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披露宴

「誓いの口付けは、一年後よ」


 風の大精霊の巫女ニライが優しく諭すように言った。

 それはリュザールも知っている。

 なぜ、そんなことを今更言うのか。問いかけるような視線を送った。

 続いて、炎の大精霊の巫女イルデーテも声をかける。


「もうすぐ、披露宴ドゥーンですので」


 それもわかっている。

 結婚式の日は朝から晩まで、たくさんの食事を囲んで盛り上がるのだ。

 いつも食べられないようなごちそうが食べられるので、リュザールは子どもの頃から誰かが結婚すると聞いた時、披露宴を楽しみにしていた。

 ユルドゥスの子ども達も、これから始まる披露宴を楽しみにしているだろう。


 そんなことを考えていたら、デリンがはあと盛大なため息をつきながら言った。


「お前もはっきり言わないとわからない子だね。儀式は終わった。大精霊様に夫婦と認められた。だから、花嫁を離すんだ」

「──あ」


 指摘されて気づく。リュザールはアユを抱きしめたままだったのだ。

 ニライとイルデーテは遠回しにアユを離すように言っていた。だが、リュザールがまったく気づかないので、デリンがはっきり言うしかなかったようだ。


 リュザールは顔を真っ赤にしながら離したが、それ以上にアユの頬も紅潮していた。


「さあさ、これから披露宴だ。その前に──」


 リュザールの額に雫型のガーネットの飾りが付けられる。

 イルデーテとニライが、二人がかりでリュザールを囲んで付けてくれた。

 この額飾りは、アユの精霊石がないので急遽用意されたものだった。

 額飾りが取り付けられる様子を、アユは眉尻を下げて見守っている。

 それに気づいたデリンが、アユの背中を優しく撫でながら言った。


「アユ、心配はいらない。過去にも、精霊石がない花婿がいて、こうやって宝石で額を飾ったのさ」


 額飾りが取り付けられたリュザールを指さし、笑顔で話しかける。


「ほら、よく似合っているだろう?」


 真っ赤な宝石は、褐色の肌を持つリュザールによく似合っていた。アユの髪色をイメージして、選んだらしい。


 デリンがリュザールの近くに灯火器を持ってきて、アユに額飾りを照らして見せた。


「どうだい?」

「綺麗」

「だろう?」


 額飾りは、巫女自慢の蒐集品なのだ。

 デリンはリュザールとアユの背中をドンとそれぞれ叩いた。


「よし! じゃあ、行っておいで」


 再度、月の鳴杖を手渡される。

 リュザールはしっかり握って、巫女の家屋を出た。


 太陽はすっかり昇っている。その眩しさに、リュザールは目を細めた。


 外には、ユルドゥスの者達が待っていた。

 ワッと、歓声が沸き上がる。


「リュザール、おめでとう」

「我が息子リュザールと、我が息子リュザールの花嫁アユ、おめでとうございます」


 両親から祝福されて、喜びと照れが同時にこみあげてくる。

 とても、不思議な気分だった。

 初めての狩猟で獲物を得た時も、ユルドゥスの一員として初陣を飾った日も、こんなに喜ばれなかった。


 これが結婚するということなのかと、実感する。

 ふわふわとした不思議な感覚は、初めて出会った。それが何から生じるものなのかわからないが、悪くないとリュザールは思った。


 ◇◇◇


 リュザールの実家の前には大きな絨毯が広げられ、ごちそうがズラリと並んでいた。

 新郎新婦の席には、真っ赤な絨毯が敷かれている。

 中心には、アユが飼育することに決めた白イタチのカラマルが籠に入れられていた。

 カラマルは小さなクッションのようなものを抱いて、眠っている。


 すぐに、乾杯の準備が進められた。


 大人達には、『獅子アスラン・の乳スュテュ』と呼ばれる祝い酒がふるまわれる。

 それは葡萄から作られており、アニスという薬草で香りづけされた蒸留酒だ。

 男性はそのまま飲み、女性は水で割って飲む。

 リュザールの獅子の乳は、巫女の手によって大きな陶器の杯いっぱいに満たされる。

 続いて、アユの分は獅子の乳と水を半々で作る。

 ニライがアユに話しかけた。


「アユ、お酒は大丈夫?」

「飲んだことがない。ハルトスで酒は、男のみ許されていた」

「まあ、そうだったの」


 ユルドゥスでは、成人となる十五歳の時から飲酒は許されている。その決まりは、男女関係ない。

 ハルトスとの認識の違いに、ニライは驚いていた。


「飲みやすいお酒ではないの。最初は癖を感じるかもしれないから、少しずつ飲むといいわ」

「ありがとう」


 そんな話をしているうちに、杯の中の酒は変化を遂げる。

 無色透明だったのに、白く染まっていたのだ。


「これ、どうして、白くなったの?」

「ああ、これは析出せきしゅつ現象と言って、水を加えることによってアルコールに溶けていたものが現れて、こんな色になるのよ」

「そう。とても、不思議」


 度数が高く、酒に強い者しか飲めないことから獅子の名を冠し、水で割ると白濁するので『獅子の乳』と呼ばれているのだ。


「みんな、お酒が入ると陽気になるの。無理して周囲に合わせる必要はないからね」

「うん」


 ニライはアユの背中を優しく撫でながら、「楽しんで」と声をかけた。


 まず、ユルドゥスの族長メーレの挨拶が行われる。

 皆、酒や料理を前に、ソワソワしていた。

 そのため、挨拶は手短に。


「末息子、リュザールの結婚を祝して──乾杯!」


 杯は高く掲げられ、若き夫婦を祝すように何度も何度も杯同士は音を立てて交わされる。


 子ども達には、ヨーグルトに水と塩を加えたアイランが振舞われている。

 ほどよい酸味があり、さっぱりしていて、後味はまろやか。

 子どもはごくごく飲んでいる。


 新郎新婦のもとには、一人一人参加者が挨拶にやってくる。

 まずは、父メーレから。


「リュザール、アユさん、おめでとう」


 そう言って、金貨の入った革袋をリュザールのベルトに結んだ。

 アユの手には、金の腕輪を嵌める。

 結婚の祝いに金を贈ることは、ユルドゥスの古くからの習慣である。

 続けて、母アズラがやってきた。


「我が息子以下略、おめでとうございます」

「略すなよ」

「あとが詰まっていますので」


 そう言って、リュザールの指に金の指輪を嵌める。


「我が息子以下略の花嫁アユ、おめでとうございます。私は、あなたという存在が誇らしいです」


 アズラは祝いの言葉を述べながら、アユに羽根を模した金の髪飾りを着けてやる。


「とても、綺麗です」

「ありがとう」

「いえいえ。それでは、楽しんで」


 そのあとも、次々と祝いの金を受け取る。

 瞬く間に、リュザールとアユは金製品に囲まれることになった。


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