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草原の渡り鳥

 目的は達成できたので、帰ることにした。行きと同様、リュザールの馬に乗って帰る。


「よし、上げるぞ」


 リュザールはアユを抱き上げ、馬上に乗せる。続いて、自らも跨った。

 アユの背中とリュザールの胸が密着した瞬間、胸がドキンと高鳴った。


「──?」


 今までも、このように落ち着かない気分になっていたが、今日は特にドギマギしてしまう。

 アユが異性に対し、このような状態になってしまったのは初めてだった。


「手綱はあまり強く握るなよ。手のひらを怪我しているんだから」

「え、でも、落ちたらいけないから」

「俺が掴まえておくし、あまり速く走らないから安心しろ。って、行きも似たようなやり取りをした気がするが……まあ、いい」


 そう言って、リュザールはアユの腰に腕を回した。

 力強い腕が、アユの馬上で不安定な体をしっかりと押さえてくれていた。

 またしても、アユの胸はドキンドキンとうるさく鳴っている。いったいどうしたものなのか。理由を追及するも、答えは出てこない。


 そんなことを考えているうちに、前方に何かが見えた。


「リュザール、何かが、いる」

「ん?」


 警戒したリュザールは馬を止め、目を窄めていた。


「なんだ、あれは……。アユ。旗の絵柄を見ることはできるか?」

「渡り鳥の絵」

「渡り鳥……ああ、あれは隊商キャラバンだ」


 渡り鳥が描かれた旗は、隊商を示すもののようだ。


「お前、本当に目がいいな」

「羊を、数えなければいけないから」

「なるほどな。しかし、ここで隊商に会えるとは」


 隊商とは、先日リュザールが護衛したような、買い付けた品物を駱駝らくだ騾馬らばなどに載せて運ぶ商人のことである。

 侵略者の一族に襲われることが頻発しているため、護衛を雇って移動するのだ。


「何か面白い物を売っているかもしれない。寄ってみよう」


 リュザールは腰に下げていた鞄の中から細長く白い布を取り出し、鞍に結んだ。すると、細長い布は波打つようにして風に流れる。


「リュザール、これは?」

「敵対していないという合図だ。いきなり他所からきた馬が近づいたら、警戒するだろう?」

「ああ、そっか」


 風になびくほど長い布は、純粋な客であるという印なのだ。もしもこれをしていないと、場合によっては護衛が矢を放つ場合がある。注意が必要だと、リュザールは草原の民の掟を噛んで含めるように言った。


 だんだんと、渡り鳥が描かれた旗が鮮明になる。

 偶然通りかかった隊商は、小規模だった。


「渡り鳥──葡萄ユズゥムか。初めて聞くな」


 隊商の数は星の数ほどあるらしい。そのため、すべてを把握しているわけではないようだ。

 距離が近くなるとリュザールは馬から降りる。

 そのあとアユも降りるのかと思いきや、リュザールは手綱を引き出した。


「あの、リュザール。私は降りなくても、いいの?」

「ああ。これも決まりなんだ」


 男性は隊商に近づく場合、馬から降りる。女性がいる場合は、馬に乗せたまま近づくらしい。


「敵意はない。話がしたいだけだという意思確認のようなものだな」

「そう」


 ようやく、隊商に到着した。十歳くらいの子どもが走ってくる。用事を聞きに来たようだ。


「お兄ちゃん達、何をしにきたの?」

「商品を少し見せてもらおうと思って」

「わかった。ここで待っていてね」

「ああ」


 再び、少年は走って行った。五分後、今度はターバンを巻き、足首まで覆うゆったりとした貫頭衣を腰で縛った服を着た商人がやってくる。

 細身で、口元に髭がある。目元には皺がないので、意外と若いのかもしれない。


「いらっしゃいませ、お客様」

「突然すまない。俺はユルドゥス、メーレの五番目の息子リュザールだ」

「ああ! あのユルドゥスの。お名前と名声はいつもお聞きしております。どうぞ、中へ。今、妻が珈琲カフヴェを淹れたところです」


 隊商『葡萄』は、焚火を囲んで休憩していたようだ。

 アユとリュザールに、砂糖たっぷりの珈琲をふるまってくれる。

 商人の妻は目元以外を布で覆っていたが、優しげな瞳を持っていた。

 子どもは三人いて、上が十四、真ん中が十二、下が十歳。全員男で、家族五名で行っている小さな隊商だった。ちなみに、護衛は雇っていないらしい。


「危ないな。ここ最近、侵略者の一族がばっこしているようだから、気をつけたほうがいいかもしれない」

「ええ、ですが、仕入れに想定以上の金額を使ってしまい、懐事情もよくなく……」

「何を運んでいるんだ?」

「絹と絨毯です。それから、ちょっとした雑貨を少々」

「ふうん」


 話を聞きながら、珈琲を飲む。煮出した豆は、どろりとしていて味が濃い。

 思わず美味しいと呟けば、商人の妻は笑みを深めていた。


「それで、何か必要なのですか?」

「あ、そうだ。アルム石って知っているか?」

「アルム石……はて」


 商人はアルム石を知らないようで、アユはがっかりと肩を落とした。

 しかし、商人の妻が何かを耳打ちする。


「ああ、明礬みょうばんのことですか。ございますよ」


 どうやら、この辺では呼び方が違ったようだ。


「妻が必要だと言っている。いくつか、わけてくれないか?」

「承知いたしました」


 明礬は消臭剤、止血剤、食品加工など様々な用途で使われているようだ。

 そのどれにも該当しなかったが、リュザールは商人に用途を口外しなかった。


「他に、何か御用名はありますか?」

「あ……釘」


 商品を入れていた木箱の蓋に、鉄の釘が突き出ていたのだ。

 それを指差すと、商人は危ないと言って引き抜く。それを地面に埋めようとしたが、リュザールが止めた。


「その釘、売ってくれないか?」

「これを、ですか?」

「ああ」

「磨いて使うのです?」

「……まあ、そんなもんだ」


 商人は代金を取らず、そのままリュザールに差し出す。


「どうぞ。不要物なので」

「ああ、ありがとう」


 思いがけず、アユは媒染剤を入手することができた。


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