番外編 感謝の宴を その三
十日ぶりに、リュザールはユルドゥスの秋営地に戻ってきた。なんだか、酷く久々な気がする。
時刻は陽が沈むころ。すっかり遅くなってしまった。
馬から降りたが、自然と足は速くなっていった。
アユは──いた。
簡易家屋近くに干してある洗濯ものを取り込んでいる。
まだ、ずいぶんと離れていたが、リュザールは声を張り上げて叫んだ。
「アユ!」
すると、アユは振り向いた。
花嫁のベールがさらりと流れ、三つ編みがゆらりと揺れた。
リュザールの存在に気づくと、嬉しそうに頬を綻ばせる。
そして、全力疾走でリュザールのもとへと駆けてきた。
リュザールは手綱を握っていたので、待つしかできない。
接近したアユは、走った勢いそのままにリュザールに抱き着いた。
「どわっ!」
「リュザール、おかえりなさい!」
「お、おう!」
想定外の、大歓迎である。
抱きしめたアユの匂いを、目一杯吸い込む。途端に、幸せな気持ちで心が満たされた。
「どうした、何かあったのか?」
「リュザールがいなくて、寂しかったから」
思わず、「むふっ!」と口にしそうになった。アユが可愛すぎて、変な声が出そうになったのだ。なんとか堪えて、呑み込んだ。
「疲れたでしょう?」
「まあ、そうだな」
「レンズ豆のスープ、用意しているから」
嬉しくなり、アユを抱き上げる。夫婦の平和なひと時であった。
◇◇◇
両親とヌムガに帰ってきたと挨拶し、土産を渡す。
アズラはさっそくスカーフを巻き、メーレに似合うかと聞いていた。
メーレは牛革のベルトをもらい、嬉しそうにしていた。
ヌムガは兄弟揃いのナイフを受け取り、気恥ずかしそうにしている。しかし、喜んでいるようだった。ケリアは美肌石鹸をもらい、「これ以上美しくなったら困るわ」と言っていた。リュザールは苦笑いを返す。
エリンとイーイトは、土産の菓子を前にはしゃいでいる。
挨拶を終えると、家に戻った。アユはごちそうを用意していた。
「うわ、すごいな、これ!」
レンズ豆のスープの他に、なすの挽き肉のせ(ヤルク)、羊の串焼き、水餃子、ひよこ豆の揚げ物が用意されていた。
パンは、白チーズ入りのポアチャを焼いたらしい。
「ナスは羊毛と交換したの。羊肉は、織機を直したお礼、ひよこ豆は小麦粉買ったら商人からもらった」
「頑張って、いろいろしてくれていたんだな」
アユはほとんど生活費を使わずに、食材を調達してくる。
今晩食卓にあがった料理も、買った品はごく一部だったようだ。
なんてできる妻なのか。心から絶賛する。
「リュザール、たくさん食べてね」
「おう」
食べる前に、いつもの言葉をアユと交わす。
「その料理があなたの健康にいいように」
「その料理があなたの健康にいいように」
まずは、レンズ豆のスープから食べる。パンを引きちぎって、掬うように口に運んだ。
「──っ!」
「どう?」
「世界一のレンズ豆のスープだ。美味い!」
「よかった」
もう一口食べる。今度は、パンに白チーズが付いてきた。それとトマトベースのスープは、震えるほど相性がいい。
美味しすぎて、空いているほうの手で拳を作ってしまった。
続いて、ナスの挽き肉を取り皿に取る。これはナスを半分に切り、皮を剥いたものにトマトソースと甘唐辛子で味を付けた挽き肉を載せた料理である。
一口で、半分ほど食べた。
ナスはトロットロ。挽き肉は甘辛い味付けて、噛めば噛むほど素材の旨みがにじみ出る。
もう半分は、パンに載せて食べた。これがまた、絶品だった。
続けて食べたかったが、他の料理も美味しそうだ。
水餃子には挽き肉とチーズが入っていて、噛みついたらチーズが糸を引く。
羊肉は脂が乗っており、噛むとじゅわっと肉汁が溢れた。ひよこ豆の揚げ物は、外はサクサク、中はほっくり。
どの料理も震えるほど美味しい。
食べる様子を眺めていたアユの手を、リュザールは握って言った。
「美味しい料理を作ったその手が、健やかであるように」
アユははにかみながら、言葉を返した。
「その料理があなたの健康にいいように」
◇◇◇
数日後──家族を招いた宴が開かれる。
アユは弟子エリンと共に、料理の腕を揮った。リュザールが都で買ってきた、肉や魚が大活躍だったようだ。
家屋の中は、結婚式のように多くの品が並べられていた。
アズラも得意料理の鵞鳥の丸焼きを作って来ていた。
ケリアはエリンがアユの料理を手伝ったので、腕前を振舞うことは免除されている。「なんだか悪い」と言うケリアに、リュザールは気にしなくていいからと言っておいた。
陽が沈む前に、待ち人は現れる。
久しぶりに会った一番上の兄ゴースは、リュザールを力強く抱きしめた。
「すっかり男らしくなって、昔は可愛かったのになあ!」
「可愛くない弟を抱きしめるなよ」
「いいじゃないか」
そう言って、頭をぐりぐりと撫でた。
照れるが、嬉しくもある。暑苦しい再会だが、元気そうで安堵する。
一緒にやってきた四番目の兄、ヒタプも変わりなく。
イミカンは久々のごちそうに、頬を綻ばせている。
感謝の気持ちとして演奏をと言っていたが、楽器を持ってきていなかったようだ。
「新曲を披露しようと思っていたんだけどな」
「本当かよ」
イミカンは相変わらずである。
ヌムガは昼間仕留めた兎の肉を土産として持ってきた。アユは嬉しそうに受け取っていた。
イーイトはアユが作った栗のパイを、キラキラと輝く目で見つめていた。ケリアは「それは食事のあと!」と注意している。
メーレは賑やかな家族を見て、ニコニコと微笑んでいた。
「じゃあ、食べるか」
料理を囲むように、各々座った。
屈強な兄が三人もいると、家屋の中は圧迫感がある。
しかし、なんだかいいなと思ってしまった。
父メーレが、酒が入った杯を掲げて言った。
「その料理があなたの健康にいいように」
皆、同じ言葉を繰り返す。
こうして、家族全員が揃って食事が食べられることを、リュザールは心から幸せだと思った。
今回のお話で最終話となりますが、また何か思いつきましたら更新したいと思います。
今までお付き合いいただきありがとうございました。




