強き者、弱き者
リュザールは巫女から舞いを教えてもらう。
自分で思っていたよりも動きを忘れていた。
それに、本物の月の鳴杖は想像していたよりもずっと重かった。
これを振り回し、舞っていたであろう兄達を心の中で尊敬する。
月の鳴杖を使った儀式は、公開されるものではない。
巫女との結婚の儀式の前に、精霊をもてなすものとして舞うのだ。
そのため踊りが下手でも、親兄弟に馬鹿にされることはない。
ただ、嫁となるアユには見られてしまう。
不格好な舞いをするわけにはいかなかった。
一時間後、なんとか合格点をもらえた。これで、結婚式当日に憂い事はない。
「ところでリュザール坊、精霊石の契りは覚えているのかい?」
水の大精霊の巫女デリンに問われ、リュザールは視線を泳がせる。
「覚えていないのかい?」
「いや、覚えている」
結婚式の儀式の際、花婿と花嫁は精霊石を交わす。
特に、難しいことはしない。
まず、精霊石を口に銜え、花嫁の額に寄せる。目を閉じ、誓いの言葉を心の中で唱えると、精霊石は花嫁の額に付く。
この時、精霊が結婚を認めない場合は、精霊石が額から落ちてしまう。
「聞いているとは思うが、妻となる者は、精霊石の祝福を持っていない」
巫女達は顔色を変えることなく、真面目な様子で話を聞いていた。
精霊に対し信仰心の篤い彼女らのことなので、意外に思う。
「リュザール坊、ぼんやりして、どうかしたんだい?」
「いや、なんか、びっくりされるかと思っていたから」
「今、草原に生きる者は精霊の力を授かっているけれど、うんと昔はみんな、自分達の力だけで生きていたんだ」
人は弱い。だから、精霊の祝福を得て、草原で生きている。
「だからね、祝福を持たない者は、強い人なんだよ。精霊も、一人で生きていけると判断したから、祝福の力を贈らなかったんだ」
精霊の祝福がない者を、人は弱き者として差別する。
しかし、真実は違ったようだ。
人は弱いから精霊の祝福を得る。
一方、祝福を持たない者は、強き者なのだ。
デリンの話を聞いているうちに、リュザールも納得する。
確かに、アユは強い娘だった。
最初こそ生きる気力を失っているように見えたが、ふっきれたあとは驚くような行動を繰り返す。
勢いよく池に飛び込んだり、木に登って杏子を採ったり、羊を操ったり、蛇を掴んだり。
大人しそうな見た目に反して、活発的だった。
視力が良く、動物の心を掴む術も知っている。料理の腕は抜群だ。
このように祝福がなくとも、アユは生きていく方法をいくつも知っていたのだ。
「リュザール坊は、良い嫁を見つけた。大切に、するんだよ」
「ああ、わかった」
月の鳴杖を持ち、巫女の家屋を出る。
「リュザールお兄ちゃん!」
「うわ!」
二番目の兄の子、イーイトが待ち構えていた。
「あ、それ、月の鳴杖でしょう? カッコイイなあ」
「持ってみるか?」
「うん!」
先端をリュザールが押さえた状態で、イーイトに月の鳴杖を持たせる。
「うわっ、重たいっ!」
「これを軽々と扱えるくらい、大きくなれよ」
「もちろん! 僕、おじいちゃんくらい、大きくなりたいんだ!」
リュザールの父は見上げるほどの巨漢だ。息子のリュザールよりも大きい。
「いや、あそこまでデカくならなくても……」
可愛い甥であるイーイトには、自分と同じ百八十くらいで止まってほしいとリュザールは思った。
「それはそうと、何の用事だ?」
「あ、そう。今から、リュザールお兄ちゃんの移動式家屋を作るって」
「わかった」
「僕も手伝う!」
そんなことを言うイーイトの頭を、リュザールはぐりぐりと撫でる。
巫女の家屋に近い位置に、建てるようだ。
そこには、五名の男達がいた。
「リュザール、来たか!」
「二兄!」
刈り上げた短い髪にガッシリとした体型の男は、リュザールの二番目の兄でありイーイトやエリンの父でもあるヌムガである。
「よかったな。花嫁さん見つかって」
そう言って、リュザールの背中をバン! と叩く。
兄弟の会話は手短に終わり、今度は家屋を組み立てる作業に移る。
「っていうか、父上はこんなのまで用意していたんだな」
「末っ子のお前は特に可愛がっていたからな」
「可愛がっていたか?」
父メーレは昔から厳しい人だった。
弓矢の訓練の時は獲物を射るまで家に入ることを許さず、剣の修行をする時は負けるたびに素振りを百回命じられていた。
「俺達の時は、夕食抜きの上に、三百回だったぞ」
「うわっ……」
「祖母ちゃんが、こっそり食事はくれたから、飢えることはなかったけれど」
「そうだったのか」
そのため、メーレの命じた修行を真面目に行っていた三人の兄達は、揃って見事に筋骨隆々なのだ。尚、イミカンは除く。
「僕も、修行がんばる!!」
メーレのようになりたいイーイトは、ぶんぶんと拳を振り回しながらやる気を見せていた。
「いや、お前は止めとけ。リュザールと同じくらいには、鍛えてやるから」
意外にも、ヌムガもリュザールと同じ考えだったようだ。
「そんなことはどうでもいい。ちゃっちゃと組み立てるぞ」
「おう」
移動式家屋は一見してきちんとした建物に見える。
しかし、構造は実に単純で、慣れている者ならば一時間ほどで組み立てることができるのだ。
まず、支柱を立てて家屋の骨組みを建てていく。中心部には煙突を通し、軽い調理ができるようにする。
柱を地面に埋めて石を載せて重しにし、紐を使い木と木を固定させる。
男が六人もいたら、あっという間に仕上がった。
家に隙間風が入らないよう、山羊の毛で作った布で全体の骨組みを覆う。これで、家らしくなる。
内側に張り付けるのは、移動時に荷袋として使っていた織物だ。
次に、家屋の床部分を作る。
地面に直接敷くのは、山羊織物。その上に、赤い布地に、黄色の蔦模様が描かれた羊毛不織布を被せる。
ヌムガが広げた布地は、亡くなった祖母が嫁入りに作った年季の入った物である。
本来ならば、花嫁の持参品が使われるが、アユは持っていないので集落にあるもので作るしかないのだ。
布団を運び込み、皿やカップなども並べられる。
これらは、リュザールの母アズラが用意していたようだ。
「――と、こんなもんか」
「ありがとう」
リュザールは一人一人、手伝ってくれた者達に礼を言って回った。
皆、結婚式の宴を楽しみにしているという。
こうして家が完成したら、結婚するということに実感が湧きつつあった。




