夫婦二人で朝食を
アユはリュザールの用意した着替えを見る。
出会った時に着ていた服とはわずかに異なっていた。
太いベルトに、大ぶりの短剣、衣服の下に装備する革の胸当てなど。
上着とズボンは肌触りの良いものではなく、布を何枚も重ねた分厚い物が選ばれていた。
これが、リュザールの護衛をする時の服装のようだ。アユはしっかりと、記憶に叩き込んでおく。
リュザールは寝間着を脱いだ。引き締まった上半身が露わとなる。
アユはぎょっとして、顔を逸らした。
成人男性の裸を見るのは初めてだったのだ。
これからは、こんなことにも慣れなければならない。
しかし、今日は心の準備ができていなかったので、羞恥に耐える時間を過ごした。
リュザールの着替えは短く、五分もかからなかった。
「すまない。せっかく朝食を作ってくれていたのに、冷ましてしまったな」
「ううん、大丈夫」
食卓となった鉄台の下は調理に使っていた火元だった。そのため、フェルトを敷いた食卓はほんのりと温かい。サラダやチーズなどの常温料理は、皿が温まらないよう敷物を重ねた上に置いている。
鍋を置いている場所に食卓を覆う布はなく、保温状態となっている。まだ、スープはホカホカだ。
アユは深皿にスープを装う。
「これ、レンズ豆のスープじゃないけれど」
花嫁のスープはリュザールの好物のスープに似ているので、がっかりしないように先に言っていく。
「匂いが違うから、別もんだと思っていた」
「そう。だったら、よかった」
リュザールはスープをじっと見つめている。
気になっているようだったので、教えてあげた。
「それは、花嫁のスープ。ハルトスの、伝統料理」
「へえ~。花嫁ってことは、新婚の間にしか作られないのか?」
「ううん。初夜の翌日しか食べられない」
「え、そんな料理があるんだな」
貴重なスープだと言って、さらに熱心に見つめていた。
味はそこまで美味しいというわけではない。期待が高まらないうちに、早く食べるよう促すことにした。
「その料理があなたの健康にいいように」
アユがそう言ったら、リュザールも同じ言葉を返した。
「その料理があなたの健康にいいように」
ようやく、朝食の時間となった。
リュザールはパンを手に取り、花嫁のスープを掬って食べる。その様子を、アユはじっと観察していた。
スープを口にしたリュザールは、ハッとなって目を見開く。
口数の少ないアユであったが、思わず聞いてしまった。
「美味しくない?」
「いや、美味い。香辛料がぴりっとしていて、ぷちぷちした穀物と、とろっとしたスープがパンに絡まってすごく合う」
余程美味しかったのか、リュザールは手に持ったパンがなくなるまでスープを食べ続けた。
二個目のパンを千切ったあと、リュザールの動きがぴたりと止まる。
再び、じっとスープを眺めていた。
「どうしたの?」
「いや、これ、今日しか食べられないんだなと思って」
「リュザールが食べたいって言ったら、作るから」
「いいのか? これ、伝統的なスープなんだろ?」
アユは左右に首を振る。
伝統は伝統でも、ハルトスの伝統だった。
「私はユルドゥスに輿入れした女だから、もうハルトスの伝統は関係ない」
「そっか。そうだよな」
そう返したリュザールは、とても嬉しそうだった。
自分の作った料理を美味しいと言ってくれることの喜びを、彼女は初めて知った。
心の中が、言葉にできない温かなもので満たされていく。
「リュザール、まだ、食べる?」
「ああ、もう一杯くれ」
「わかった」
アユが差し出したスープの器を、リュザールは笑顔で受け取った。
食事の時間は、穏やかに過ぎていく。
食後にリュザールが持ってきたのは、初めて見る果物だった。
「リュザール、これ何?」
「なんだ。青李、食べたことないのか?」
「えりっき……」
アユは初めて見たので、少々警戒していた。青李は鮮やかな黄緑で、とても熟れているようには見えない。
さらに、リュザールは驚きの食べ方をアユに教えてくれた。
「これ、塩を振って食べるんだ」
「え?」
どんと食卓の上に置かれたのは、岩塩だ。リュザールはおろし金でガリゴリと岩塩を削り、アユに差し出す。
「本当に、美味しいの?」
「おう」
リュザールは食卓に敷いたフェルトで青李を拭き、岩塩を振って齧った。
ガリッという、熟れているとは思えない音がした。
ガリボリと噛み、ごくんと飲み込んでいる。
「美味いぞ」
「そう」
アユは勇気を出して、食べてみることにした。
リュザールがしたようにフェルトで青李を拭き、岩塩を振りかける。
ドキドキと胸が高鳴ったが、勇気を出して齧った。
まず、強い酸味と塩のしょっぱさを感じたが、後味はほのかに甘い。
とても爽やかな果物だった。
「どうだ?」
「美味しい!」
「だろ」
今が旬で、商人が売りに来るようだ。
「これ、蜜漬けや塩漬けにしたり、お酒を作ったりしても美味しいかも」
「へえ。今まで生でしか食べたことがないから、気になるな。今度、加工用に頼んでおくから」
「うん、ありがとう」
その後、リュザールは蜜漬けの無花果を持ってくる。
「これも美味いから食ってみろ」
「まだ、食べるの?」
「しっかり食べないと、一日もたないだろう?」
一日二食なので、朝食はたくさん食べるのだ。
そのあとも、保存食の乾燥果物を勧められる。
アユは生まれて初めて、食べすぎて動けなくなるということを経験した。