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勘違い嫁

 リュザールの父メーレは、輪郭を縁取るように髭を生やした厳つい顔の持ち主であったが、実に純粋な目でアユを見ている。

 一族の誰かが連れてきた、花嫁だと思ったのだろう。

 そんな父親の勘違いを止めるべく、リュザールは走った。


「お、おい!! 親父、待て待て!!」


 リュザールは全力疾走し、アユとメーレのもとへと急ぐ。

 メーレは行商が集まって草原の真ん中に開かれた市場に行っていたのか、大きな麻袋を肩に担いでいた。


「む、リュザール。戻っておったか」

「さ、さっき……」


 肩で息をしながら、父親の問いに答える。

 同時に、アユの手を引いて、背後に立たせた。


「安心せい。この娘子のことを、盗りはしない」


 リュザールの母は二番目の妻で、一番目の妻が亡くなったあと後妻となった。

 夫婦の年の差は二十と、親子と見まがうほどに離れている。

 そんなメーレは周囲から、若い女性好きと揶揄されることがあるのだ。


「いや、そうじゃなくて」

「何が違うのだ? 隠すということは、そこの娘子はリュザールの花嫁だろう?」


 リュザールは息を大きく吸い込み、今度こそ叫んだ。


「違う!!」


 やっと言えたので、安堵からがっくりと肩を落として膝に手をつく。

 メーレは目を丸くしていた。

 代わりに反応を示したのは――。


「我が息子リュザールよ、違うとはどういうことです?」


 リュザールの母アズラであった。問いただすだけでは飽き足らず、息子の胸倉を掴む。


「ぐうっ……」

「まさか、この娘を拐かしたのですか?」

「ち、違っ……」

「私が我が息子リュザールの花嫁にと頼んでいた花嫁衣装を無理矢理着せて、連れてきたのですね?」

「だから、違うって」

「嘘は言わない約束です!」


 父メーレはデカい図体のわりに、妻と息子を交互に見てオロオロするばかりである。

 二人の間に割って入ったのは、今までじっと傍観していたアユだった。


「誘拐じゃない。リュザールは、私を、助けてくれた」

「え?」


 アズラはリュザールの首を絞めていた手を離し、一言謝った。


「それは…………ああ、申し訳ありませんでした」


 リュザールはゴホンと咳き込み、リュザールは襟元を正しながら言った。


「家で、詳しい事情を話す」


 ◇◇◇


 族長であるメーレの移動式家屋は、夫婦二人が暮らすだけであるがとにかく広い。

 大家族が悠々自適に生活できるほどの広さがある。

 ここはかつて、五人の兄弟が育った家でもあった。

 皆、十五歳の成人の儀を迎えたあと、古い家屋を譲ってもらい独立する。リュザールも、一人暮らしを始めて早四年だ。

 とは言っても、彼の家屋は両親の家屋の斜め前にある。

 食事は母親が作ったものを毎日食べていた。

 結婚をしていないので、完全な独立とは言えなかった。

 そのため、両親はリュザールに早く結婚をするように急かしていた。

 何名かの娘を花嫁候補として薦めたが、断固としてリュザールが頷くことはなかったのだ。


 そんな状況だったので、花嫁を連れ帰っての帰還を喜んだ。

 しかし、アユは気の毒な娘で、憐れんで連れ帰っただけだったのだ。


「――というわけで、荷物も失い、今に至る」


 両親の顔を、リュザールは恐る恐る見た。

 父メーレは眉尻を下げ、母アズラは涙目だった。


「そ、そうか、そうであったか……」

「可哀想な、娘だったのですね……」


 リュザールの両親はアユの境遇に、同情していた。荷物のことで怒られることはないどころか――。


「たいした勇気だ。我が息子ながら、誇りに思う」

「ええ、ええ。偉いですよ」


 よくやったと褒められる。

 メーレは厳つい顔の眉を下げながら、物憂げに言った。


「口減らしをするくらいならば、ユルドゥスに連れて来いと言っているのに、まだ、こんなことが起きているなど――悲しい」

「本当に」


 皆、生きることに必死なのだ。

 そのことは、調停者であるユルドゥスも変わらない。

 侵略者一族と戦い、遊牧民側から報酬を受けることもあるが、大半は無報酬だ。

 そのため、羊や山羊などの家畜を飼い、絨毯を織るなど、さまざまな手仕事で生活費を稼いでいる。

 顔を伏せるアユに、メーレは言った。


「よくぞ、見ず知らずの息子についてきてくれた。感謝する」


 メーレの言葉に、アユは深々と頭を下げて返す。


「それで、リュザール。お前は、連れてきたこの娘子を妻にする気はないと」

「ああ、別に、そういうつもりで連れてきたわけじゃない」

「そうか……」


 夫婦はしばし見つめ合い、互いに耳打ちをする。

 アユをどうするのか、話し合っているようだ。


 ここで、アユがリュザールの服の袖を引く。


「ん、なんだ?」


 アユはぐっとリュザールに接近した。唇が耳に付きそうなほど近寄り、耳打ちする。


「私の祝福のこと、話して」

「は?」


 思いがけない接近に最初はドギマギして、囁かれた言葉を聞き逃してしまう。

 二回目にやっと、アユの祝福について説明してほしいという懇願であると理解した。

 わかったと伝えるために、アユをじっと見る。

 アユも、じっとリュザールを見つめていた。が、いつまで見続けていいのかわからず、リュザールはすぐにアユから顔を逸らしてしまった。


 両親の話し合いは終わったらしい。嬉しそうに、話しかけてくる。


「リュザール、その子は赤髪ということは、炎の精霊の祝福を受けているのではないか?」

「あ、いや、今、説明しようと思っていたんだが、彼女は、精霊の祝福を受けていない」

「それは! そう、だったのか」


 ユルドゥスの一族は、妻と迎える者の祝福の力も重要視する。

 風の精霊の祝福を持つ者は追い風で仕事に向かう夫を見送り、火の精霊の祝福を持つ者は家の火を絶やさず、水の精霊の祝福を持つ者は豊富な水で生活を支える。

 このように、妻となる女性の祝福の力は、豊かな生活を送る上で重要なことであった。


「そうか……。誰かの花嫁にと、思っていたのだが」


 アユを誰かの花嫁に。それを聞いた瞬間、リュザールの胸がドクンと大きく鼓動する。

 理由はわからない。

 それに加え、どうしてか落ち着かない気分になった。


「祝福がないのならば、結婚は難しいかもしれん」

「ですが、我が家にも、結婚できない男がいます」

「ああ、そうであったな」


 リュザールの両親はにっこりと微笑みながら言った。

 結婚できない男とは自分のことかとリュザールは思ったが――違った。


「我が義息、イミカンの花嫁になってもらいましょう」

「は!?」


 アズラの提案に、リュザールは驚愕する。

 イミカン……それは、ユルドゥスの中でもっとも顔は良い男だが、もっとも結婚したくない相手に輝いているリュザールの三番目の兄である。

 イミカンは一日中寝たり楽器を弾いたりと、自由気ままに暮らしているぐうたら者なのだ。

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