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家畜の川渡り

 リュザールの黒鷲が、夜空を旋回しながら誘導していた。

 鷲の目は人間の八倍視力がいいと言われている。最大発揮されるのは日中であるが、夜間も問題なく飛べるのだ。

 鷲は兄ヒタプのまとめる集落まで、案内してくれている。


「──あ」


 アユが反応を示す。目を細めているので、何か見つかったのだろう。

 リュザールには何も見えない。

 アユも鷲と同じく、夜間でも優れた視力は発揮されるようだ。


「ん? どうした?」

「この先、川がある」


 幅の広い川のようだが、当然ながら橋はかかっていない。


「リュザール、どうする?」

「そうだな」


 ベルトに吊り下げている鞄から、地図を取り出す。

 広げて確認したら、確かに大きな川が横断していた。


「いつか川を通らないといけないと思っていたが、今か……」


 ユルドゥスでは、家畜の毛刈りの前に川を横断させて毛皮を綺麗にすることを習慣としている。

 夏の終わりから秋にかけて毛刈りの季節となり、一度洗っておかないと大変なことになるのだ。


「どうするか……」


 まず、驢馬と荷車の横断は無理だろう。川のほとりに置いて、一人見張りを付けなければならない。

 誰を置いて、誰を連れて行くべきか。

 リュザールはアユをちらりと横目で見る。目が、キラキラと輝いていた。


「なんだ?」

「川の横断、楽しそう」

「……」


 夜はともかく、昼間はうだるような暑さだ。川に入ったら、さぞかし気持ちがいいだろう。

 だが、川は流れが速い。危険ではないだろうか。そんな不安が過る。

 ヒタプの集落への訪問は、別の機会にしたほうがいいのか。

 川はここだけではない。幅が狭い川は他に在る。どうしようか、判断に迷う。


 だが、川の深さは毛皮の汚れを落とすのに、ちょうどいい。


「リュザール、どうする?」

「一度、川の様子を見てみるか」

「わかった」


 馬に跨りしばらく駆けていったら、川が見えてきた。

 先に流れを確認する。


 川の水はキンと冷たく、肌寒い夜なのでぶるりと震える。ただ、草原は寒暖差が激しいので、日中は茹だるような暑さになるのだ。

 流れはそこまで速くない。深さも、腰くらいだ。これならば、渡っても平気だろう。

 あとからやって来たアユを手招き、水の状態を確認させる。


「水温はいいとして、流れはこんなもんだ。泳げそうか?」

「うん、平気」


 アユは問題ないようだ。羊や山羊も案外スイスイと泳ぐ。


「あとは、セナとケナン、どっちを置いて行くか、だな」


 数時間、荷物番をしなければならない。

 念のため、鷲も置いてくが、それでも一人残していくことは不安の種となる。


「川渡りはケナンがいいか」

「私も、ケナンがいいと思う」

「だったら、セナが荷物番でケナンが川渡りだな」


 セナとケナンを呼び寄せ、これからの予定を話す。


「今日はここで太陽が出る前に休む。そして、昼頃にこの川を横断する」


 セナは顔を顰め、ケナンは飛び上がって喜んだ。

 対照的な態度に、リュザールは笑いそうになる。


「それでだ。驢馬と荷物は川を渡れない。そのため、セナ、お前がここに残って荷物番をしておいてほしい。ケナンは俺達と一緒に、川を渡る」

「やった」

「こら、ケナン!」


 セナはケナンを窘めていたものの、どこかホッとしているようだった。


「兄ちゃん、泳げないんだ。荷物番でよかったね」

「ケナン!!」


 どうやら、判断は間違っていないようだった。

 このあと、家畜を囲う柵を作り、その中に山羊と羊を追いこむ。

 一行は明日の川渡りのため、眠りに就くことになった。


 ◇◇◇


 アユは朝から張り切って料理を作っているようだった。

 鍋いっぱいの米を用意していた。


「多くないか?」

「お義兄さんの家にも、持って行くの」

「手伝う」

「ありがとう」


 昨日買ってきたムール貝を使って調理をするようだ。

 丁寧すぎるくらいにせっせと殻を洗う。

 その後、ムール貝を蓋が軽く開くまでぐつぐつ煮た。


「リュザールはナイフで殻を開いて。身は取らずに、殻につけたままで」

「了解」


 貝の隙間にナイフを刺し込み、余計な部分は削ぎ落す。

 ちらりと横目でアユを見る。大鍋にオリーブオイルを垂らしてニンニクを炒め、続いて刻んだタマネギを飴色になるまで火を通す。

 次に、香辛料と米を入れてムール貝のゆで汁を入れた。

 米に火が通ったら、アユが朝方摘んだ生のディルを振りかけ、さらに煮込む。

 ひたひただった水分がなくなったら、火から下ろす。

 炊き上がった米を扇いで冷ましある程度粗熱が取れたら、先ほどのムール貝の殻に詰める。ぎゅっと殻で蓋をした。


 最後に、ムール貝のゆで汁を使って蒸したら、ムール貝のミディエ・リゾット詰めドルマスの完成だ。


 全部で百個ほどあるだろうか。朝食の分として一人五個から七個確保する。

 残りは鍋に皿で蓋をして、織物で包んでおく。


 セナとケナンを呼び寄せ、食べることにした。

 敷物を広げ、その上に料理を置く。

 ムール貝のミディエ・リゾット詰めドルマスの他に、チーズやヨーグルト、干し肉、乾燥果物も用意する。

 食べ盛りのセナとケナンは、見ていて気持ちがいいほどの食べっぷりを見せていた。


 ムール貝のミディエ・リゾット詰めドルマスは、レモンをサッと絞って殻を匙代わりに食べる。

 貝の出汁がしみ込んだ米は絶品で、ムール貝の身もぷりぷりだ。レモンを絞るので、あっさりしている。


「セナ、ケナン、これも食べて」


 アユの分のムール貝のミディエ・リゾット詰めドルマスを与えると、二人は一度遠慮する。


「私はたくさん味見をしたから、お腹いっぱいなの」


 そう言うと、嬉しそうに受け取ってくれた。

 お腹が満たされたら、川渡りの準備を行う。

 セナはケナンに、羊飼いの心得をくどくど説いていた。


 だんだんと太陽の日差しが強くなる。絶好の、川渡り日和だった。


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