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遊牧少女を花嫁に  作者: 江本マシメサ


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リュザールの覚悟

 イミカン・エヴ・ファルクゥ。リュザールの三番目の兄で、二十八歳。

 趣味はタンブールという弦楽器を弾くこと。他にも、複数の楽器を持っており、宴会などで素晴らしい演奏を披露する。

 ファルクゥ家の中で一番の美貌を誇っていた。だが、一日中寝てばかりで、成人の儀の時に父メーレから贈られた羊も、世話をしきれずに狼に襲われて大きく数を減らしてしまった。

 そこから、諦めの境地に至ってしまったのか、羊を売り払って楽器に変えてしまったのだ。

 以降、財産のないイミカンの嫁になりたいと思う者はいなくなった。

 そんな彼は現在、両親の移動家屋の背後に家屋を構え、リュザール同様一人で暮らしている。


 イミカン自身は明るく気の良い青年ではあるが、いかんせん労働をいとう。

 彼の生活は両親や次男夫婦が支えているという、なんとも情けない話であった。


「いや、三兄さんにいの嫁にするって……」

「彼女は持参品を持っていないだろう? イミカンも返礼を持っていない。ちょうどいいかと思ってな」


 草原に住む者達は、結婚をするさいに品物を交わし合う。

 女性は織物キリム穀物袋チュワル運搬用袋ヘイベ、毛布、布団、ゆりかごなどの日常に使う物を持参品とする。

 男性は花嫁の実家に、羊や山羊、驢馬、馬などを返礼品として渡すのだ。


「いや、彼女には返礼品を渡す相手がいないだろう? だから、別に三兄でなくても……」

「しかし、持参品なしで嫁入りを受け入れる家など、ないだろう」


 結婚したら、新しい家屋が贈られる。

 そのままでは生活できない。そのため、花嫁の持参品を使って家の内装を作るのだ。


 娘が生まれた家では、一歳に満たない時から持参品の準備を行う。

 草原に生きる娘を花嫁にするためには、多大な時間と持参品が必要なのだ。


 アユが、リュザールのダメ兄貴と結婚する。

 その事実は、どうしてか落ち着かない気分となる。


 メーレは説き伏せるようにアユに言った。


「すまん。不肖の息子であるが、イミカンに嫁いでくれるだろうか?」


 ちらりとアユの顔を見る。感情の読み取れない無表情であった。

 アユはリュザールが助けた。

 彼女がどう在るべきか見守ると言ったのに、三番目の兄イミカンの妻となると。


 それは、面白くないことであった。


 メーレはアユに手を差し出す。それは、婚姻の契約を了承するか否かの確認である。

 差し伸べられた手を――アユはじっと見下ろしている。

 メーレに手を伸ばす前に、リュザールはアユの手を取る。


「リュザール?」

「どうしたのですか、我が息子リュザール?」


 イミカンとアユの結婚は面白くない。

 それを妨害するためには、リュザール自身がアユと結婚するしかなかった。


「彼女と結婚するのは、俺だ」


 メーレとアズラは目を丸くしていた。リュザールが精霊の祝福に加え、持参品もない娘との結婚を決意したことに対して驚いているのだろう。


「お前……いいのか?」

「生活用品は、返礼で渡すつもりだった羊を売って買えばいい。祝福は、俺の精霊石があるからいいだろう」


 精霊石――それは、精霊の祝福を持った者が手のひらに握って生まれ持つ物である。

 宝石のような石で大小はさまざまだが、だいたい小指の爪よりも小さい。

 リュザールの精霊石は親指の爪よりも大きく、エメラルドのような澄んだ緑色をしている綺麗なひし形だ。


 精霊石は精霊からの祝福の証である。


 ユルドゥスの者達は結婚のさい、精霊石を交換するのだ。

 さすれば、互いの祝福の力が使えるようになる。

 リュザールの精霊石をアユが持っていたら、祝福の力を使えるようになるのだ。


「だから、別にいいだろう」


 握った手を離さずに、リュザールは両親をまっすぐに見ながら言った。


「しかし、リュザールには、コークス家の炎の娘との婚姻を考えておったのだが」


 エシラ・ル・コークス。十六歳。炎の大精霊の祝福を持つ海岸の町の娘である。

 商家の娘で、気が強く嫁の貰い手がつかなかったのだ。

 エシラとリュザールは幼いころから何度も顔を合わせており、知らない仲ではなかった。

 持参品は十分にある上に実家からの支援も受けられるという、またとない条件の良縁だったのだ。

 しかし、リュザールは断った。

 顔を合わせたら喧嘩ばかりで、夫婦生活が上手くいくと思えなかったからだ。


「コークスの主に、なんと説明すればいいのか」

「無理だって、本人に直接言っているし、わかっているだろう」

「だが――」

「わかりました」


 リュザールの母、アズラがすっと立ち上がる。

 アユを指差し、あることを提案した。


「私が今から、リュザールの嫁に相応しい娘か否か、検査します」

「は!?」


 アズラが認めることができたら、コークス家にも角が立たないように説明できるという。


「母上、いったい何をさせるというんだ?」


 アユは羊飼いの娘である。幼いころから武芸を叩き込まれるユルドゥスの女性のような、腕っぷしなどない。


「草原の民の妻たるもの。家族がお腹いっぱいになるための努力をしなければなりません」


 そのために必要なのは、食材調達と調理の腕。

 アズラはアユに課題を出す。


「草原で食材を探し、料理を作ってもらいます。私の舌を唸らせたら、この結婚を認めましょう」


明日から、一日一回更新になりますm(__)m

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