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遊牧少女を花嫁に  作者: 江本マシメサ


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花嫁候補の絶品手料理

 その後、アユは薬草や香草を摘み、数種類のキノコを発見したのちに集落まで戻る。


「お前……すごいな」


 二時間ほどで蛇を使って兎を捕らえ、その辺に生えている植物を集めた。

 アユは普段から、このようにして食材調達をしていたのだろう。


「お腹が空いている弟や、妹達が可哀想だから。蛇も、解体してしまったら、ただの肉。みんな、美味しい、美味しいって言って、食べていた」

「もしかして、教えないで食わせていたのかよ」

「知らないことが、幸せなこともある」


 蛇肉は淡白な味わいで、臭みはない。食感は鶏肉に近く、柑橘汁を絞って食べると美味だとアユは淡々と語る。


「……もしも、蛇肉を料理に使った時は言えよ」

蜥蜴とかげは?」

「蜥蜴も食うのか! 他にも、変な物を食っているんじゃないだろうな?」

「鼠とか?」

「……」


 鼠はその辺にいるものではなく、行商が売っているような食用鼠らしい。


「鼠肉って、売っているのを見たことないが」

「とても美味しい。小骨が多くて、食べにくいけれど」

「……」


 草原に落とし穴を掘って、仕留めていたとか。

 運が良かったら、兎が落ちていることもあるという。


「お前、結構狩猟できるじゃないか」


 そう言うと、アユは首を横に振った。


「大半は、失敗ばかり。一ヶ月に一回か二回、成功したらいいほう。この成功率では、できると言ってはいけない」


 蛇を使った兎猟は初めて行ったらしい。運が良かったとしみじみと言っている。


「蛇を見つけたら、狩猟で使う前に、まず食べる」

「なるほどな」


 アユの見た目は繊細そうなのに、意外と肝が据わっているようだ。

 そうこう話しているうちに、陽が沈んでいく。

 地平線へと消えていく太陽は、草原を黄金色に染めていた。


 そして、ユルドゥスの集落に到着する。今度は風の結界の洗礼は受けなかった。


「お前のこと、精霊様は認めているみたいだ」

「そう、よかった」


 驢馬は元いた場所に戻す。リュザールは驢馬への褒美として、乾燥した林檎を与えた。

 食べた終えたあと、驢馬はすぐに横になる。


「こいつは……」

「頑張ってくれた」

「まあ、そうだが」


 今はそれどころではない。

 驢馬は放っておき、家屋に戻ることにした。

 家屋から突き出す煙突からは、煙が上がっている。漂う匂いは、スープを煮込んだものである。

 中へ入ると、リュザールの母アズラが夕食の支度をしていた。


「戻りましたか」

「ああ」


 父メーレは一族の報告会という名の、飲み会に出かけたらしい。

 花嫁に関する試験は、すべて妻に任せるつもりのようだ。


 家屋の内部には煙突付きの囲炉裏があり、煮炊きができるようになっている。

 食事をする時は、底が平らな大きな鍋を卓子代わりにして、上から大判の布を被せて食卓ソフラにするのだ。


「アユ、食材は手に入りましたか?」


 アユはじっと、アズラを見る。


「なるほど、食材はあったと。挑戦を受けるだけありますね」


 どうぞと、調理台を譲ってもらう。アユはすぐにしゃがみ込み、料理を作り始める。


 まず、革袋から兎肉を取り出す。解体してすぐに、臭み消しの薬草を揉み込んでいたものだ。


「ほう、兎を狩ったと。しかし、弓矢は使えないと言っていましたが?」

「蛇を使って兎を捕ったんだ」

「蛇で猟ですか。初めて聞きました。お見事です」


 親子の会話に反応することなく、アユは黙々と料理を作る。

 まずは、薬草ごと兎肉を包丁で叩き、挽き肉を作った。

 途中から、キノコと香草も追加する。途中で、袋からパンを取り出す。それは、リュザールからもらった、トウモロコシのパンの余りだった。それを細かく砕き、兎のひき肉の中に入れて繋ぎにして練る。

 粘りが出てきた挽き肉の生地を一口大に丸めて、オリーブオイルを敷いた鍋で焼いた。

 表面に焼き色が付いたら水を入れて、蒸し焼きにする。

 火が通ったら――『兎肉の肉団子キョフテ』の完成だ。


 アユは草原で摘んだ皿代わりの葉に、キョフテを乗せてアズラへと差し出す。


「まずは、我が息子リュザールから」

「いや、なんで俺から?」

「毒味です」


 アユの料理の腕は、今朝がたの朝食で知っている。毒味するまでもなかったが、アズラに先に食べるようつつかれたので、食べることにした。


 まずは、食前の挨拶を交わす。


その料理がアーフィあなたのエット健康にいいように・オースン


 アユの言葉に、リュザールも同じ言葉を返した。


その料理がアーフィあなたのエット健康にいいように・オースン


 じっと見つめるアユと目を合わせていられず、リュザールは顔を逸らしながらフォークを握る。キョフテを突き刺し、食べた。


「――むっ!?」


 噛んだ瞬間、香草と肉のスープのような肉汁が口の中に溢れる。

 肉の甘味と旨味が肉団子の中に、ぎゅっと集まって閉じ込められていたのだ。

 噛めば噛むほどに、味が深まる。

 肉は少々歯ごたえが強かったが、味は絶品だ。

 加工された香辛料は使わず、自然の食材のみで作っているので、驚いてしまった。

 文句なしに美味しい。

 リュザールは無言で、母親の前に肉団子を差し出した。

 アズラも、息子の良くわからない反応に首を傾げながらも、キョフテを頬張る。


「んん!?」


 くわっと、目が見開かれた。

 その後、眉間に皺が寄り、無言で食べ続ける。


 アズラがごくんと飲み込んだのを見届けたあと、リュザールは質問した。


「どうなんだよ?」

「最高に美味しいです。文句の付け所はありません」


 どうやら、アユの料理は合格点をはるかに超えたものだったらしい。

 アズラは居住まいを正し、アユに語りかける。


「食糧調達力に、この料理の腕は、精霊の祝福に値するものでしょう。素晴らしい。あなたは、これらを誇ってもいいでしょう」

「!」

「アユ、あなたを、我が息子リュザールの花嫁として、認めます」


 アズラがそう言った途端、アユの眦からホロリと涙が零れる。

 反応を見るからに、結婚できることが嬉しいのではなく、食材調達や料理の腕を精霊の祝福と同じくらい素晴らしいものだと褒められたことが、涙腺を刺激したのだろう。


 俯き、ハラハラと涙を流すアユの背中を、リュザールはポンポンと優しく叩いた。



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