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美味しい料理と、花嫁と

 青空の下──皆、遠慮することなく酒を飲み、ごちそうを食べている。

 メインの羊肉料理がなくなると、どこからともなく鵞鳥ガチョウを抱える者が現れ、丸焼きが作られていた。

 家にある保存食や果物がどんどん持ち込まれる。

 広げた絨毯の上から、料理が尽きることはない。


 結婚式の日は朝から晩まで、仕事を忘れ盛大に祝うのだ。


 もはや、リュザールとアユに注目している者はいない。それぞれ、宴を楽しんでいた。


 披露宴開始から一時間後、ようやく新郎新婦への挨拶の時間が終了となる。

 結婚祝いの金は外され、木箱の中に納められた。

 これらは大事に保管され、若き夫婦の生活費となるのだ。


 アユはぼんやりと皆が飲んで食べて、喋って歌ってと盛り上がる様子を眺めている。

 そんな彼女に、リュザールはしっかり食べるように言った。


「こんなごちそう、結婚式でもなければ、めったにないからな」

「結婚式でも、ここまでたくさんお料理、見たことない」

「そうか」


 なくならないうちに食べるように言ったが、アユは目の前の料理に圧倒されているようだ。

 青い目をパチパチと瞬かせている。


「おい、どうした?」

「なんだか、見ているだけで、胸がいっぱいになって」


 聞けば、ハルトスの結婚式は男のみが宴会をするのだという。

 このように、男女問わず一族が集まって祝い事をすることは、ありえなかったようだ。

 女性の食事は残り物。綺麗に盛り付けられた状態で手を付けることはない。

 それがアユにとっての当たり前だったらしい。

 リュザールにとっては信じられない話であるが。

 そんな環境で育ったので、自由に食べてもいいと言われても戸惑っているように見えた。

 ここで、母アズラの言葉を思い出す。


 ──ユルドゥスの女は幸せ者なのです。


 何が幸せなものかとリュザールは考える。

 食事を楽しむのは、男女関係なく人に与えられた当然の権利だ。

 ただ、それを知らない者達が大勢存在するということを思い知った。

 居心地悪そうにするアユを見ていると、胸が締め付けられる。


 リュザールは近くにあった陶器の皿を掴み、料理を少しずつ取り分けていく。

 ピラキというインゲン豆のトマト煮込みに、羊のレバーに香辛料と小麦粉をまぶして揚げたジエール・ダヴァ、野菜と羊肉を煮込んだソアン・ケバブ。それから、腸を炭火で焼いたココレッチを盛り付けた。

 それらに、丸いパンを添えてアユに差し出す。

 すると、目を丸めてリュザールを見た。


「ほら、食えよ」

「え?」

「お前の分だ」


 そう言ってアユの前に皿を置き、リュザールも同じものを皿に盛る。

 朝からいろいろ行って空腹だったので、たくさん料理を載せた。

 そして、リュザールはアユの顔を見ながら言う。


その料理がアーフィあなたのエット健康にいいように・オースン


 これを言われたら、同じ言葉を返すのがお決まりだ。


「おい、聞こえなかったのか?」

「ア、その料理がアーフィあなたのエット健康にいいように・オースン


 アユはまだ、料理に手を付けようとしない。まだ、男女の食事を取る順番を気にしているのか。

 仕方がないとリュザールは思うことにする。

 生まれ育った時に身に付いた習慣は、そう簡単に覆らないのだ。

 リュザールはまず、自らが食べることにした。


 パンを一口大にちぎり、その上に真っ赤な香辛料がまぶされたココレッチを載せて食べる。


「──ん?」


 いつも食べているココレッチよりも美味しく感じて、目を見開く。

 臭みはまったくなく、弾力のある腸と香辛料の味わいが絶妙だ。

 腸を噛むとジュワっと旨みが溢れてくるのだ。


「おい、これ、すごく美味いぞ」


 ココレッチの美味しさを、アユに伝える。


「普段食べているのは、焼きすぎているのか食感とか味とかなんてあってないようなものだったが、これは調理方法が上手いからか、素材の味が活きている」


 店が出せるほど美味いココレッチだと、このように大絶賛をしたが、アユは頬を赤くし、目を泳がせていた。


「どうした? 腸は苦手なのか?」


 たまに、女性で腸が苦手な人がいると聞いたことがある。

 母アズラや義姉ケリアはパクパク食べるので、気にしていなかったのだ。


「苦手だったら、無理して食べることはないが」

「ううん、違う」

「だったら、どうしたんだ?」


 とても美味しいので、食べたほうがいい。そう勧めたら、アユは言いにくそうに理由を告げた。


「これ、作ったの、私だから」

「……」

「……」


 リュザールは作った本人を前にして、知らずに料理を大絶賛していたのだ。

 アユと同じように、顔が赤くなっていく。

 照れを誤魔化すかのように、アユに話しかけたが──。


「お前の料理は美味い。自慢してもいいだろう」

「……うん」


 なんだか余計に恥ずかしいことを言ってしまったようで、頭を抱えたくなる。

 リュザールは開き直って、お約束の言葉を言った。


美味しいエル料理を作ったその手がゼ・健やかであるようにサオルック


 アユはますます頬を赤く染め、言葉を返した。


その料理がアーフィあなたのエット健康にいいように・オースン


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