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義兄家族と焦げたパン

 洗濯物を入れこんだあと、家屋に持ち帰る。

 風に吹かせっぱなしだった衣類は、ふわふわだった。

 何か、石鹸の他に入れているのか。あとで、ケリアに聞こうと思う。

 家屋の中に入ると、白いたちのカラマルがキイキイと空腹を訴えるように鳴いていた。

 アユはカラマルに生肉と水を与え、しばし散歩をさせる。


 そうこうしているうちに陽は沈みゆき、草原を静かに包み込むような暗闇の時となる。

 空に浮かぶ星は、パチパチと瞬きをするように美しく輝いていた。

 灯りを点した家屋がぽつぽつと並ぶ様子は、どこか幻想的だ。

 アユの育ったハルトスでは、部屋を照らすほどの灯りは点さない。燃料が勿体ないので、太陽が沈んだのと同時に、一日の終わりとなる。

 一部の者達は、灯火器に灯りを点して酒を楽しむが、それが許されているのは男だけだった。

 ハルトスとは違い、ここではすべての家に灯りが点っている。夕食を囲んで団欒だんらんする家族の笑い声も、あちらこちらから聞こえてきた。

 それらは、アユにとって初めての光景となる。

 ユルドゥスは男女の格差もなければ、各家庭の生活水準も同じくらいに感じていた。

 今、目にしていることは童話か何かの世界なのではと、アユは思った。それくらい、ハルトスとユルドゥスの間には、大きな価値観の違いがあったのだ。

 近くにあった家から、わっはっはと楽しげな声が聞こえ、ハッと我に返る。

 小走りでケリアの家まで向かった。


 ケリアの家からも灯りが漏れていた。ホッとするような、温かな灯りである。

 パンは足りるだろうか。見下ろしている中で、アユは気づく。

 結婚一年目は、精霊の分も料理を作らなければならないのだ。

 大事な仕事を忘れていた。


 どうしようかと、出入り口の前でオロオロしていたら、パッと布が開く。

 出てきたのは、ケリアだった。


「あ、アユちゃん」


 ケリアの手には、湯の入った鍋があった。


「あの、私……」

「アユちゃん、急なんだけど、三軒先の奥さんが、産気づいて」

「あ、そう、だったの」

「だからまだ、夕食の準備もできていなくて」

「私も、精霊様の食事を、準備していなくって」

「あ、そうか。そうだったわね。ごめんなさい。すっかり失念していたわ」

「お手伝い、まだかかるの?」

「ええ。これから本番って感じで」

「夕食は?」

「何か適当にって言ってあるけれど──焦げ臭っ!」


 家屋の中を覗き込むと、もくもくと黒い煙が充満していた。


「あんた達、何してんのよ!?」


 煙突付きのかまどではなく、火鉢で焼いたためにこのように家の中は煙だらけとなってしまったようだ。


「火鉢は家の中では料理に使ったらダメって言ったでしょう? それに、そのままでも食べられるのに、なんでわざわざ温めたの?」

「いや、お父さんが、このまずいパン、温め直したら美味しくなるかもって」

「何がまずいパンよ! さっき焼いたばかりだったから、焼き直すこともなかったでしょう?」

「いや、もう、冷めていたし……」

「つべこべ言わずに、食べるの!」


 ケリアに怒られてしょんぼりしているのは、リュザールの二番目の兄であるヌムガに、長女のエリン、それから長男のイーイトの三人だ。


「エリン、スープか何か、作れるでしょう?」

「やだ! お姉ちゃんのスープ、お母さんのよりまずい」

「……」

「……」


 イーイトの言葉は、決して母ケリアのスープが美味しいという意味ではない。

 少年は二人の女性を傷つけてしまったのだ。

 家屋の中はいたたまれない空気となる。

 そんな中で、アユが提案する。


「あの、夕食、私が作ってもいい?」

「え、アユちゃん、いいの?」

「その代わり、精霊様の分も作りたいんだけど」

「うん、ぜんぜん構わないわ。というか、すっごく助かる」

「ありがとう」


 そんなわけで、アユはヌムガ一家の夕食も合わせて作ることになった。


 アユはリュザールの兄、ヌムガと目が合ったので会釈した。

 ヌムガは四角い顔に、太い眉、大きな目と、厳つい顔をしている。体もがっしりしていて、腕はアユの太ももよりも太い。

 結婚式で挨拶をした時、怖い顔だと思っていた。しかし、リュザールが「二兄にいにい」と呼びかけた瞬間、破顔したので怖くなくなったのだ。

 アユも「二兄」でいいと言われているので、遠慮なく呼びかける。


二義兄にいにい、お邪魔します」

「ああ、悪いな。招待したのに、こんなことになって」

「平気」


 むしろ、精霊の食事について失念していたので助かった。

 夕食は家にあるものを使っていいというので、お言葉に甘える。


「これ、捨てなきゃ。焦げ臭い」


 イーイトが焦げたパンを捨てようとしたので、アユは慌てて止めた。


「それ、使えるから、捨てたらダメ」

「焦げたパンが?」

「そう。脱臭剤になる」


 真っ黒に焦げたパンは、多孔性の炭と化す。その穴部分が、臭いや湿気を吸い取ってくれるのだ。


「靴とかに入れていたら、臭いがなくなるから」

「そうなんだ。だったら、お父さんの靴が一番臭いから、入れてくるね!」

「……」


 息子イーイトの容赦ない言葉に、ヌムガは切なそうな表情をしていた。

 この辺は、ハキハキしているケリアにそっくりだとアユは思った。


 続いて、アユはエリンを手招きした。

 エリンは人見知りをするようで、目も合わせない。

 慣れたリュザール相手だと、どんどん話しかけてくるらしい。

 アユは小さなころの自分を見ているようで、くすりと笑ってしまった。


「エリン、今日は、一緒に、スープ作ろう?」

「うん」


 アユは腕をまくり、エリンと共にスープ作りを行う。


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