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遊牧少女を花嫁に  作者: 江本マシメサ


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番外編 冬営地で琥珀酒を

 秋の穏やかな日に、アユが籠いっぱいの果実を持ち帰ったことがあった。

 それは、花梨マルメロと呼ばれる果実だ。

 この辺りでは、堅い上に渋くて食べられない果実だと言われていた。

 しかし、ハルトスでは貴重な果物として重宝されていたらしい。

 どうやって食べていたのかと尋ねると、砂糖煮込みと果実酒を作っていたようだ。

 アユが時間をかけて、花梨をコトコト煮込むとジャムが完成した。

 あの、堅くてとても食べられないような花梨が、食品として生まれ変わったのだ。

 花梨の砂糖煮込みは隣近所に配り、好評だったようだ。

 そんな話を聞きながら、リュザールは働き者のアユの頭を優しく撫でた。


 時は巡り──冬営地での暮らしが始まる。

 今年は去年よりも寒く、場所によっては雪が深く積もっていた。

 ユルドゥスの冬営地も、うっすらと雪が積もっている。

 吐く息は白い。けれど、アユが作った外套のおかげでそこまで寒くなかった。

 隊商の護衛で一週間家を空けていたリュザールは、寄り道せずに帰宅した。


 ユルドゥスの集落に戻ってくると、ホッとする。

 リュザールの移動家屋から突き出る煙突から、湯気が立ち昇っていた。

 小走りで、帰宅する。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 出迎えたアユを抱きしめようとしたが、寸前で動きを止める。


「リュザール、どうかしたの?」

「いや、俺、冷えてるから、体が温まってからにしようかなと」

「なんだ、そういうことだったの」


 アユはそう呟き、リュザールを抱きしめる。

 冷えた体に、アユの温もりがしみわたった。

 抱き返していいのか悪いのか。迷っているリュザールに、アユは言った。


「リュザール、無事で、よかった」

「おかげさまでな」


 一週間ぶりのアユを、リュザールは存分に抱きしめた。


 アユが温かい料理を作って待っていた。

 今日は腕によりをかけて作ったようで、豪勢な品々が並んでいる。

 どれも美味しく、満腹になるまで食べた。

 食後に、アユはカップに酒を注いでいた。見覚えのない酒である。


「ん、なんだ、それは?」

「琥珀酒。秋に作って置いていたのが、いい色合いになったから」

「琥珀酒?」


 カップを覗き込むと、琥珀色の液体が灯火器に照らされて輝いていた。

 甘く爽やかな香りが漂う。


「へえ、綺麗な色合いだな。琥珀色に染まるから、琥珀酒か」

「そう」

「何で作った酒なんだ?」

「花梨。飲んでみて」


 アユに勧められ、一口飲む。

 そこまで強い酒ではない。甘酸っぱく、口当たりがまろやかな味わいだった。


「うまいな」

「よかった」

「お前は飲んだのか?」

「ううん、飲んだことない」


 ハルトスでは、兄や父が飲むためのものだったらしい。

 酒と砂糖をたっぷり使って漬け込むため、特別な日に飲む贅沢品の一つとして重宝されていたのだとか。


「だから、私はいい。リュザールが、飲んで」

「いや、お前も飲んでみろよ。酒も砂糖も、ここではそんなに貴重ではないから」

「うん」


 アユのカップを引き寄せ、酒を注ぐ。差し出したら、アユは遠慮がちに受け取った。


「俺の無事を祝って乾杯だ」


 そう言ったら、アユも飲まざるをえない。

 恐る恐るといった様子で、カップに唇を付ける。

 琥珀酒を飲んだアユは、ハッとした表情を見せる。


「どうだ?」

「すごく、美味しい」

「そうだろう?」


 よほど美味しかったのか、アユはペロリと唇を舐め、琥珀酒の後味を堪能していたようだ。

 赤い舌が見えた途端、見てはいけないものを見ている気分になり、リュザールはアユから視線を外す。


「ほら、飲め」

「一杯だけだから」

「いいから飲めよ」


 琥珀酒を注ぐと、アユはごくごくと飲んでいく。

 三杯目を飲み終えた時には、アユの頬は真っ赤に染まっていた。

 そろそろ、止めたほうがいいだろう。そう思って、琥珀酒の栓を閉じた。


「リュザール」

「ん?」

「疲れたでしょう? 膝を、貸してあげる」


 そう言って、アユは自身の膝をポンポンと叩いた。

 このようなことを言いだすのは、初めてである。

 いつもだったら、布団を敷いて眠るように言っていたはずだ。

 まさかの申し出に、リュザールはうろたえてしまう。


「あ、お、お前、どうしたんだ?」

「どうもしてない」


 とろんとした目付きのアユは、いつも通りだと言い切る。

 しかし、明らかにアユは酔っぱらっていた。


「膝枕、イヤ?」

「イ、イヤじゃない。ぜんぜん、イヤじゃない」


 むしろ、嬉しい。そう思ったリュザールはアユの膝を枕にゴロリと寝転がる。

 アユの腿は柔らかく、寝心地は最高だった。

 断らなくてよかったと、リュザールは心から思う。


 しかし、これで終わりではなかった。

 アユはリュザールの頭を、撫で始めたのだ。「いい子、いい子」と言いながら。


 恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちが同時にこみあげる。

 アユは幼子の世話をしている気分になったのか、子守歌を歌い始めた。

 初めて聞く、歌声だった。

 澄んだ綺麗な声は、リュザールの疲れを癒すものだった。


 どうやらアユは、酔っぱらうとリュザールを甘やかしたくなるらしい。

 最高の酔っ払い方をしてくれる。そんなことを考えながら、リュザールはアユの膝でまどろむ。

 幸せな時間だった。


 翌日、アユは酒を飲んだ時の記憶が綺麗サッパリなくなっていた。


 そうだとわかっていたら、恥ずかしがっていないで思う存分甘えておけばよかったと思うリュザールだった。



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