リュザールとおでかけ
軽食を持って出かけることにした。
アユは怪我をしているので、リュザールが代わりに作る。
「パンを二つに切り分けて、バターを塗って、中にチーズとトマト、塩茹でした胸肉を入れて──」
「待て待て。いち工程ずつ説明してくれ」
アユの指導で、リュザールは人生で初めての料理を作る。
「どうだ?」
「うん、上手。才能ある」
「だろう?」
アユが褒めると、リュザールは少年のような無邪気な笑顔を浮かべていた。
初めて会った時は眉間に皺ばかり作っていたのに、最近は柔らかい表情を見せてくれるようになる。それはアユにとって、嬉しいことだった。
「ん、どうした?」
「ううん、何でもない」
リュザールが作ったパンは蔓を編んで作った箱に詰め、籠の中に入れる。飲み物は、現地で紅茶を淹れることに決めた。
籠に紅茶専用薬缶と紅茶専用杯を入れておく。
先ほどケナンが持ってきてくれた、新鮮な牛乳を持って行くのも忘れない。
「リュザール、カラマルも連れて行っていい?」
「そいつ、逃げないか?」
「紐で繋いでおくから」
リュザールの黒鷲が拾ってきた白イタチは、すっかりアユに懐いていた。
今も、アユの腕の中でだらりと伸びている。
「いい?」
重ねて願うと、リュザールは好きにするようにと言ってくれた。
カラマルは革袋に入れて、腰から吊るしておく。
「よし、行くか!」
「うん」
黒馬に乗って、草花が豊富な平原を目指す。
「その手じゃ手綱も握れないだろう?」
リュザールはそう言って、アユを軽々持ち上げて馬に乗せた。
続いて、彼自身も馬に跨る。
「手綱は強く握らなくてもいい」
「え、でも、危ない」
「俺が捕まえておくから」
「!?」
アユの腰を、リュザールが抱き寄せた。回された腕はしっかりしていて、安定感がある。
「もしかして、ずっとこのまま?」
「そうに決まっているだろう」
リュザールの腕は太くて逞しい。ハルトスの男達とは違う、戦う者らしい体つきをしていた。
出会った際も一緒に馬に乗ったが、その時はなんとも思っていなかった。
しかし、今はどうしてか照れてしまう。
アユは心境の大きな変化に戸惑う。
その思考も、リュザールの声によって霧散した。
「出発するぞ」
「わ、わかった」
馬はゆっくりと歩き始め、だんだんと歩みを速めていく。
「今日は片手だから、そんなに速く走れないからな」
「大丈夫」
草原の初夏の風は、熱と湿気を帯びている。この風が、大地に強い生命力をもたらすのだ。
風をその身に感じながら、アユは大自然の中で生かされているのだと思った。
人は自然の中で暮らすことに適応していない。だから、森を開拓して土地を広げ、村や町を造って身を寄せあって生きる。
しかし、遊牧民は違う。自然の中に身を置き、自然に適応して生きる。
アユの生まれ育ったハルトスは、初夏でも雪が降り積もり、厳しい風が吹いていた。
山の上と下ではこうも違うものだと、驚きを隠せない。
「あ」
「どうした?」
「兎が見えた」
「どこだ?」
「あそこ」
草むらから、茶色い兎がひょっこり顔を出していたのだ。リュザールは馬を止めて、目を凝らしている。
「あ、本当だ。ちょっといいか?」
「ん?」
リュザールはアユから手を離すと、地面に飛び降りる。
支えがなくなったので怖くなったが、リュザールの馬はぴくりとも動かない。
リュザールはすぐさま鞍に吊るしていた弓を取り、兎に向かって矢を引く。
狙うには、少々遠すぎたかと思ったが、矢は見事に的中した。
「リュザール、すごい!!」
腰から吊るされていたカラマルも、アユの興奮が伝わったのか、キイキイと鳴きだす。
馬で移動し、兎を回収した。
「兎、大きい」
「的がデカかったから、奇跡的に当たったんだな」
仕留めた本人はそう言っていたが、アユはエリンから「リュザールは村一番の弓の使い手」と聞いていたのだ。自分でそういうことを自慢しないところは、リュザールの美点だろう。
移動を再開させる。
一時間ほどで、目的地に到着した。そこはほどよく木々があり、豊富な種類の草花がある場所であった。
「こんなところでいいのか?」
「うん!」
馬から降りる時も、リュザールが抱き上げ下してくれた。
まずは、拠点を作る。織物を広げ、荷物を下す。それから草を抜き、石を集め、簡易かまどを作った。
「──と、こんなもんか」
リュザールは織物の上に寝転がった。
「リュザール」
「なんだ?」
「カラマルをお願い」
革袋の中で眠っていたカラマルを取り出し、リュザールの腹の上にそっと置いた。
ぴゅうぴゅうと、なんとも言えない寝息を立てている。
「こいつ、人の腹の上で呑気に寝やがって」
食べることと眠ることが何よりも好きな白イタチなのだ。
「カラマル、狩猟とかできると思う?」
「どうだか。しかし、母上の手にかかったら、やるんじゃないのか?」
「う~~ん」
なんとなく、アズラにカラマルを預けたら、目つきが鋭くなりそうだ。
アユは今のままのカラマルが可愛いと思っているので、複雑だ。
「まあ別に、こいつが狩猟しなくても生活には困っていないし、好きにしろよ」
「ありがとう」
赦されるのであれば、カラマルにはこのままのんびり過ごしてほしい。
それが、アユの希望であった。
「リュザール、行ってくるね」
「あまり、遠くに行くなよ。蛇には気をつけろ。あと、遠目で誰か来ているのに気づいたら、ここに戻ってこい。それから──」
「まだあるの?」
「いや、もうない」
「わかった。行ってくる」
「おう」
空の籠を持ち、アユは草木染に使う植物を探しに向かった。