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職人一家の家にて

 リュザールの四番目の兄ヒタプは、メーレや二番目の兄ヌムガと同じくガタイが良い。

 年齢はリュザールの六つ年上の二十五歳で、快活な青年である。

 短く刈った髪に小麦色に焼けた肌、盛り上がった筋肉を付けた体は職人というよりは漁師といったほうが似合っている。

 他の兄弟と違う点は、右目にかけてある片眼鏡モノクルくらいか。

 やってきたリュザールを、抱擁で迎える。


「リュザール、久しぶりだ。よくやって来たな!」

「四兄、久しぶり!」

「おう!」


 男同士の暑苦しい抱擁だが、ヒタプはいつもこうなのだ。

 リュザールも慣れたものである。


「で、そっちが噂の攫ってきた嫁か」

「なんでそんな物騒な話になっているんだよ」


 アユは買い出し中に出会い、身寄りもなかったことから連れて帰った。ということになっている。嘘ではない。


「妻だ」


 ここで、リュザールの背後に隠れるように立っていたアユが、一歩前に出る。

 風が吹き、アユの被っている花嫁のベールを優しく揺らした。

 筒状の帽子を両手で押さえ、照れたようにはにかむ表情は、可憐としか言いようがない。


「ユルドゥス族長メーレ四番目の息子、ヒタプ・エヴ・ファルクゥだ」

「はじめまして。リュザールの妻の……アユです」


 そう言った瞬間、リュザールとアユは同時に顔を真っ赤にさせる。


「初々しくていいなあ」


 ヒタプはそう呟いたあと、リュザールの背中をバン! と叩いた。


「おめでとう。幸せにな」

「ああ、ありがとう、四兄よんにい


 挨拶を交わしたあと、ヒタプの移動式家屋チャドルへ案内された。


「四兄は二年前に結婚して、つい先月子どもが産まれたばかりなんだ」

「赤ちゃんが、いるんだ」

「だな」

「可愛いんだけれど、赤ん坊の世話は大変でさ」


 夫婦揃って職人のため、納期前で目を寝不足で真っ赤にしながら働いているようだ。


 家屋は目と鼻の先にあったように思えたが、実際に歩くとなったら遠い。

 三人並んで歩きながら、近況を話しているうちにたどり着く。


「帰ったぞ!」


 出入り口の織物を上げながらヒタプが叫んだのと同時に、赤子の泣き声が聞こえた。


「ちょっとあんた~~!!」


 家から飛び出してくるのと同時に、ヒタプの腹部に重たい一撃を入れる。


「うっ!!」


 まともに喰らってしまったようで、ヒタプはその場に膝を突いた。

 家屋から出てきたのは、小柄な女性だ。

 背はアユよりも小さい。サラサラの黒髪を頭のてっぺんで一つに結び、美しい碧眼に丸い鼻、ぷっくりとした唇と、天使のように可愛らしい。

 その女性は親の仇を見るような目で、ヒタプを睨んだ。


「な、何するんだよ、お前!」

「それはこっちの台詞だよっ! ヨーヨが寝たばかりなのに、起こしやがって!」

「ふええええ~~」

「はいは~い。ヨーヨちゃん、筋肉バカがうるさかったねえ」


 ヒタプはギッギッっと、オイル切れのゼンマイ仕掛けの人形のような動きでリュザールとアユを振り返った。


「悪い。最近、機嫌が悪くて」

「産後の女性はこんなもんだろ」


 リュザールはさらっと言って、移動式家屋の中に入る。


「アユも来い」

「あ、はい」


 ヒタプはしばし、外で反省するらしい。


「ふえええ~~、ふえええええ~~」

「よーしよしよし、分かった、分かった」

「シトラ姉、四兄が悪かったな」

「ん? あ、リュザール!」


 リュザールは手を伸ばし、ヒタプの妻シトラから赤子を受け取る。


「おっ、デカくなったな」

「美人になったでしょう?」

「将来が楽しみだな」


 一生懸命あやし、体を揺らしても泣き止まないので、思わず苦笑する。


「もう、無駄な抵抗は止せって感じ」

「イーイトもそうだったなあ」

「人見知りしないだけ、イーイトは偉いわ。この子は私以外全然ダメ。せめて、親父に懐いてくれたらよかったんだけど」

「四兄、子どもには好かれないからなあ」


 ここで、リュザールはシトラにもアユを紹介する。


「彼女が俺の妻だ」

「リュザールの妻、アユです」

「私はシトラ。よろしく」

「よろしく」


 笑顔で握手を交わした。

 シトラはこう見えて、アユより七歳年上の二十二歳。かなりの童顔の持ち主で、ヒタプと結婚した時は美少女を誘拐してきたと騒がれていた。


「ごめんなさいね、家がぐちゃぐちゃで」


 子育て中は家事もままならないようで、料理を持ってきたといえば跳び上がって喜ぶ。


「アユさん、最高! 本当、嬉しい!」

「喜んでくれて、よかった。他に、何かすることある?」

「え、いや、お客様に働かせるわけには……」

「じゃあ、ヨーヨと遊んできてもいい?」

「え、いいけれど、あの子、すごい人見知りなの」


 今も、リュザールの腕の中で、元気よく泣いている。

 アユはヨーヨに顔を近づけ、くんくんと匂いをかいだ。


「良い匂い。ミルクの匂いがする」


 リュザールからヨーヨを受け取り、優しく揺らす。すると、泣きじゃくっていたヨーヨは、泣き止んだ。


「え、嘘ぉ……!」

「シトラさん、お散歩に、連れて行っていい?」

「え、い、いいの?」

「うん」

「じゃあ、よろしく」

「ありがとう」


 アユはヨーヨをあやしながら、外に出て行く。


「ヨーヨ、この人、お父さん。反省中なんだって」

「きゃっ、きゃっ!」


 アユはヒタプをネタに、ヨーヨを笑わせていた。

 滅多に笑わないと聞いていたので、リュザールは驚く。


「リュザール、あの子、大精霊の巫女かなんかだったの?」

「いや、本人曰く、どこにでもいる普通の羊飼いらしい」

「嘘よ!」


 アユの普通は普通ではない。

 子守りの手腕に、リュザールとシトラは揃って慄いていた。


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