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ユフラを作ろう

 アユは外でエリンと共に皿を洗う。

 周囲の家の灯りは、落とされつつある。遊牧民は早寝早起きなのだ。

 そんな中、エリンは皿を洗いながらも灯りが付いた家を一点に見つめている。

 あそこでは、ユルドゥスの女性達が集まって、出産を手伝っているのだ。


「お母さん、大丈夫かな」

「心配?」

「うん。夕食を食べる暇もなかったから」


 どうやら、ケリアは何も食べずに家を飛び出したらしい。それを、エリンは心配しているのだ。


「だったら、何か差し入れを作って持って行く?」

「お母さん達に?」

「そう。軽く摘まんで食べられるようなものを」

「アユお姉ちゃん、いいの?」

「いいよ」


 食材を使っていいかどうかは、家長であるヌムガに訊ね許可を取った。

 イーイトが眠そうにしていたので、アユは家に戻って調理する。


「今から、ユフラを作るけれど、エリンは作ったことある?」

「ない。お母さん、ユフラは破いてしまうから、苦手だって」

「そう」


 ユフラというのは、羊皮紙のように薄いパン生地である。

 まず、盥に小麦粉をコップで数杯掬い、酵母を匙で量って入れる。普段は目分量であるが、エリンに教えるために量って入れた。


 水を少しずつ入れながら練り、生地をまとめる。

 生地がなめらかになったら、丸めてしばし休ませた。

 ここまで、普段のパンの作り方と変わらない。


 発酵を待つ間、茶の時間とする。

 リュザールの両親から結婚祝いで贈られた花の断面模様が美しい紅茶ポットチャイダンルック紅茶チャイを淹れる。


 贅沢に、牛乳と砂糖をたっぷり入れた。

 夕食作りを頑張ったエリンへのご褒美である。アユにとってもかなりの贅沢であるため、カップを持つ手が震えてしまったのは内緒だ。

 エリンが星を見ながら飲もうというので、外にでた。少し冷えるので、毛布を肩にかける。

 夜空は雲一つなく、数えきれないほどの星が輝いていた。


「アユお姉ちゃん、冷えないうちに、飲もう?」

「うん」


 紅茶を飲んだエリンは、口元に笑みを浮かべている。


「ん、おいし」

「そう、よかった」


 夜空を眺めていると、星がさっと尾を引いた。エリンは指差しながら叫んだ。


「あ、尻尾星クイルック・ユリディズ!」

「尻尾星?」

「アユお姉ちゃん、知らないの?」


 尻尾星とは、幸運を司る星で、見たあとに願いごとをしたら叶えてくれるといわれている。

 エリンは胸の前で手を組み、何か必死に願っていた。


「エリン、何を願ったの?」

「料理が上手くなりますようにって」

「それは、絶対叶うよ」

「そう思う?」

「そう思う」

「嬉しい」


 暗闇の中なのでよく見えないが、はにかんでいるであろうエリンの頬をアユは手の甲で撫でる。


「アユお姉ちゃんも、何か願ったほうがいいよ」

「願い……?」


 アユも胸の前で手を組み、願いごとをする。

 今、浮かんだ願いは一つしかなかった。


「アユお姉ちゃんは、何を願ったの?」

「リュザールが、無事に戻ってきますようにって」

「ええ、そんなこと? 尻尾星ってかなり珍しいのに」

「今の私には、リュザールが無事に戻ってくる以上の願いはないから」

「アユお姉ちゃんは、無欲だね」


 無欲というよりは、欲を知らないだけだろう。

 ユルドゥスには、女性であるアユにたくさんのことが赦されている・・・・・・

 それを知ってしまったら、自分はどうなってしまうのか。

 少しだけ怖いと、アユは思ってしまった。

 そんな考えを、エリンの明るい声が打ち消す。


「でも、リュザール兄さんはかなり強いから、心配ないよ」

「そうなの?」

「四兄弟の中で二番目に強いんだって」

「へえ」


 剣を使う戦いの中で、一番は長男ゴース、二番目はリュザール、三番目がエリンの父ヌムガの順に強いらしい。最低最悪のぐうたら男こと、三男イミカンについては武芸の心得はないので最初から除外する。


「でもね、お父さん、槍ならリュザール兄さんに負けないって言ってた」

「そっか」

「リュザール兄さんは、弓は兄弟で一番だよ」


 アユもリュザールの弓の腕はかなりのものだと思っていた。

 馬で接近する追手を、見事に射止めていたのだ。


「リュザール兄さんは、動体視力がいいんだって。お祖父さんも昔は弓矢の名手だったけれど、老眼だから、矢が当たらなくなったって」

「そうなんだ」


 会話に夢中になって、すっかり紅茶が冷えてしまった。

 アユは一気に飲み干す。


「そろそろ、発酵が終わったかも」

「わかった」


 ユフラ作りを再開させる。


「ここからが、難しいってお母さんが言ってた」

「そう。私も、慣れない頃は何回も破いてしまった」

「アユお姉ちゃんもだったんだ」

「最初から、上手にできる人はいない」

「そっか。そうだよね」


 生地を一口大にちぎり、麺棒を使って薄く薄く伸ばしていく。

 角度を変え、力加減を調節しながら、羊皮紙のように生地を薄くするのだ。


「うわあ、綺麗……」


 薄く伸びた生地を見て、エリンは感嘆の声をあげている。


「エリンも、やってみて」

「う、うん」


 エリンは額に汗を浮かべながら、一生懸命生地を伸ばす。

 何度も破ってしまったけれど、やり直せば問題はない。

 こうして、何度もやっているうちに薄く伸ばせるようになった。


「で、できた」

「上出来」

「うん!」


 コツを掴んだらしいエリンは、どんどん生地を薄く伸ばしていく。

 同時進行で、アユは生地に塩辛いチーズと刻んだトマトを置き、スティック状に丸めていく。


 これをひまわり油で揚げたら、葉巻型パンシガラ・ボレイの完成である。



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