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遊牧少女を花嫁に  作者: 江本マシメサ


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番外編 感謝の宴を その一

 リュザールは久々に、隊商の護衛で都へと向かう。

 護衛日数は往復で十日。

 結婚してから二、三日で戻ってくることが多かったので、随分と長い間家を空けることになる。


「アユ、すまない。十日も家を空けるが」

「うん、たぶん平気」

たぶん平気・・・・・、だと?」

「え……、あ!」


 聞き返されたアユは一時停止する。そして、何か思いだしたのかハッとなった。

 すぐさま空気を読み、行動に移す。


「リュザール、酷い。十日も家を空けるなんて。私とお仕事、どっちが大事なの?」


 若干棒読みであったが、アユはいつもの台詞を思い出したようだ。

 これは、アズラとメーレがいつも交わすお約束の言葉である。

 リュザールはそれをアユにも言ってほしいと以前から願っていたのだ。


 これ幸いと、リュザールはアユをぎゅっと抱きしめた。


「仕事より、お前が大事に決まっているだろう!」

「うん」


 やはり、この言葉は気恥ずかしい。ただ、どさくさに紛れてアユを抱擁できた。


「お前、温かいな」

「そう?」

「ポカポカしている」

「じゃあ、このまま寝てもいいよ」


 それができたらいいのに……。


 リュザールは言葉に出さず、遠い目をする。

 きっと、アユを抱きしめて眠ったりしたら、我慢できなくなるだろう。

 子作り解禁は来年の夏だ。それまで、精霊との婚姻関係を守らなければならない。


 そもそも、なぜこのような決まりがユルドゥスにはあるのか。

 リュザールはメーレに聞いたことがある。

 結婚は見ず知らずの男女が結婚当日に会い、突然夫婦となる。

 見知らぬ者同士が、仲良く新婚生活を送ることなど稀だったとか。

 あまり互いを理解することなく初夜を終え、夫婦となるのだ。

 いきなり家族になるように言われても、無理がある。

 子どもが生まれたあとは、家族という型に無理矢理はめ込まれる形になるかもしれない。

 しかし、心から家族になるということは、至極困難なことだった。

 妻となった女のすべてが、結婚に納得していたわけではない。

 問答無用で結婚し、初夜に抱かれたことを何年、何十年先まで恨みに思っている者も多い。

 子どもが成人したあと、別居という形を取る夫婦は少なくなかった。


 そのため、ユルドゥスでは夫婦の絆と精霊への信仰を高める、『精霊婚』という習慣を作った。

 これは結婚から一年間、夫婦は精霊と結婚したものと見なし、祈りを日々の食事を捧げる。

 一年間の精霊婚の中で、夫婦は互いに知り合い、信頼を築いていくのだ。


「リュザール?」

「あ、すまない。ちょっと、ぼーっとしていた。もうしばらく、このままでいいか?」

「うん。私も、リュザールとお別れになるのは寂しいから、もう少しだけ、こうしていたい」


 アユが可愛らしいことを言うので、余計に離したくなくなった。

 明日からは、一人旅立たないといけない。

 これまでの十九年間、アユのいない生活が当たり前だったのに、今では考えられなくなっている。


 明日から十日間、料理も自分で確保しなければならない。そう思っていたが──。


「あのね、リュザール。いろいろ、保存食用意したから」

「保存食?」

「うん」


 アユはあっさりとリュザールから離れ、荷造りの中に詰めた保存食を紹介してくれた。


「これはサラミっていう乾燥ソーセージ。商人から買ったやつ。こっちは乾燥果物、魚、お肉、野菜」


 乾燥野菜と肉を煮込み、塩コショウで味を調えたら薄味スープになる。

 旅先では、十分すぎるほどのごちそうだ。

 そのまま食べても美味しいが、ひと手間加えるとさらに美味しい保存食を用意してくれていたようだ。


「暇だったら、試してみて」

「ああ、そうだな。煮込むだけだったら、俺にもできそうだ」


 旅支度は完璧だ。あとは、明日を迎えるばかりである。

 アユが角灯の火にふっと息を吹きかけた。

 暗闇の中、リュザールはアユが敷いてくれた布団に横たわる。


「リュザール」

「なんだ?」

「今日だけ、隣に寝てもいい?」

「……」


 布団は精霊の分と、三枚並べている。

 精霊婚は一年もの間続くのだ。それまで、夫婦が一枚の布団に眠ることは許されない。

 ただ、この件に関しての一枚の布団に眠るは、子作りを意味する。

 一緒に眠るだけであったら、まったく問題ではない。


 しかしながら、問題は別にある。

 リュザールが我慢できるか否か、だ。


「リュザール、イヤ?」

「ぜんぜんイヤじゃない!」

「よかった」


 暗闇の中、アユはリュザールにくっついて眠る。


「温かい……」

「そうだな」


 先ほどから、アユは可愛いことばかり言う。

 精霊婚なんて誰が考えたのだと、リュザールは過去のユルドゥスの賢人を内心責めていた。

 掟は掟なので、守らなければならない。


「リュザール、あのね、今度、一義兄いちにい四義兄よんにいがここに来るんだって」

「みたいだな」

「それでね、二義兄にいにい三義兄さんにいを呼んで、お義父さんと、お義母さん、家族みんなで宴をしたいなって」

「ああ、いいな。俺も、みんなには世話になったから、感謝の宴をしたい」


 都にはグランドバザールがある。何か、珍しい食材を買ってこよう。そう、心に決めた。


「アユ、ありがとうな」

「うん」


 宴について話しているうちに、リュザールは微睡んだ。


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― 新着の感想 ―
乙嫁語りを思い出しました。 美しいお話ありがとう御座います。
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