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アユの持参品

 メーレが宴会から戻ってきたあと、再びリュザールの結婚話について話し合う。


「父上、まず、彼女に額の精霊石を見せてくれないか?」


 リュザールに頼まれたメーレは、頭を覆うように巻いていた布を外した。

 前髪は後ろ髪のほうへと撫で上げており、額には三角形のエメラルドと楕円形のルビーが上下に並んで付いていた。


「赤い石が私の炎の精霊石で、緑の石がリラさんの風の精霊石です」


 リラというのは、メーレの前妻の名である。


「精霊石のことは、他言無用です」


 アユがじっと見つめたので、アズラは満足げに頷いた。


「そして一点、聞きたいことがあります。あなたは、何ができるか、です」


 ユルドゥスの女達は幼いころより武芸を習う。集落は精霊の結界で守られているが、万が一のことを考えて家族を守る力を付けているのだ。

 それから精霊の力を変えて、家事を行う。

 ある者は洗濯物を風の精霊の力で乾かし、ある者は火の精霊の力で調理時間を短縮する。水の精霊の力を使う者は、湖にいかずとも生活用水を調達できるのだ。

 一方で、アユはどの精霊の祝福も持たない。


「先ほども言いましたが、料理は大した腕でした。それは、あなたの努力で得た、祝福です。聞きたいのは、それ以外に得意なことです。絨毯キリムは織れますか?」

「一通りは。自分の持参品は、完成させていたから」

「その持参品は、どうしたのですか?」


 ここで発覚したのは、アユの気の毒な事情であった。

 彼女は母親や祖母と一緒に、幼少期より持参品を作っていたらしい。

 十一の頃には、最低限の品々が揃っていたとか。

 祝福のない娘であるが、普通の人より持参品が多ければ娶ってくれるかもしれない。

 そう思って、持参品が揃ってからもせっせ、せっせと絨毯を織っていたらしい。

 しかし――。


「私が十四の時に、家族の半分が、流行り病にかかった。薬を買うために、絨毯は売り払ってしまった」


 十四歳という結婚適齢期前となっても、アユに結婚の申し入れはなかった。

 家族も本人も結婚は難しいと思っていたので、持参品の一部を手放すことになったのだ。

 その時は数枚の小さな絨毯を売りに出すばかりであったが、今度は別の問題が浮上する。

 それは、火の不始末で火事を起こしてしまい、刈ったばかりの羊毛の一部を失ってしまったのだ。

 羊毛がなければ、羊飼いは生活できない。

 困り果てた結果、生活費を得るためにアユの一番大きな絨毯を手放すことになった。


「そんなことが何回か続いて、二年で持参品はなくなってしまい――」


 淡々と語るアユの肩を、アズラは抱きしめた。


「なんて、不憫な子なのでしょう。不幸があって家族のもとを離れることになり、しかも、こんなにやせ細っているなんて……」


 肉をたくさん食べさせなければと、アズラはブツブツ呟いている。


「わかりました。料理と絨毯が作れるのであれば、花嫁としての素質は申し分ないでしょう」


 現在、リュザールは三十頭の羊と二十頭の山羊、駱駝らくだ二頭に鵞鳥がちょう、鶏などの家禽が数羽、馬に犬、鷲を所有している。

 財産である家畜は、そこまで多くない。

 結婚するまでに、返礼に使う羊を増やさないといけなかったのだが、去年、繁殖に失敗して数は大きく増えなかった。


 家畜の世話はリュザールがしているわけではなく、人を雇っている。

 侵略者の一族に襲われ、生き残った兄弟を一年前から雇っていた。

 兄の名前はセナ。十三歳の大人しい少年だ。八歳の弟の名前はケナン。やんちゃな性格である。

 兄弟はユルドゥスの巫女の庇護を受けながら、羊飼いの仕事で得た収入でひっそり暮らしている。


 リュザールは普段、行商の護衛や買い出しをしたり、他のユルドゥスの集落に行って意見交換をし合ったりと、さまざまな仕事を行っている。


「――とまあ、こんなもんだ」


 話が終わったのは、日付も変わるような時間だった。


「巫女の風呂ハマムに行きたかったが……もう、やっていないな」


 ユルドゥス独自の文化として、移動家屋式の風呂が集落の中心地にある。

 巫女が精霊の力を借りて水を溜め、炎で沸かし、調合した薬草を湯に溶かす。全身磨き上げ、体の疲れを汚れとともに落とすのだ。


「もう、巫女は眠っているだろう。明日の早朝、挨拶がてらに行ったらいい」


 メーレの言葉のあと、解散となる。


「さて、では、あなた達はしばらく二人で仲良くしていてください」


 そう、アズラが言った二人とは、メーレとリュザールであった。


「は?」

「何故だ?」

「結婚前の男女を一緒にするわけにはいきませんから。それに、ここで結婚式の準備をするので」


 結婚式は急ではあるものの、明後日の夜にすることになっていた。

 大変な準備があるからと、リュザールとメーレは追い出されてしまった。


「朝と夜、食事は用意しますので」


 それ以外、立ち入ることは許さないという牽制でもあった。


 暗い中に、親子は並んで立つ。


「……」

「……」


 虫の鳴き声が、いつもよりうるさく感じてしまった。


「リュザール、お前の家、火鉢はあったか?」


 着の身着のままで追い出されたメーレは、腕を摩りながら尋ねる。

 初夏であるが、夜はわずかに冷える。


「いや、ない」

「し、死ぬぞ」

「夏に凍えて死ぬかよ」


 今晩はくっついて眠っていいかとメーレに聞かれたが、リュザールははっきり無理だと断った。


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