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遊牧少女を花嫁に  作者: 江本マシメサ


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食材を探して

 アユはしばらく驢馬を歩かせ、途中で降りる。

 何をするのかと思ったら、香草を発見したようだ。


「おい、それはなんだ?」

「デレオトゥ。魚料理と相性がいい」


 ふわふわと羽根のようになっているディルとも呼ばれている葉を、アユは摘みながら説明した。


 続いて、集落の近くにある湖に足を運ぶ。

 ここの水は、ユルドゥスの生活用水としても使っている。

 水の中を覗き込むと、スイスイと淡水魚が泳いでいた。


「魚を捕まえることができるのか?」

「ううん、捕まえたことない」


 リュザールはガクッと肩を落としたのと同時に、危うく湖に落ちそうになった。


「危なっ!」

「……」


 風は穏やかに吹いている。

 静かな時間だけが過ぎていった。


「魚があったら、香草焼きが作れるけれど……釣り具がないから、無理」

「俺達も、あんま魚釣りはしないな」


 遊牧民は忙しい。そのため、ゆっくり魚を釣っている暇などないのだ。


「……」

「……」


 静かな水面を、リュザールとアユは見つめている。遠くのほうで、ぽちゃんと魚が跳ねた。


 アユは目を細め、その様子を眺めていた。

 沈黙に耐えきれなくなったリュザールが、アユに問いかける。


「あのさ、お前さ、本当に、やる気ある?」

「何が?」

「母上の課題を、及第する気があるのかって話」

「それは、もちろん」


 即答だったが、新たな動きを見せる様子はない。じっと、湖を眺めている。


「お前、結婚する相手、実は三兄でもいいとか思っていないか?」

「なんで?」

「必死感がない」


 アユを見ていたらなんとなく、結婚するのはぐうたら兄と自分と、どちらでもいいみたいな態度に見えたのだ。


「逆に、リュザールは私と結婚したい?」

「は?」

「持参品もなくて、精霊の祝福もない人と一生を誓うなんて、イヤでしょう? 普通は」


 通常、遊牧民の結婚は個人と個人というより、家と家の繋がりを作る意味合いが強い。

 財力があり、顔の広い一族と結婚したら、ユルドゥスの繁栄にも繋がる。


「親がこいつと結婚しろって言って連れてきた相手が、持参品もない、祝福もない女だったら、まあ、微妙だなとは思うかもしれない。でも、お前は、俺が見つけて、ここに連れてきたから」

「義務?」

「強いて言ったら」


 そもそも、ファルクゥ家は現在、四人いる兄のうちの三人が、裕福な一族と良縁を結んでいた。

 祖父の代に比べたら、ずいぶんと豊かな暮らしとなっている。


「だから、俺は別に一族の力を強める結婚は強制されていない」


 むしろ、今以上に大きくなったら、姿を隠すことは困難になるだろう。

 だから、大商人であるコークス家の娘との縁談を断っても、何も言われなかったのだ。


「俺の母親は、侵略者の一族だった。父親と出会ったのは、遊牧民の集落が燃える炎の中だったんだと」


 リュザールの母アズラは運悪く捕虜となり、囚われたユルドゥスの集落の中で贖罪の日々を過ごしていた。


「それで、いろいろあって、父親と結婚した」


 遊牧民の中では珍しい、恋愛結婚だったのだ。


「だから、持参品を受け取って、返礼品を渡してっていう結婚に、実感が湧かないんだと思う」


 アユに対する気持ちは、恋などではない。生まれ育った家族に売られ、立ち寄った先で襲撃に遭い、親戚である男に見捨てられてしまった。

 それらのことから、気の毒な娘だという同情が強い。


 義務と同情。

 リュザールをつき動かす感情はこの二つであると、考えている。

 だから、アユと結婚すると決意した。

 しかし、それに待ったをかけるのはアユであった。


「あなたの人生は、あなたのものだから。衝動的に、物事を決めてはいけない」


 その言葉に、ムッとする。 

 確かに、イミカンと結婚すると聞いてアユの手を取ったことは確かだが、考えなしに決めたわけではなかった。


「このまま結婚したら、あなたは絶対後悔する」

「なんとも思っていない相手に、軽い気持ちで結婚しようとか言うかよ」

「でも――」

「ごちゃごちゃとうるさいな。一目見た時からピンときたんだ。いいから俺と結婚しろよ!」


 早口で捲し立てるように言ってからハッとなる。

 なんだか、とんでもなく恥ずかしいことを言ったような気がした。何を言ったかは、思い出したくもない。咄嗟に浮かんだ言葉を、言ったまでだった。

 アユと見つめ合う形になり、顔が沸騰した湯のように熱くなる。


「あ、いや、今のは――」

「わかった。リュザール。私は、あなたのために、頑張る」


 アユは急に立ち上がり、湖の近くにあったオリーブの樹に登り始める。

 まだ、オリーブは熟れていない。草原を見渡し、何か食材を探しているのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、アユが樹から飛び降りてきた。


「うわっ!」


 想定外の行動に、リュザールは驚きの声をあげる。

 見事、着地したアユは、手に何か握っていた。


「お前、何を握って――なっ!?」


 アユが手に握っていたのは、茶色い蛇であった。

 人差し指ほど細く、小さな固体であるものの、立派な蛇である。


「お、おい。まさか、蛇を調理するんじゃないだろうな?」

「貴重なタンパク源」

「おい!」


 アユは大家族の娘で、食料に困っていたのだろう。しかし、蛇まで食べていたとは。

 手に持つ蛇は、アユの腕に巻き付いていた。


「お前、蛇平気なんだな」

「小さい頃から、蛇と戦ってた」


 草原には、さまざまな蛇が生息している。その中に、毒蛇も多く含まれる。

 羊の群れと毒蛇が出会ってしまい、統率が崩れることも多々あったのだ。

 そんな時、羊飼いが蛇を追い払う。


「それ、毒蛇じゃないだろうな?」

「これ、毒のない蛇」


 そんな言葉を残し、アユは蛇を握ったまま驢馬に乗って移動を始めた。リュザールは、何も言わずにあとに続く。

 驢馬は集落に戻らなかった。

 立ち止まったのは、何もない草むら。

 アユは驢馬から降りて、しゃがみ込む。


「おい、どうした?」


 リュザールも止まって馬から降りると、アユのしゃがみ込んだ場所には穴があった。

 そこに、蛇を滑り込ませる。

 先ほど見つけた兎の巣穴のようだ。

 立ち上がったかと思ったら、少し離れた場所にある巣穴の前にしゃがみ込む。

 数分後――兎がひょっこりと顔を出した。すかさず、アユは兎を捕獲する。


 すぐに、足を縛って、近くにあった木に吊るした。兎の頸動脈を切り、血抜きする。

 その後、内臓を抜き取り、外套を脱がすようにするすると毛皮を剥いだ。

 瞬く間に、肉を得た。

 アユは吊るした兎を手に取って、リュザールに見せた。


「兎の肉」

「お、おう」


 蛇は食用ではなかったようだ。

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