表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/117

花嫁による、豊かな朝食

 アユに出会ってから、一気にいろいろなことが起こった。

 侵略者の一族に勘違いされ、命乞いをされた挙句、娘――アユを差し出された。

 ユルドゥスの夏営地に戻ったら、一族の者達から嫁を連れ帰ったと勘違いされる。

 それは、母親が注文していた花嫁衣裳を着ていたせいでもあるが。

 アユが今纏っている花嫁衣裳は、リュザールの花嫁のためにあつらえた品だったらしい。

 花嫁衣裳を用意して、発破をかけるつもりだったとか。

 なんて恐ろしいことを考えるのか。

 頭が痛くなる。


 突然決まった結婚であったが、不思議と嫌ではなかった。

 アユは空気のような少女で、自己主張がない。

 けれど、言うべきことははっきり言う。

 その辺は、気に入っていた。

 それに、料理がおいしかった。これで、義姉の口に合わない料理から解放される。


 これからは一人ではない。アユがいる。

 家族を養うため、今以上に頑張ろうと胸に誓った。


 ◇◇◇


 翌朝。背中にぬくもりを感じて、リュザールは目覚める。

 いつもならば寒さで目を覚ますのに、今日は違った。

 そうだ、結婚をしたんだった。そう思いながら寝返りを打つと、隣に濃い髭づらの中年男がすうすうと穏やかな寝息を立てていた。


「うわあ!!」


 悲鳴をあげながら、ふと思う。

 まだ、結婚していないんだった、と。

 隣で寝ていたのは、リュザールの父メーレだった。

 心地よい温もりは、父親のものだったのだ。


「あ~~、なんだよ!!」


 頭を掻きむしりながら、声を上げてしまう。

 最低最悪の朝だった。

 幸い、リュザールがどれだけ叫んでも、メーレは目覚めなかった。


 目が覚めたら、まずは着替えを行う。

 昨日、風呂に入っていないので、体を拭くことから始めた。

 朝の草原は季節問わずに冷え込む。

 手巾に水を浸けて絞ったもので拭いたが、冷たくて全身に鳥肌が立った。

 着替えは詰襟の白い長袖に、膝下まで丈がある袖のない紺色の筒型衣を着てベルトで締める。それから、仕事道具であるナイフや鷲の餌を手に取り、次々とベルトに吊るす。

 頭には、フェルトで作った筒状の帽子を被った。これは、強い陽射しが照り付ける草原の太陽から頭部を守るためのものである。

 夏の帽子は軽く、中には革が張ってある。冬の帽子は、内部に兎の毛皮が内張りしてあるのだ。

 外に出ると太陽の光を直接浴びて、目を細める。家屋のすぐ横に置いてある細長い壺から水を汲み、顔を洗って歯を磨いた。

 身支度が整ったころに、リュザールの黒鷲が今日の獲物を持ってくる。


「……ん、なんだそれ?」


 いつもは兎か栗鼠を捕ってくる黒鷲であったが、今日は違った。

 何やら、白い鼠のようなものを銜えている。

 もしや、昨日アユが鼠は美味しいという話をしていたので、それを聞いて捕ってきたのか。

 そこまで考えて、いやいやありえないと首を横に振る。


「おい、鼠は食わないぞ……」


 どうだと言わんばかりに、誇らしげな表情を浮かべる黒鷲に言おうとしたが――よくよく見たら鼠でないことに気づいた。


「鼠じゃないな……あ、イタチじゃないか」


 まだ子どものようで、体の大きさは成獣の半分ほど。そのため、リュザールは鼠だと勘違いしたのだ。

 いたちは体臭が酷く、毛皮作りには向かない。肉も食べられないし、草原で見かけても狩猟対象にはならない。


「これなあ……」


 黒鷲が褒美をねだるように低く鳴いたので、リュザールは渋々と腰ベルトに下げていた革袋から肉を手渡す。

 ゆっくり食べたいからか、黒鷲は遠くにあるオリーブの樹まで飛んで行った。


 リュザールは足元でもたもたと動く白いたちを見下ろす。

 黒鷲は傷つけないように銜えていたようで、外傷はない。

 ため息を一つ落とし、イタチの子どもを革袋の中に入れた。


 その後、父メーレを叩き起こし、朝食を食べるためにアユと母アズラの待つ家屋へと移動した。


 ◇◇◇


 家屋から、いい匂いが漂っていた。焼きたてのパンと、肉を煮込んだスープだとわかる。それをめいっぱい吸い込んだら、腹がぐうと鳴る。


 家に入ると、食卓の上にはたくさんの食事が並んでいた。

 アズラが、パンの入った籠を自慢するかのように見せてくる。


「今日は豪勢だな」

「アユが頑張ったのですよ」


 通常、ユルドゥスでは朝食は火を使った料理は作らない。

 だが、アユの実家では、女は早起きしてパンを焼くことを三日に一度行っていたという。


「このアユのパンは、今まで食べたどのパンよりも美味しかったのですよ」


 アユが焼いたポアチャというパンは、ころりとした丸いパンだ。ほどよい焼き色がついていて、香ばしい匂いを漂わせている。


「皮はぱりぱりで、中はモチっとしていて歯ごたえがよく……」


 アズラの話を聞いていると、再び腹が鳴った。


 パンの隣に置かれたのは、レンズ豆メルジメッキ・のスープチョルバス

 バターを落とした鍋に皮を剥いたレンズ豆とタマネギを入れて、火を通す。それに、すりおろしたニンジンとジャガイモを入れて、ことこと煮込む。それから更に、生クリームカイマクを加え、塩コショウ、パプリカ粉を入れたら完成する手の込んだスープである。


「我が息子リュザールの好物であると教えたら、作ってくれたのですよ。感謝なさい」


 アユがリュザールのために作った。

 その言葉を聞いて、ドギマギとしてしまった。


 他にも、アグデニズ・サラタス――オリーブオイル、塩、レモンで味付けしたキュウリとトマトに白チーズを載せたものや、オリーブの塩漬け、メネメンという卵とトマト、ネギの入ったスクランブルエッグなどが並んでいる。


 いつもはパンと白チーズ、トマトにキュウリに作り置きしたゆで卵という実にシンプルな朝食ばかりだった。

 思いがけないご馳走に、リュザールは生唾をゴクリと飲み込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ