決めた。集落には、シトラと同じ侵略者の一族に家族を殺された者がいる。
同じ一族である可能性もあるので、動揺を見られないためでもある。
そして、客を迎える朝、日の出前に起きて再び宴用の鍋を用意した。
朝から羊を一頭使い、客を歓迎する料理を作るのだ。
「ア、アユさん、今から、羊を解体するから、み、見ていてね」
シトラは震える手で、大振りのナイフを握っていた。羊の解体に慣れているようにはとても見えない。
彼女は海岸沿いで漁をしつつ、駱駝と共に遊牧する一族だったと聞く。
家畜の解体は男の仕事だったのだろう。きっと、今までヒタプがしていたに違いない。
「シトラさん、私がやろうか?」
「え、で、でも……」
「慣れているから」
アユが手を差し出しながら言う。シトラは逡巡しているようだったが、連れてきていた羊がべ~~と鳴くと一気に涙目となる。
「ご、ごめんなさい。お願い、できる?」
「任せて。でも、倒すのだけは手伝って」
「ええ……」
可哀想とか、躊躇う気持ちがあったら、逆に羊が苦しむ結果となる。
だから、アユは解体を買って出た。
本日使うのは、雄の子羊だ。生後八か月ほどで、ほどよく肉付きが良い。
客をもてなすために、育てていた羊である。
アユとシトラは静かに羊に近づくと、膝を地面に突いた。
息を大きく吸って、心を落ち着かせる。
シトラと目と目で合図し──素早く足を掴み、地面に横たわらせた。
羊は暴れず、じっとしている。
アユはひと思いに、ナイフを胸骨の下へ突き刺す。開いたところに拳を入れて、心臓をぎゅっと握った。羊はべえと、最後のひと鳴きをあげる。
そのあと完全に息絶えたのを確認すると、シトラと共に解体作業を行う。
血を抜いて皮を剥ぎ、どんどん肉を切り分けていく。
肩から背にかけた柔らかな骨付き肉に、旨みのある肩肉、一頭から少量しか取れないヒレ肉に、赤身と脂肪が層になったバラ肉、希少部位の尻肉に、脂肪の少ないもも肉、他、首肉に肝臓、腎臓、心臓など、余すことなく解体していった。
解体し終わった羊は、手早く調理される。
香草たっぷりの内臓スープに、血を混ぜた肉団子、骨付き肉の塩ゆで、脳みそ煮込み、串焼き肉に、小麦パンのひき肉包みと、贅が尽くされた料理がどんどん完成していく。
子ども達はそのおこぼれを、朝食代わりとするのだ。
ケナンは朝から豪勢な料理を食べられるというので、目が輝いていた。
一方、セナは男達の不在を不安に思っているのか、食欲があまりないとこぼす。
対照的な兄弟であった。
料理に手を付けようとしないセナを、集落の娘が心配そうに覗き込んでいる。
シトラも気づき、注目していた。
「あら、いつの間に」
セナと同じ年頃の、ぱっちりとした目が愛らしい少女だった。
あまりにも心配するので、セナはしぶしぶと食べ始める。ほんのりと、頬が赤くなっているようにも見えた。
「アユさん、あの子はなんていう名前? どこの子なの?」
「名前はセナ、弟の名前はケナン。羊飼いの遊牧民の子だった」
「あ、そう……」
羊飼いの遊牧民の子であった。その言葉で、シトラは彼ら兄弟の境遇を察する。
「リュザールが後見人をしているの」
「そうだったのね」
早朝からよく働いているようで、料理をしている間にあれはどこの息子達かと聞かれた。
おそらく、娘の結婚相手にしたいと思ったのだろう。
しかし、セナとケナンに両親はいない。結婚しても、花嫁の実家は返礼品を受け取ることができないのだ。
「世知辛い世の中よね」
「本当に」
以降、言葉もなく、黙々と料理を作り続けた。
◇◇◇
太陽の位置が高くなったころ、馬の鞍を発注していた客がやってくる。
放った鷲が、客を集落のある場所へと誘ってくれるのだ。
女達は大判の布を頭から被り、客を迎える。
やってきたのは、筋骨隆々の体に褐色の肌を持った、大柄な男である。
供は細身で長身の男が一人、背が低いふっくらとした男が一人。
それぞれ、剣と弓、大斧を持っている。
三人の侵略者の一族の者達がやってきた。
ドキン、ドキンと胸が高鳴る。
それはシトラも同じだったようで、肩はかすかに震えている。
背後に立つアユは、大丈夫だからとシトラに耳打ちした。
そして、ようやく対面する。女達は膝を折り、客を歓迎した。
シトラが一歩前に出て、労いの言葉をかける。
「ようこそおいでくださいました」
「珍しいなあ、ここの男は、女を客に見せないことで有名なんだが」
「今、男達は買い出しにでかけているがゆえ、わたくしどもで失礼を」
「ふうん」
何やら値踏みしているような視線が投げかけられていた。
シトラの動揺が目に見える前に、アユは料理を勧める。
「ごちそうを、用意しております。どうぞ、こちらへ」
草原に大きな織物が広げられ、その上に料理が並べられている。
「おお、すごいな」
「腹が減っていたんだ」
「早く食べよう」
気を逸らすことに成功し、ホッと胸を撫で下す。
こうして、侵略者の一族をもてなす宴が始まった。
アユの心中も穏やかではないが、やるしかないのだ。