表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/117

突然の訪問者

 アユは目を擦り、ゆっくりと起き上がった。

 すると、目の前に黒い鷲の羽根がぐぐっと突き付けられる。


「ねえ、これ、リュザール様の鷲の羽根よね?」

「……たぶん」

「多分って何よ! ユルドゥスで黒い鷲を持っているのは、リュザール様だけなんだからね」

「そうなんだ」

「常識よ!」


 女性と話をしているうちに、アユの意識はだんだんとはっきりしてくる。

 灯火器に照らされる女性は、珍しい髪の色をしていた。


「研いだばかりの、鉄の色……」

「何が!?」

「あなたの、髪」

「これは鉄色ではなくて、銀よ!」

「銀?」

「そう。失礼な人ね!」

「銀、見たことないから」

「あら、そうなの?」


 女性はもぞもぞと動くと、アユの目の前に何か突き出してくる。


「これが、銀よ!」

「これが、銀」

「そう」


 ザクロの花を模した、美しい細工であった。研いだばかりの鉄よりも綺麗で、繊細に見える。女性の髪色と銀は、よく似ていた。

 綺麗だとも思う。


 ここで、女性と初めて目が合った。

 ガーネットのような瞳は切れ長で、猫の目のように吊り上がっている。勝気な美人だ。

 年頃はリュザールと同じくらいか。

 すらりと背が高く、燃えるような熱い眼差しでアユを見降ろしていた。

 瞳に浮かんでいる表情は烈火のごとく。その正体は、怒りだろう。


「あなたは、リュザールの、知り合い?」

「知り合いもなにも、わたくしはリュザール様の婚約者よ」

「婚約者?」

「あなたは何者なの? リュザール様の家がなくなっていて、ここに黒鷲の羽根が刺さっていたことに驚いたんだけど」


 ユルドゥスでは、鷲の羽根を表札代わりにするらしい。そのため、ここがリュザールの家だと気づいたのだとか。


「婚約者……あなたは、リュザールと、結婚の約束を?」

「そうよ」


 そういえば、以前リュザールの結婚についての話を父メーレとしていた。

 エシラ・ル・コークス。十六歳の、炎の大精霊に愛される娘である、と。

 年上だと思っていたが、アユと同じ年だった。

 リュザールとアユの結婚話を聞きつけて、やって来たのだろう。


「あなたは、コークス家のエシラ?」

「そうよ。あなたは──リュザール様の家にいるってことは、まさか……!」

「私は、リュザールの妻」

「なんですって!?」


 エシラはアユの肩を掴み、じっと睨みつける。


「嘘を言ったらダメよ。リュザール様の妻が、まだこの世に存在するはずがないわ」

「でも、リュザールは私を選んだ」

「嘘よ!」


 どうすれば信じてもらえるのか。アユは朝から困り果てる。


『キッ!』


 騒ぎで、カラマルが目覚めたようだ。食事を要求するため、アユのもとへと近寄って来る。


「そ、それ、イタチじゃない!」

「イタチじゃない。白イタチフィッチ。イタチを、家畜化させたもの」

「同じよ!」


 同じではない。野生のイタチと違って体臭はほぼないし、人によく懐いている。


「ちょっと、近寄らせないで! イタチに噛まれると、病気になるって聞いたことがあるわ。それに、肉食で人間に噛みつくこともあるって」

「だから、これは白イタチで」

「はやく追い出して!」

「あなたが、出て行ったら?」

「どうして!?」

「だって……」


 ここはアユとリュザールの家だ。部外者であるエシラが部外者であることは明らかである。


「結婚についての話は、リュザールのお父さんとお母さんに聞きに行って」

「それも、そうね」


 あっさりと引き下がる。

 エシラはなかなか掴みどころの難しい女性だった。


 エシラが出て行くと、アユはふうと息を吐く。

 そして、近くでキイキイ鳴いているカラマルに、餌を与えた。

 外から太陽の光が差し込む。夜は明け、朝となった。

 朝食を作り、巫女に持って行く。

 出てきた炎の大精霊の巫女イルデーテに、食事を手渡した。


「アユさん、昨日の差し入れ、とっても美味しかったです。小腹が空いていたので、みんな喜んでいましたわ」

「そう、よかった」


 巫女達も差し入れであった葉巻型パンを食べたようだ。


「赤ちゃんは?」

「ええ、元気な男の子が産まれて」


 母子ともに健康らしい。ハルトスでは、出産と同時に、母子共々命を落とすことも珍しくない。だから、心からホッとした。


「アユさんは、何かありました?」

「え?」

「少し、元気がないように思えて」

「それは──」


 原因はエシラの訪問である。

 彼女が正統な婚約者だと主張していた。

 自分がいなければ、リュザールは彼女と結婚していたのだ。そのことを思うと、胸がぎゅっと苦しくなる。

 イルデーテに話してみたら、心配ないと励ましてくれた。


「あなた方の結婚は、大精霊様が認めたものです。胸を張っていたらいいですよ。そうは言っても、気持ち的には落ち着かないでしょうけれど」


 イルデーテはアユが作った朝食を掲げて言った。


美味しいエル料理を作ったその手がゼ・健やかであるようにサオルック


 アユは複雑な表情のまま、言葉を返した。


その料理がアーフィあなたのエット健康にいいように・オースン


 ◇◇◇


 家に戻ると、アズラが胡坐をかいて座っていた。隣には、正座をしているエシラの姿がある。


「我が息子リュザールの嫁アユ、戻りましたか」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ