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青空の下で洗濯を

 リュザールを送って家屋に戻ると、白いたちのカラマルが家の中をキイキイ鳴きながら歩き回っていた。

 どうやら、空腹を覚えたようだ。すぐに、乾燥穀物を与える。

 尻尾をゆっくり振りながら、はぐはぐと穀物を食べていた。

 イタチは雑食で、夜は肉を与えなければならない。

 餌を与えたあと、外を散歩させる。逃げないように、胴を紐で縛った状態で連れ出した。

 一応、出荷前に調教されていたのか、排せつは外でしかしないようだ。

 もしかしたら、狩猟を覚えるのも早いかもしれない。

 そんな期待が高まった。


 ◇◇◇


 一日の仕事を始める。

 まず、洗濯をしに行かなければならない。アユは籠の中に洗濯物と月桂樹の石鹸を入れた。洗濯板は見当たらないので、手でゴシゴシ洗うしかない。そんなことを考えていると、訪問者がやってくる。


「我が息子リュザールの嫁アユ、いますか?」


 家屋を覗き込んできたのは、義母アズラだ。

 彼女もまた、洗濯籠を抱えていた。どうやら、一緒に洗濯に行こうと誘いに来てくれたようだ。


 外に出ると、アズラの他にも女性陣が待ち構えていた。

 ユルドゥスでは、ご近所お誘いあわせで洗濯に行くらしい。

 集落のすぐ外には、荷車が用意されていた。中には直径二米突メートルくらいの大きな桶が載っている。それに、皆洗濯物の籠を積み込んだ。

 アズラが手に持った月の鳴杖で、荷車を牽く駱駝ラクダに指示を出す。

 シャンシャンと鳴らされる杖の誘導で、荷車は進んでいった。

 向かった先は、近くの湖だ。そこに荷車の中にあった桶を置き、水を汲んでいく。


 何やらハルトスとは洗濯の方法が違うようだ。


「大きな桶で、洗うの?」

「我が息子リュザールの嫁アユ、そうですよ」


 アズラは腰ベルトからナイフを抜き取り、拳ほどの大きな石鹸を桶の中に薄く削いで入れる。


「こうやって、石鹸を削ぐのですが」

「ナイフ、もっていない」

「ようですね」


 アズラはくるりとナイフの柄を回転させ、アユに差し出した。


「これを、差し上げます」

「貸す、じゃなくて?」

「家事用のナイフを持っていないのでしょう?」


 悪い気もしたが、ナイフがなければ家事ができない。そう言われると、受け取るほかなかった。


「ありがとう」

「いえいえ。慎み深い子は好きですよ」


 アズラはにっこり微笑みながら言う。


「石鹸削りの経験はありますか?」

「ない」

「そうですか。分厚く削ぐと水に溶けにくくなるので、なるべく薄くなるよう、野菜の皮むきみたいに刃を入れるのです」

「わかった」


 野菜の皮むきと教えられ、やり方にピンとくる。

 アユはジャガイモを持つように石鹸を握り、するすると削いだ。


「初めてしたようには見えません。上手です」

「よかった」


 アズラはアユに石鹸削ぎを任せ、湖の水を桶に注ぐ作業に取りかかった。

 三分の二くらいの水を混ぜ、石鹸を泡立たせる。

 もこもこの泡が立ったら、洗濯物を入れた。

 その後、女性陣はありえない行動に出る。

 スカートの裾を上げ、腰の部分に結んだ。そして、桶の中に入り素足で洗濯物を踏む。

 初めて見る洗濯の光景に、アユは驚いて義母アズラの顔を見上げた。


「これが、ユルドゥス式の洗濯です」

「足で踏んで、綺麗にするんだ」

「そうです。強力な汚れは、こうでもしないと落ちないので」

「そ、そうなんだ」

「しかし、花嫁は足に花を描いているので、できません」

「え?」

「一年後ですね」


 申し訳ないような気がしたが、ユルドゥスの花嫁は伝統を守り、嫁いだ一年間脚を見せないようにしている。


「我が息子リュザールの嫁アユ、大丈夫ですよ。洗濯物踏みよりも、大変な仕事があるので」

「?」


 皆、きゃっきゃと楽しそうに声を上げながら、洗濯物を踏む。

 アズラは足踏み洗濯の利点を語った。


「夫と喧嘩した翌日は、夫の服を思いっきり踏みつけると、モヤモヤが発散されるのですよ」

「そ、そうなんだ」


 夏は足で踏み、冬は太い木で洗濯物をついて洗うらしい。

 今日は天気が良く、汗ばむ気候だ。そのため、絶好の洗濯日和であった。

 洗濯物から生じたシャボン玉が、青空を背にふわふわと漂う。

 なんとも平和な光景であった。

 その後、泡水を捨て、すすぎを行う。これも、水を入れて足で踏むのだ。

 脱水も、ある程度踏んで水分を除く。

 最後に、手で洗濯物を絞る。これが、大変な作業だった。

 皆、顔を真っ赤にしながら洗濯物を絞っている。

 そんな中、アユは顔色を変えることなく淡々と洗濯物を絞っていた。


「ア、アユちゃん、すごい。よく絞れているわ」


 リュザールの二番目の兄の嫁ケリアが、アユを褒める。


「みんな、ほら見て! アユちゃんが絞った服、ほとんど水分がないの」

「あら、本当だわ」


 アユは細身ではかなげな印象があるが、力は人並み以上にある。

 力がなければ、暮らしていけない中で暮らしていたのだ。


「ハルトスの服は、分厚いから。それに比べたら、これくらい」

「そうなのね」


 その後、昨日の結婚式の話で盛り上がる。


「もう、リュザール君がカッコよくって!」

「そうそう。いつの間にか、大人になっていたのねえ」

「昔はやんちゃで、アズラさんに怒られて、泣いてばかりいたのに」


 ここにいるのは、リュザールの幼いころを知る者ばかりのようだ。

 皆、リュザールはいい男に育ったと絶賛している。


「メーレさんも、末っ子が生まれてから変わったわよねえ」

「そうそう。昔は怖い人だったの」


 優しく、人がよさそうに見える義父メーレも、昔は近寄りがたい人物だったらしい。


「人は、身を置く環境によって、変わるものです」


 アズラはアユを見て、諭すように言った。


「あなたも、ユルドゥスの女として染まりなさい」


 そうすれば、幸せになれると言葉を続けた。


「ただ、嫌になったら、言ってくださいね」


 そんなことは絶対ないと、アユは首を横に振る。


「我慢は禁物ですよ。男は、気が利かない生き物なので」


 アズラはすっと目を細め、猛禽のような目で呟いた。


「もしも、高圧的な態度で出ることがあったならば、私に報告するのですよ?」

「う、うん」


 皆、喋りながらも、きちんと手は動いている。

 この技術は習得しなければと、アユは思った。


 アユの活躍もあって、脱水はいつもよりも短い時間で終わった。


 洗濯物は家庭ごとに分けられ、再度荷車に載せられる。


「家屋の外に木が二本立っているので、紐を張って干すのです」

「わかった」


 ユルドゥスでの洗濯は効率的で、お喋りをしながらなので楽しかった。

 そんな感想をもらすと、アズラは目を細め、アユの頬を優しく撫でる。


「これから、楽しく暮らしましょう。ここでは、頑張ることなど何一つないのですよ」


 アズラの優しい言葉に、アユは涙を浮かべながらコクリと頷いた。


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