番外編 冬越え
外はごうごうと大きな音を立てながら吹雪いている。こういう日は、外で仕事ができない。
リュザールは、がっくりと項垂れる。
今日は狩りに出かける予定だったのに、この風では矢がまっすぐ飛ぶことはないだろう。
仕方がないので、矢作りを行う。
狩りが上手くいっていたら、夕食はごちそうだっただろう。アユにおいしい物を食べさせたかったのにと、内心溜息を吐く。
草原の冬は、生活のリズムを崩してくれる。
二番目の兄の言葉をふと思い出す。その昔、嫁いだばかりの妻が、草原の強風を怖がって離れないと言っていたのだ。
横薙ぎの風のせいで家屋は大きく揺れている。たまに、ミシリと大きく音を立てて軋むこともあった。
家が吹っ飛んでしまうのではというのは、リュザールは何度も思ったことがある。
しかし、ここは風の大精霊に守られし集落。風がユルドゥスの民に害をもたらすことはないのだ。
ただ、その事情を知らない新妻は恐ろしい思いをする。
男達はこぞって、初々しい妻の様子を語っていたのだ。
リュザールはチラリと、アユを横目で見る。
淡々と、針仕事をしていた。吹雪に揺れる家に、怖がっている様子は微塵もなかった。
「なあ、アユ」
「何?」
「風、怖くないか?」
そう尋ねると、アユはきょとんとした顔でリュザールを見る。
「怖くない」
「だよな」
そんな気はしていた。
なんせ、アユが生活していたハルトスのほうが、はるかに雪深い場所だったのだ。
きっと彼女にとって、今日の風はなんてことのない、普段通りの冬の気候なのだろう。
「リュザール、風が怖いんだったら、傍に来てもいいけれど」
アユの言葉に、噴き出してしまった。
まさか、リュザールが風を恐れていると思われていたとは。
風は怖くないが、せっかくの申し出なので傍に寄る。針仕事をしているので、針の先端が伸びないほうに回って密着した。
リュザールが隣に座ると、アユは淡く微笑みながら問いかけてきた。
「そんなに、風が怖いの?」
「まあな」
アユと一秒でも長くくっついていられるように、風が怖いということにしておいた。
「大丈夫。これくらいでは、家は飛ばないから」
「何か、飛んだ家を知っているような口ぶりだな」
「私の家、屋根が飛んだことあるから」
「すごいな……」
やはり、ハルトスの冬は草原の比にはならないほど、厳しい毎日のようだ。
「大雪で家が潰されることもあるし、槍のような氷柱が落ちてきて、大怪我をする人もいる」
想像しただけでも、恐ろしくなる。
山岳地帯の冬越えは、命がけのようだ。
「だったら、草原の冬以上に、外での仕事はできないんだな」
「そう」
「だから、冬支度をする時に大量の保存食を作っていたのか?」
「うん。山での冬越えの感覚だったから」
アユが作ってくれた豊富な種類の保存食は、食生活を彩ってくれている。
ユルドゥスの者達にとって珍しい物もあるようで、女性陣が集まって作り方を習っていた。
代わりに、アユはユルドゥスの保存食を習い、レシピの交換会を開催していたのだ。
「今年の冬支度は、楽しかったな」
「それはよかった」
「来年は、もっといろいろな物を作りたい」
「まあ、無理のない程度に」
「うん」
夫婦は身を寄せあって冬を乗り切る。
不思議と、去年の冬よりもあたたかい気がした。




