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調停者――ユルドゥスの民

 目の前に突然集落が現われ、アユは目を丸くしている。

 移動式家屋がポツポツと並び、その周囲には犬と戯れる小さな子どもや、洗濯物をする女性などがいた。

 集落にいるのは人や犬だけではない。所有する馬、ガチョウ、鶏などが辺りを闊歩している。

 遠く離れた小高い丘には、羊や山羊が草を食んでいた。

 驚くほど普通な、遊牧民の暮らしが営まれている。


「今の時間帯は、ここに住む半分くらいが放牧に出かけている。今は女達しかいない」


 家屋の数は十五戸。十二世帯の家族が住んでいる。


「ユルドゥスの一族は、複数に分かれていて、何かあったら鳩を飛ばして連絡を取り合うんだ」


 返事がないのでアユのほうを見たら、じっとリュザールを見上げていた。

 彼女は羊飼いなので、喉を大事にするために声を発しない。

 アユの青い目は、リュザールだけを映していた。

 こうして年の近い異性に熱烈に見つめられることになれないリュザールは、照れてしまってふいと顔を逸らす。


「あ~、なんだ。特に珍しいもんがあるわけではないが……」


 ここで、帰宅してきたリュザールに気付く者が現われる。


「わ~、リュザールお兄ちゃん、おかえりなさい!」


 声をかけてきたのは、五歳くらいのくりっとした目の少年である。

 後ろに日除けの布が付いた円柱状の帽子を被り、詰襟の上着にだぼっとしたズボンを穿いた姿をしている。


「ねえ、都は人がいっぱいだった?」

「あ~」

「騎馬兵はいた?」

「まあ~」

「あ、そうだ。僕が頼んでいた、ロクム、買ってきた?」


 リュザールはその質問には返事をせずに、明後日の方向を向く。

 鞍に下げられた荷物は、全部杏子だ。


「ロクムを楽しみにしていたんだ」

「……」


 ロクムとは、デンプンと砂糖で作った生地の中にナッツを入れた菓子のことである。

 砂糖がこれでもかというくらい入っていて大人には甘すぎるものだが、子ども達は大好物なのだ。

 ロクムは都の菓子屋でしか買えない。そのため、買い出しのたびに頼まれていた。


「何味のロクムを買ってきた?」

「あ~それは」

「あれ?」


 ここで、少年はリュザールの背後に立っていたアユに気付く。


「リュザールお兄ちゃん、そこのお姉ちゃんは?」

「あ、こいつは――」

「わあ、花嫁さんだ!」


 少年はアユを覗き込んで、嬉しそうに言う。

 アユはユルドゥスの花嫁衣装を纏っていた。見た目は花嫁としか言いようがない。

 しかし、彼女は花嫁ではない。

 着替えがなかったので、花嫁衣装を貸しただけだ。

 その事情を説明するか否か、迷っている間に、少年は回れ右をして駆けて行く。

 そして、家屋の出入り口の布を捲って叫んだ。


「リュザールお兄ちゃんが、花嫁さんを連れて帰ってきたよ!!」


 少年は一族にとって喜ばしい報告をしてくれた。

 ただし、勘違いであるが。


「おい、ちょっと待て! イーイト!」


 少年イーイトはリュザールの二番目の兄の子どもである。生まれた時から兄弟も同然に育った。

 彼は好奇心旺盛で、とってもお喋りだったのだ。


 イーイトの報告を聞いて、家屋の中にいた人達がゾロゾロと出てくる。


「リュザールが結婚?」

「花嫁を連れて帰ってきたって?」

「あの選り好みしていたリュザール坊が? 嘘だろう?」

「ようやく身を固める気になったか」


 リュザールは瞬く間に、囲まれてしまった。


「おい、さっきのは本当か?」

「都へは、花嫁探しだったのか?」

「花嫁はどこに――ああ、あそこにいる女の子か」

「どえらい美人じゃないか」


 続けざまに話しかけられ、誤報を訂正する暇もない。


「あ、いや――」

「どこで見つけてきたんだ?」

「都には、あんな別嬪さんがたくさんいるのか?」

「あの子は、なんて名前なんだ?」

「それは――」


 息を大きく吸い込み、弁解しようとしたその時――奥にあったひと際大きな家から、一人の中年女性が近寄ってくる。


 肌は褐色で、金の髪が美しい。すらりとしていて、先ほどの少年同様日避け布の付いている円柱状の帽子を被っていた。

 服は、くるぶし丈の緑色のローブをベルトでしっかりと巻いている。手には、槍を持っていた。

 年頃は四十前後。キリリとした目元に、スッと通った鼻。口元はきゅっと結ばれている。

 リュザールと同じ緑の目を持つ、美人であった。


「おい、リュザール、母ちゃんが来たぞ」

「嫁っ子を紹介するんだ」

「しっかり母ちゃんから守ってやるんだぞ」

「味方はお前だけなんだから」

「いや、だから――」


 女性はリュザールとよく似た精悍な顔立ちをしており、名をアズラという。言わずもがな、リュザールの母である。

 元侵略者一族の者で、ユルドゥス一の女傑でもあった。

 皆、リュザールから離れてアズラに道を譲っていた。


「我が息子リュザール、遅かったですね」

「いや、ちょっといろいろあって」

「シリースの遊牧民が襲われたと聞きましたが、それに関連しているのですか?」

「まあ……」

「はっきりしないのですね」


 確かに遊牧民の襲撃は目撃したが、名前まではわからない。

 調停者であるユルドゥスには、先に襲撃事件の詳細が届いていたようだ。


「俺も、近くを通りかかったけれど、生きている人はいなかった」

「みたいですね」


 リュザールの一番上の兄ゴーズが、調査に向かっていたようだ。

 ちなみにゴーズはここから馬で一日ほど駆った場所に夏営地を開き、十四世帯が暮らしている集落をまとめている。


「それで、なんの騒ぎかと思ったら」


 アズラはチラリと、少し離れた場所に佇むアユを見た。


「ああ、なるほど。素晴らしい。我が息子リュザール。あなたは……花嫁を連れ帰ってきたのですね」


 今度こそ、否定する瞬間がやってきた。

 リュザールは息を大きく吸い込んで言った。


「彼女は――」

「なんだ、花嫁じゃないか!!」


 大きな声で、言葉が遮られる。

 声が聞こえた背後を振り返ると、アユの近くに髭づらで大柄の中年男性が立っていた。


 それは、リュザールの父だった。


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