大衆食堂(ロカンタ)
太陽が真上まで昇り、じりじりと照りつける。町中にある古い礼拝堂が鐘を鳴らす。昼食の時間になったようだ。
「よし。そろそろ昼食にするか」
医者はいないので、勝手に食材を買って作るわけにはいかない。
「市場の近くに、大衆食堂があるらしい。行ってみよう」
「うん」
日差しが強いので、頭にしっかりとターバンを巻いて出かける。アユも花嫁のベールをきちんと被っているか確認した。
市場から西を目指した方向に、大衆食堂がある。
大衆食堂とは大きな天幕の下にいくつもの料理屋が入り、好きな食事を選んで運ぶ方式を採用した食堂だ。
「わっ……すごい」
「多いな」
昼時ということもあって、天幕の下には人が賑わっていた。
机には出来合いの料理が並び、美味しそうな匂いを漂わせている。
まず、席の確保を行った。頭に巻いていたターバンを置くと、ここは使っている席だと主張できる。
続いて、山のように積みあがった盆を手に取り、好きな料理を注文して歩くのだ。
「アユ、お前は、どんな物が好きなんだ?」
「う~ん……」
眉間に皺を寄せ、アユは考える人になってしまった。
「何か、あるだろう? 料理じゃなくて、食材でもいいが」
「リュザールの作った、肉挟みパン」
「なっ!」
思わぬ回答に、カッと顔が熱くなる。
ただ、アユは好きな食材をあげただけで、リュザールが作った肉挟みパンが特別美味しいと言ったわけではない。
「肉挟みパンを売る店は、あるのか?」
辺りを見回し、アユが所望する料理を提供している店を探す。
「あ、あそこに──」
手を引いて連れて行こうとしたが、アユはふるふると首を横に振った。
「違う。あの時、リュザールが作ってくれた物が美味しかっただけ」
別に今、肉挟みパンが食べたいというわけでも、リュザールに作れと言っているわけでもなく、ただ単に美味しかった物をあげただけのようだ。
「リュザールが作ってくれたということと、草原の綺麗な景色と、心地よい風、それからほどよい空腹があいまって、美味しかったんだと思う」
どれかが欠けたら、味わいは別のものとなるだろう。
「そうだな。たしかに、あれは美味かった」
また行こう。そう約束を交わし、昼食を選ぶことにした。
リュザールはアユに料理の説明をしていく。
「あれは、鶏肉の串焼き」
葡萄酒、酢、油、香辛料で作った液に漬けた鶏肉を串に刺し、香ばしく焼いた料理である。
炭火の上で、じわりと肉汁を垂らしていた。
「美味しそう」
「じゃあ、これを一つ」
注文すると、鉄串から外される。アユは鉄串が珍しかったようで、覗き込んでいた。
「鉄串が珍しいのかい?」
「うん」
「鉄串を使うと、熱が均等に伝わって焼き目にムラがなくなるんだ」
「へえ、そうなんだ」
店主は話好きのようで、肉に漬ける液の作り方も教えてくれた。
「これは秘伝のマリネ液なんだが、奥さんは美人だから特別に教えてやろう」
マリネ液には、擂ったタマネギ、トマト、ヨーグルトに胡椒、石榴酢に香辛料と、複雑な味付けだった。
「羊肉でも美味しいから、今度作ってみてくれ」
店主に礼を言い、次なる店に足を運ぶ。
他に、レバーフライ、網焼き肉団子、羊の串焼きを注文する。色んな味が楽しめるよう、少量ずつ頼んだ。
魚料理も豊富だった。
「リュザールが一番好きなのは、どれ?」
「イワシの揚げ物だな」
オリーブオイルでカラっと揚げられたイワシは、檸檬をぎゅっと絞って食べるのだ。
他に、檸檬と月桂樹の葉が串に刺さった白身魚の串焼きも頼んだ。
パンは丸っとした食事パンを買った。
最後に見かけた真っ赤な液体の入った瓶に、アユは慄く。中には赤カブが漬かっていた。
「これは、漬物だ。じーさんやばーさんは、漬け汁も美味いと言って飲むが、正直に言って酸味が強いから飲めたものではない」
しかし、これが長生きの秘訣なのだろう。漬物も頼んでみた。
机の上には、料理がズラリと並ぶ。
「腹減った勢いで頼み過ぎたな」
「うん。でも、美味しそう」
さっそく、食前の言葉を交わしたのちに食べてみる。
アユはまず、リュザールイチオシのイワシの揚げ物を食べていた。
サクッと、いい音が鳴った。それだけ、しっかりと揚げられているのだろう。
「これ、とっても美味しい」
香辛料で味付けされた衣と、ふっくらとした白身の相性は抜群。檸檬の酸味が、美味しさを最大限にまで引き出してくれる。
これは、パンに挟んでも美味しい。リュザールは食事ナイフでパンを二つに割って、その上にイワシの揚げ物を置いた。赤カブの漬物を薄く切って上に添える。
「アユ、これも食べてみろ」
イワシの載ったパンを素直に受け取り、そのままかぶりつく。
アユの目はキラリと輝いた。聞かずとも、美味しかったということが分かる。
「リュザール、これ、美味しい!」
「だろう?」
リュザールは次々と料理を勧め、大衆食堂の料理を堪能する。
食事をしているうちにアユに笑顔が戻ってきたので、連れてきてよかったと心から思った。