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ひとりぼっちだったアユ

 しばらくしてアユは泣き止んだが、瞼を腫らして目を真っ赤にした様子は酷く痛々しい。

 とりあえず、たくさん泣いたので水分補給をさせなければ。

 そう思ったリュザールは、路地から市場に戻る。

 ちょうど、果物を売る青果市に出てきた。

 軒を連ねる商店には、夏の太陽を浴びて育った果物が並んでいる。

 人の顔よりも大きな西瓜カルプズを筆頭に、甜瓜カウン黄桃シェフタリカユス桜桃キラズなど。


「おい、アユ。食べたい果物はあるか?」

「初めて見る果物ばかりで、よくわからない」


 高原育ちのアユは、市場に並ぶような果物に縁がなかったらしい。自生していた杏や石榴ナル以外、口にすることはなかったようだ。


「だったら、西瓜にしよう」


 水分は多く、今の時季はとびきり甘い。


「問題は、デカすぎるってことだな」


 リュザールは比較的小さな西瓜を選んだが、それでも大きい。医者に半分押し付けることを決め、購入した。

 左手に西瓜を抱え、右手はアユの手を握って市場を突っ切る。

 診療所に戻り、西瓜を半分に切って医者の分とした。

 医者は外出中らしく、不在だった。

 もう半分を持って、外へ出る。裏にある薬草園のほうへと回り、草の上に腰を下ろす。隣を叩いて、アユを座らせた。


「西瓜は、部屋の中で食うなって言われている」

「どうして?」

「汁が垂れて、絨毯が汚れるから」

「そんなに、果汁がすごいんだ」

「ああ。食ってみろ」


 ナイフで西瓜を切りわけ、一切れアユに手渡した。

 手にした西瓜をアユは太陽に透かすように持ち上げ、ボソリと呟いた。


「真っ赤。綺麗……」


 シャリ、と音を立てながら西瓜を齧る。驚くほど甘くて、みずみずしい。アユも驚いた顔で、リュザールを見ていた。


「すごい……こんな果物、初めて」

「美味いだろう? 夏の強い太陽が、甘くしてくれるんだ」


 それから無言で西瓜を食べ続ける。喉は十分潤った。残った皮の処理のために穴を掘る。帰りがけに家族の土産用に買おうかと、そんなことを考えながら。

 リュザールの掘った穴に、アユが皮を入れて土を被せた。汚れた手は、井戸で洗う。

 再び、二人は草の上に腰を下ろした。

 ふいに、ふわりと優しい風が頬を撫でる。それはまるで、落ち込んでいるアユを励ますようだった。

 ただアユに風は届いていないようだった。ぼんやりと、空を眺めている。

 アユの膝の上に握られた拳に、リュザールは手を重ねた。


「一人で、思い詰めるな」

「うん」

「苦しみも悲しみも喜びも、分かち合うんだろう?」

「うん……」


 アユの声は震えていた。軽く触れるだけだった手に力を込めた。

 会話もなくしばらく、そのままで過ごす。

 先に沈黙を破ったのは、アユだった。


「あの、リュザール、話を、聞いてくれる?」

「ああ」


 どうやら、話す覚悟を固めてくれたようだ。リュザールは真剣な眼差しをアユに向けながら話を聞く。


「どうしてかよく分からないのだけど、ハルトスに生まれてくる子どもは、双子が多かった」


 それは過酷な土地で暮らす高原の遊牧民が得た、大精霊の祝福だと云われていたようだ。


「うちの兄弟は、私以外みんな双子で……」


 そんな一族の中、双子ではないアユは精霊の祝福を持たずに生まれてきた。

 不完全な存在として、言葉には出さないが疎まれていたらしい。


「仕事は、二人分しなければいけないと思った。周囲も、それを当たり前と思っていたし」


 アユは毎日、最初から存在しない双子の片割れの分まで働いていた。


「それで、他の姉妹の分の織物までしていたのか?」

「全部じゃない。羊毛を染めて、難しい模様の所を織るだけ」


 模様を織るだけというが、織物の大半を占めるのは複雑に織り込まれた模様だ。ほとんど、アユが作ったと言っても過言ではないのだろう。


「そんなに必死こいて働いて、お前一人で一家の生活を支えていたようなものなのに、どうして両親は手放したんだ?」

「それは──」


 アユはぎゅっと、唇を噛みしめる。何か、悔しいことがあったに違いない。


「言いたくなければ、言わなくてもいい。だが俺は、お前にそんな表情をさせたくない」

「リュザール……」


 またしてもアユは、ポロポロと涙を流し始める。

 リュザールはアユを抱き寄せ、肩にもたれかからせた。

 アユはしゃくり上げながら、話してくれた。


「お、叔父が──」


 商人との取引は、金貸しをしていた叔父が担っていたらしい。

 その中で、いつもアユの織物だけが安く買い叩かれていた。

 アユは他の姉妹の織物も手伝っていた。姉妹の織物は高い値段が付いていたのに、アユの物はなぜ安い価格しか付かなかったのか。

 長い間疑問だったが、その謎は先ほどの絨毯商の話で氷解した。


「叔父が、私の織物の買取り価格を、中抜き、していた……!」


 それだけだったらよかったと、アユは続ける。悔しかったのは、その点ではなかったようだ。


「姉や妹は、素晴らしい織物を作ったと褒められていた。私は、二束三文にしかならない織物しか作らないと、バカにされて──」

「もう、いい」


 アユは精霊の加護がなく、双子の生まれではなかった。だから、人並み以上に頑張ろうと努力をしていた。

 それに気づかずいいようにこき使って楽をしていた者達に、例えようがない怒りが湧いてくる。


 しかし、もうアユはハルトスと関わることはない。そんな相手を苛むことは時間の無駄だろう。それよりもリュザールは、アユとの未来を見据えなければならない。


「アユ、お前は今まで十分頑張った。これからは俺がお前を認め、世界一幸せにしてやる」


 今は、その言葉しか言えなかった。


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