表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/117

強き者、弱き者

 リュザールは巫女から舞いを教えてもらう。

 自分で思っていたよりも動きを忘れていた。

 それに、本物の月の鳴杖は想像していたよりもずっと重かった。

 これを振り回し、舞っていたであろう兄達を心の中で尊敬する。


 月の鳴杖を使った儀式は、公開されるものではない。

 巫女との結婚の儀式の前に、精霊をもてなすものとして舞うのだ。


 そのため踊りが下手でも、親兄弟に馬鹿にされることはない。

 ただ、嫁となるアユには見られてしまう。

 不格好な舞いをするわけにはいかなかった。


 一時間後、なんとか合格点をもらえた。これで、結婚式当日に憂い事はない。


「ところでリュザール坊、精霊石の契りは覚えているのかい?」


 水の大精霊の巫女デリンに問われ、リュザールは視線を泳がせる。


「覚えていないのかい?」

「いや、覚えている」


 結婚式の儀式の際、花婿と花嫁は精霊石を交わす。

 特に、難しいことはしない。

 まず、精霊石を口に銜え、花嫁の額に寄せる。目を閉じ、誓いの言葉を心の中で唱えると、精霊石は花嫁の額に付く。

 この時、精霊が結婚を認めない場合は、精霊石が額から落ちてしまう。


「聞いているとは思うが、妻となる者は、精霊石の祝福を持っていない」


 巫女達は顔色を変えることなく、真面目な様子で話を聞いていた。

 精霊に対し信仰心の篤い彼女らのことなので、意外に思う。


「リュザール坊、ぼんやりして、どうかしたんだい?」

「いや、なんか、びっくりされるかと思っていたから」

「今、草原に生きる者は精霊の力を授かっているけれど、うんと昔はみんな、自分達の力だけで生きていたんだ」

 人は弱い。だから、精霊の祝福を得て、草原で生きている。


「だからね、祝福を持たない者は、強い人なんだよ。精霊も、一人で生きていけると判断したから、祝福の力を贈らなかったんだ」


 精霊の祝福がない者を、人は弱き者として差別する。

 しかし、真実は違ったようだ。

 人は弱いから精霊の祝福を得る。

 一方、祝福を持たない者は、強き者なのだ。


 デリンの話を聞いているうちに、リュザールも納得する。

 確かに、アユは強い娘だった。

 最初こそ生きる気力を失っているように見えたが、ふっきれたあとは驚くような行動を繰り返す。

 勢いよく池に飛び込んだり、木に登って杏子を採ったり、羊を操ったり、蛇を掴んだり。

 大人しそうな見た目に反して、活発的だった。

 視力が良く、動物の心を掴む術も知っている。料理の腕は抜群だ。

 このように祝福がなくとも、アユは生きていく方法をいくつも知っていたのだ。


「リュザール坊は、良い嫁を見つけた。大切に、するんだよ」

「ああ、わかった」


 月の鳴杖を持ち、巫女の家屋を出る。


「リュザールお兄ちゃん!」

「うわ!」


 二番目の兄の子、イーイトが待ち構えていた。


「あ、それ、月の鳴杖でしょう? カッコイイなあ」

「持ってみるか?」

「うん!」


 先端をリュザールが押さえた状態で、イーイトに月の鳴杖を持たせる。


「うわっ、重たいっ!」

「これを軽々と扱えるくらい、大きくなれよ」

「もちろん! 僕、おじいちゃんくらい、大きくなりたいんだ!」


 リュザールの父は見上げるほどの巨漢だ。息子のリュザールよりも大きい。


「いや、あそこまでデカくならなくても……」


 可愛い甥であるイーイトには、自分と同じ百八十くらいでとどまってほしいとリュザールは思った。


「それはそうと、何の用事だ?」

「あ、そう。今から、リュザールお兄ちゃんの移動式家屋チャドルを作るって」

「わかった」

「僕も手伝う!」


 そんなことを言うイーイトの頭を、リュザールはぐりぐりと撫でる。

 巫女の家屋に近い位置に、建てるようだ。

 そこには、五名の男達がいた。


「リュザール、来たか!」

二兄にいにい!」


 刈り上げた短い髪にガッシリとした体型の男は、リュザールの二番目の兄でありイーイトやエリンの父でもあるヌムガである。


「よかったな。花嫁さん見つかって」


 そう言って、リュザールの背中をバン! と叩く。

 兄弟の会話は手短に終わり、今度は家屋を組み立てる作業に移る。


「っていうか、父上はこんなのまで用意していたんだな」

「末っ子のお前は特に可愛がっていたからな」

「可愛がっていたか?」


 父メーレは昔から厳しい人だった。

 弓矢の訓練の時は獲物を射るまで家に入ることを許さず、剣の修行をする時は負けるたびに素振りを百回命じられていた。


「俺達の時は、夕食抜きの上に、三百回だったぞ」

「うわっ……」

「祖母ちゃんが、こっそり食事はくれたから、飢えることはなかったけれど」

「そうだったのか」


 そのため、メーレの命じた修行を真面目に行っていた三人の兄達は、揃って見事に筋骨隆々なのだ。尚、イミカンは除く。


「僕も、修行がんばる!!」


 メーレのようになりたいイーイトは、ぶんぶんと拳を振り回しながらやる気を見せていた。


「いや、お前は止めとけ。リュザールと同じくらいには、鍛えてやるから」


 意外にも、ヌムガもリュザールと同じ考えだったようだ。


「そんなことはどうでもいい。ちゃっちゃと組み立てるぞ」

「おう」


 移動式家屋は一見してきちんとした建物に見える。

 しかし、構造は実に単純で、慣れている者ならば一時間ほどで組み立てることができるのだ。


 まず、支柱を立てて家屋の骨組みを建てていく。中心部には煙突を通し、軽い調理ができるようにする。

 柱を地面に埋めて石を載せて重しにし、紐を使い木と木を固定させる。

 男が六人もいたら、あっという間に仕上がった。

 家に隙間風が入らないよう、山羊の毛で作った布で全体の骨組みを覆う。これで、家らしくなる。

 内側に張り付けるのは、移動時に荷袋として使っていた織物だ。

 次に、家屋の床部分を作る。

 地面に直接敷くのは、山羊織物チュル。その上に、赤い布地に、黄色の蔦模様が描かれた羊毛不織布ケチェを被せる。

 ヌムガが広げた布地は、亡くなった祖母が嫁入りに作った年季の入った物である。

 本来ならば、花嫁の持参品が使われるが、アユは持っていないので集落にあるもので作るしかないのだ。


 布団を運び込み、皿やカップなども並べられる。

 これらは、リュザールの母アズラが用意していたようだ。


「――と、こんなもんか」

「ありがとう」


 リュザールは一人一人、手伝ってくれた者達に礼を言って回った。

 皆、結婚式の宴を楽しみにしているという。


 こうして家が完成したら、結婚するということに実感が湧きつつあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ