エリンと夕食作り
料理に使うのは、今日ケリアが焼いたトウモロコシパン。
正方形に切ったものが、煉瓦のように積みあがっている。
「あとは──」
山のように置かれていた卵を指さす。
「あれは?」
「うちの鶏の卵よ。たくさん飼っているの。主に商人に売っているんだけど、今日は来なくって売れ残ったみたいだわ」
「なるほど」
今日はケリアが卵料理を作る予定だったらしい。
「お母さん、卵料理は得意なの」
「そっか。残念だったね」
それから、もう一つ気になるのは、ドン! と置かれた肉の塊。
「あれは、どうしたの?」
「隣のおじさんが、昨日の結婚式で牛を捌いたらしいんだけど、食べきれないからっておすそ分け。あれ、早く食べないと、ダメになっちゃう」
「そう」
アユは本日の献立を瞬時に組み立てる。
そして、トウモロコシパンと卵、牛肉を使った品目を思いついた。
「エリン、これらを使って、ごちそうを作ろう」
「トウモロコシのパンと卵と牛肉で、ごちそうを?」
「そう」
「難しくない?」
「スープは簡単だから」
さっそく、調理を開始する。
まずはスープから。
薄切りにした牛肉とタマネギをオリーブオイルで炒め、火が通ったあと水を入れる。その後、レンズ豆を入れて煮込み、最後にトマトペーストに塩、コショウで味付けをする。
「あとは、煮込むだけ」
「これだけでいいの?」
「いいの」
実にシンプルなスープである。
味見をしたエリンは、小さな声で「美味しい……」と呟いていた。それから、自分にも作れそうとも。
続いて、二品目。トウモロコシパンの中身をくり抜く。
「くり抜いたパンは、細かくしてパン粉にするの」
「わかったわ」
全部で十五個のパンをくり抜き、トウモロコシパンのパン粉を作った。
「これは肉との繋ぎになるんだけれど、かさ増し的な意味合いもある」
「そうなの?」
「そう。一個だけでも、けっこうお腹いっぱいになる」
続いて、取り出したのは、牛肉の塊。これを、切り刻んでひき肉にする。
肉の塊からひき肉を作るのは、かなりの重労働だ。
アユは腕を捲り、額に汗を掻きながら肉をナイフで叩いている。
「おい、俺がしようか?」
奮闘するアユにヌムガが声をかけるも、大丈夫だと言って断る。
彼女は自分のやり始めたことを、他人に取られたくない性分なのだ。
そんなこととは知らず、ヌムガは一人手持ち無沙汰でしょんぼりしていた。
料理の工程はどんどん進んでいく。
「エリンは野菜を刻んで」
「うん」
手渡された野菜は、タマネギとニンニク。
エリンは涙目になりながらも、一生懸命刻んでいた。
アユはひき肉に、調味料を入れる。クミンに、発酵唐辛子、塩、胡椒など。
エリンの切った野菜を入れ、トウモロコシパン粉を追加し、ぐっぐと力を入れて練り上げた。
しっかり味付けしたタネは四角い形にして、焼いていく。
じゅわじゅわと音をたてる肉は、香ばしい匂いを漂わせていた。
「わあ、アユお姉ちゃん、美味しそう!」
「イーイト、あんまり近づくと、油が跳ねる」
「は~い」
裏表、焼き色が付いたら、水を入れて蒸し焼き状態にする。
蓋をして、しばし待つ。五分後、綺麗に焼きあがった。
「この肉を、パンに詰める」
四角い肉をパンに詰めたあと鉄板に並べ、蓋をするように生卵を落とす。さらに、薄く切ったチーズを載せた。
これを、外にある共通のかまどで焼く。
アユとエリンは肩を揃えて並び、かまどの中を覗き込む。
「あ、アユお姉ちゃん、チーズが溶けた!」
「良い匂いだね」
「うん!」
五分ほど焼いたら、チーズが溶け、卵の白身も固まる。
以上で、トウモロコシパンの肉詰めの完成だ。
アユは焼きたてのパンを三つ皿に盛りつけ、家にスープを取りに行き、巫女のもとへ持って行く。
「ごめんなさい、遅くなって」
家屋の中から出てきたのは、風の大精霊の巫女デリンである。
「いえいえ。あら、美味しそうね」
「今日は、エリンと作ったやつ」
「いいわねえ」
料理は無事、受け取ってもらえた。ホッと安堵する。
家に戻ると、エリンとイーイトが、大きな木の盆にトウモロコシパンやチーズ、スープなどを置いている。
「それは、精霊様へのお供え?」
「違うよ」
「イミカンの分の食事なの。私達があげなきゃ、お腹が空いて動かなくなるから」
「ああ……」
イミカンのもとへは、ヌムガとイーイトが持って行く。
残ったアユはエリンと二人で、食事の準備を始めた。
今まで調理の火口として使っていた場所は、円形の蓋のようなものを被せて覆う。
上から、布を被せると食卓となるのだ。
この上に、料理を並べていく。
しばらくして、ヌムガとイーイトが戻ってきた。
「わあ、美味しそう!」
食卓の料理を見て、イーイトは目を輝かせている。
親子は食卓に着き、食前の挨拶を交わした。
「その料理があなたの健康にいいように」
ヌムガがそう言うと、エリンとイーイトが息を合わせて同じ言葉を返す。
遅れて、アユも言った。
「エリンが頑張って作ったから、たくさん食べて」
「これ、エリンお姉ちゃんが? すごい!」
イーイトに尊敬の眼差しを向けられ、エリンは満更でもない表情を浮かべる。
姉弟の様子に、アユはクスリと笑った。
まず、ヌムガがパンを手に取り、大口を開けて食べる。
齧りつくとチーズが伸び、卵の黄身が溢れていた。
卵の黄身が零れないように、ヌムガは齧ったところを上に向ける。
「お父さん、どう?」
「美味い!」
感想を聞いたイーイトが、パンにかぶりつく。
期待以上の味だったようで、頬を赤くし、目を潤ませる。
実に美味しそうに、もぐもぐと食べていた。
エリンも、小さな口でパンを食べる。
「これ、美味しい!! アユお姉さんって、すごいわ!!」
「美味しいのは、エリンが手伝ってくれたから」
「そ、そう?」
「そう」
アユはエリンの手の甲を撫でながら言った。
「美味しい料理を作ったその手が、健やかであるように」
エリンは、弾けるような笑顔を浮かべた。