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採取

 アユが作りたい織物は、リュザールからもらった中東桔梗ユーストマの赤い胸飾りと同じ意匠を使ったものだ。

 草木染めで、濃い赤を出すことは難しい。

 しかし、アユは綺麗な赤が出る素材を知っていた。

 草原を見渡す。アユはすっと目を細め、目的の植物を探す。

 一見して、野草はどれも同じに見える。しかし、毎年草木染めをしているアユには、一つ一つ違う葉に見えていた。

 風が吹き、さらさらと草が揺れた。その刹那、アユは目的の葉を発見する。


「……あった!」


 アユが見つけたのは、細長い葉を付けた植物。太陽に向かって、茎がまっすぐに伸びていた。

 これはアカネという多年草で、根を染物の材料として使うのだ。

 根を引きちぎらないよう、ナイフで丁寧に掘る。


「おい、俺がやるから下がってろ」


 いつの間にか、リュザールが背後にいたのでアユは驚く。

 どうやら、ずっとついて来ていたらしい。カラマルは、襟巻のようにリュザールの首にしがみ付いていた。


「そんなにびっくりしなくてもいいだろう?」


 リュザールの言葉に相槌を打つように、カラマルが「キイ」と鳴いた。


「採取をしていると、周りが見えなくなる。だから、一人にするわけないだろう?」

「そ、そっか」


 そう言いながらリュザールはしゃがみ込み、アカネの根を掘り始める。


「安心しろ。根は切らないで掘ってやるから。お前は、周囲の見張りをしておけ」


 アユのほうが目は良いからと、リュザールは付け足す。

 五分ほどで、リュザールはアカネの根を綺麗に掘ってくれた。


 手渡されたアカネの根は、太くしっかりしたものだった。


「山岳で採れるアカネの根は、もっと細いの」

「上のほうは気候が厳しいからな」

「そうだった」


 初夏を過ぎても雪が残っている旨を説明すると、リュザールの翠色の目は見開かれた。

 ハルトスの一族が住んでいた場所は、ここの草原よりもはるかに過酷な土地なのだ。


「よく、そんな場所を遊牧しているな」

「その分、家畜の食料が豊富で、水が綺麗だから」


 山岳地帯に住む者は少ない。そのため、家畜の食料を求めて何度も移動するということをしなくていい。

 それに加え、美しい山の水は織物を作る際に役立つ。


「雪どけ水で草木染めをすると、とっても綺麗に染まる」

「そうなんだな。この辺りは、雪なんか残ってないが、大丈夫か?」

「うん、平気。こんなにしっかり育ったアカネなんて、見たことがないから。きっと、濃い赤が出ると思う」

「そっか」


 それから、アユがアカネを見つけ、リュザールが掘るということを繰り返す。


「よし、採れたぞ」

「ありが──」


 礼を言いかけたが、途中で笑ってしまった。


「なんだよ?」

「顔、土が付いてる」


 リュザールは手の甲で拭おうとしたが、見当はずれの場所を擦っていた。


「そこじゃない。待って」


 アユはしゃがみ込み手巾を取り出すと、リュザールの頬に手を当てて鼻の頭に付着した土を拭いてあげる。


「取れたか?」

「もうちょっと待って……。うん、これでよし」


 他に汚れている場所がないか確認しようとしたら、リュザールの顔がすぐ目の前にあることに気づく。

 あと少しで唇が付いてしまいそうなほど、近かったのだ。

 なんだか恥ずかしくなってしまい、リュザールの頬から手を離す。

 すると、宙に浮いた手を掴まれてしまった。


「なっ──」

「血が滲んでいる」

「え?」

「包帯を替えよう」


 リュザールはアユ自身を見ていたわけではなく、怪我を気にしていたようだ。

 アユだけが、リュザールを意識していたのだ。


 リュザールは家から包帯を持ってきていたようで、アユの血で汚れた包帯を解き、傷口を洗い流すと再び包帯を巻いてくれる。


「ありがとう」

「おう。痛みはないのか?」

「ない」

「そうか」


 そんな会話を最後に、再びアカネの根を掘る作業を再開させる。

 一時間半ほどで、籠いっぱい採れた。


「リュザール、そろそろ、休憩する?」

「そうだな」


 拠点に戻り、湯を沸かす。


「なあ、これってどうやって色を出すんだ?」

「とろ火で煮込む」

「ふ~ん」


 根は赤く、茎部分は肌色から薄い赤色に染まる。

 生でも使えるが、乾燥させて保存することも可能なのだ。


「アカネの染物は、絶対に内緒」


 唇に人差し指を当て、他言無用であることを強調しておく。


「なんでだ?」

「試行錯誤をして、見つけたものだから」


 何度も失敗を繰り返し、ようやく理想的な赤を出すことができる植物を発見したのだ。

 姉や妹達に教えてくれと乞われたが、こればかりは教えることはしなかった。


「他の奴は使っていないのか?」

「ハルトスでは、私だけ。この辺りの人は、使っているかもしれないけれど」

「いや、お前の言うような濃い赤の織物は、見たことがない、と、思う」

「そうなんだ」


 リュザールは眉間に皺を寄せ、何やら険しい表情となる。


「リュザール、どうしたの?」

「いや、前に商人からハルトスの噂を聞いて」

「どんな?」

「一族一番の織り手を、失くした、と。それが、お前なんじゃないかって思って」

「違う」


 姉達は、アユの織物を下手だと言っていた。

 いくら織っても腕前が上がらないので、姉や義姉に割り当てられた織物を織って練習するように言われていたくらいだ。


「練習したおかげで、そこそこの速さで織れるようにはなったけれど、ハルトス一番の織り手ではない」

「だったら、いいけれど」


 リュザールは、アユの存在が織物から知られることを恐れているようだ。


「どうして、怖いの?」

「もしも、お前が生きていると知ったら、連れ戻されるのではないかと思って」

「それはない」


家族はアユを役立たずだと言ったし、心配無用だと、言っておいた。

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