番外編 感謝の宴を その二
早朝──リュザールはユルドゥスの秋営地を発つ。
まだ太陽も上がっていない時間だというのに、二番目の兄ヌムガが見送りにきてくれた。
「リュザール、その辺の生水は飲むなよ。飲むとしても、一度沸騰させてからだ」
「わかっているよ」
「最近、狼の活動も活発だと聞く。野営をするさいは熟睡せず、気を抜かないように」
「はいはい」
「それから──」
「二兄、初めてのお使いじゃないんだから」
「む、そうだが……」
「大丈夫。心配はいらない」
「うむ……」
リュザールの出発にソワソワしているのはヌムガだけであり、アユは落ち着いているように見えた。
「リュザール。帰って来たら、レンズ豆のスープ作るから」
「それを楽しみに、頑張ってくる」
「うん」
兄がいる手前、抱擁などできない。代わりに、握手をした。ヌムガの背を軽く叩いて、馬に跨る。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
アユとヌムガの見送りを受け、リュザールは旅立つ。
◇◇◇
南の湖沼から、船で移動してきた隊商と合流する。
「あ、どうも! お久しぶりです!」
「元気そうだな」
「おかげさまで」
隊商、葡萄。妻と三人の子どもを引き連れた商人とは、以前アユと共に偶然出会った。
護衛を雇っておらず、あまりにも無防備だったので、無償で近くの町まで同行したのだ。
その時の縁で、こうやって護衛の依頼があった。
「この前買い取らせていただいた奥様の絨毯、評判がよくてすぐに売れました」
「それはよかった」
アユがユルドゥスで最初に完成させた絨毯は、ユルドゥスの伝統的な色と模様で作られた。
アユが話していた赤い絨毯は作れなかった、ということにしている。それでも、快く買い取ってくれた。
さらに、商人は来年も頼みたいと取引を持ちかけてくれる。
「そういうふうに言ってくれると、妻も喜ぶ」
「こちらこそ、素晴らしい絨毯をありがとうございました。奥様は、お変わりなく?」
「ああ。のびのび暮らしている」
「それはよかったです」
リュザールは商人の妻や三人の子どもにも挨拶した。
今回、白イタチのカラマルがいないので子ども達はがっかりしていた。
代わりに鷲を呼んだところ、迫力があると喜ぶ。
相変わらず、商人一家は驢馬と駱駝で移動しているようだ。馬に比べたら、移動はのんびり。そのため、護衛期間が十日と長くなってしまった。
「すみません、長い間、お付き合いいただくことになりまして」
「いや、構わない。冬前のこの時季は、侵略者の一族の活動も活発になるから」
「ですね。恐ろしい話です。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「ああ、任せておけ」
リュザールは隊商『葡萄』と共に、冬を目前とした草原を進んでいく。
この時期の野宿は厳しい。しかし、アユが用意してくれた食材が大活躍だった。
一日目に作ったスープが子ども達に好評で、商人の妻に作り方を教えるよう頼まれる。
ただ、アユの準備した乾燥肉や野菜を煮込み、塩コショウで味付けしただけだ。
ここで明らかになったのは、ただの乾燥野菜でなかったということ。野菜に味がついていたのだ。乾燥させることによって旨みが凝縮し、風味が増す。そんな材料で作ったスープは絶品だった。
二日目は狼の群れにあとをつけられ、冷や汗を掻いた。即座に鷲を使って追い払う。
深追いはしてこなかったので、安堵した。
三日目──やっとのことでグランドバザールのある都へ到着した。
商人一家はこれから買い付けを行うようだ。三日間、リュザールと別行動になる。
一日目は家族に土産を買う。父には酒を、母にはエブルのスカーフを買う。兄達には、揃いのナイフを買った。もちろん、リュザールの分もある。イミカンはナイフなど必要ないと思ったが、肉を食べる時に使うかもしれない。
アユにはチューリップの刺繍の入った靴を買った。きっと、気に入ってくれるだろう。
エリンやイーイトに菓子を買うのも忘れない。義姉ケリアには、美肌の効果がある石鹸を買った。
二日目は、家族を招待する宴に出す食材を買い集めることにした。
とはいっても、生の魚や肉はそのまま持って帰ることは難しい。
市場をぶらりと歩いていると、家畜の肉が安価で売られていた。その価格は、いつもの三分の一以下だ。
ユルドゥスの通いの商人が持ってきた肉や魚は、どうしても運搬賃が含まれるため高くなる。
しかしここはまとめて入荷してあるので、その分安くなるのだ。
これまでのリュザールだったら、諦めていただろう。
しかし、今は違う。夜間放牧の時に、アユから保存食の作り方を学んでいた。
豚肉を買い込んで、塩漬けにする。魚はオイル漬けにした。
鶏は生きたまま、持って帰る。その辺で雑草を抜き、餌を与えた。
三日目は頼まれていた買い物をする。石鹸に茶、香辛料に布など。
何度もメモを確認し、買い忘れがないことを確認した。
四日目の朝──都を出発する。
何事もなく、商人一家を送り届けることができた。
あとは、ユルドゥスの秋営地に帰るばかりだ。




