番外編 リュザールの兄達の、暑苦しい愛のあれこれ
リュザールの母アズラは後妻だ。一夫一妻が当たり前、死に別れた場合は亡き伴侶を思って生きることを常とするユルドゥスではありえないことだった。
メーレとアズラの結婚は、当然反対があった。
もっとも強く咎めたのは、イミカンを除く三人の息子達。
母親を亡くした彼らは、後妻を娶る決意をしたメーレを責めたのだ。
アズラは繕いものをしながら、当時のことをアユに語って聞かせる。
「しかし、その抵抗も二年ちょっとで止まりました」
「それは、どうして?」
「どうしてだと思います?」
にっこりと微笑みながら、アズラはアユに問いかける。
「う~ん。あ、お義母さんが、力で捻じ伏せた?」
「残念。不正解です」
メーレも腕力で黙らせるようにすればいいと提案したが、アズラはそれをしなかった。
「力で相手を制圧することは簡単なこと。従わせることも容易いでしょう。しかし、それでは家族になれない。私は、我が夫だけでなく、可愛い四人の義息とも家族になりたかったのです」
家族になりたい。その気持ちはアユも心から理解できる。
他人と家族になることは難しい。信頼されるということは、至難の業なのだ。
しかし、アズラは努力の結果、家族を得た。
「それで、正解は?」
「おや、もう諦めるのですか?」
「腕力以外、思いつかなくって」
「ふふ。まあ、いいでしょう。正解は、我が息子リュザールが生まれたからなんですよ」
結婚から約一年後──アズラは玉のように可愛い赤子を産んだ。
あまりの可愛さに、結婚を反対していた兄弟達はアズラへの反感を無にしてしまったのだ。
「子どものころの我が息子リュザールは、とにかく可愛かった。まあ、今も可愛いのですが」
アズラの言葉に、アユも頷く。
「ただ、筋骨隆々の義息達は、幼い我が息子リュザールとどう接したらいいかわからず、右往左往していたのです」
力の加減が分からず、幼いリュザールの背中を軽く叩いただけで転倒させてしまうことは日常茶飯事。
高い、高いと体を空に向かって投げ飛ばし、受け取った時に大号泣させてしまった事件はあまりにも有名だ。
「義息達は皆、リュザールが可愛くて可愛くて仕方がなかったのですが、接し方を間違ってしまい何度も泣かせていたようです」
兄達にもみくちゃにされ、わんわん泣くリュザールを慰めるのはイミカンの仕事だった。
「我が愚義息イミカンは、唯一子守りの才能はあるのです。今も、ユルドゥスの女達はどうしても手が離せない時は、彼のもとに子どもをそっと置いて行きます。すると、見事に子守りをしてくれるのですよ」
「そうなんだ」
「意外な才能なのですよ」
泣きわめく子どもも、イミカンの演奏を聞いたらピタリと涙を止めてしまう。
それと同じように、幼いリュザールも涙を引っ込めていたようだ。
「まあ、義息達が我が息子リュザールを泣かせていたのも三年くらいで、あとは上手く付き合っていたようです」
子どもと話をする時は、上から見下ろしてはいけない。自分がしゃがみ込んで、視線は同じにする。
肩や背を叩く時は、力いっぱい叩いてはいけない。風を撫でるように、ゆっくりと優しい手つきで行う。
それから、「高い高い」は投げてはいけない。手を離さず、上げる限界は自らの目線と同じくらいにする。
他、追いかけっこで本気を出して追いかけてはいけない。かくれんぼも完璧に隠れてはいけないなど、さまざまなことを幼いリュザールから学んだ。
これらのリュザールと接することから学習したことは、子どもが産まれたあとも役立ったという。
「今も、我が息子リュザールを気にしているようです」
「お義兄さん達は、大きくなっても、リュザールのことが大好きなんだね」
それは、アユも実感している。
リュザールが隊商の護衛に出発する時にも、二番目の兄ヌムガはかならず見送りにくる。
そして、旅の安全を祈ってくれるのだ。
「リュザールは二義兄さんに、見送りはいいって言っているんだけれど」
「我が息子リュザールは照れ屋なのですよ」
その時、アユも一緒に見送っていたが、馬で駆けるリュザールを見つめながらヌムガが呟いた言葉をよく覚えている。
──ここまでしてやっているのに、一番好きなのはイミカンなんだよなあ。
「リュザールはきっと、お義兄さんのことは同じくらい好きなんだけれど、あんまり伝わっていないんだろうなって」
「そうですね。もしも、我が息子リュザールが、いつもありがとうなんて言ったら、嬉しくってニヤニヤが止まらないかもしれません」
「じゃあ、リュザールが帰ったら、『お義兄さんありがとうの宴』を計画しなくちゃ」
「いいですね」
愛はなかなかリュザールに伝わらない。
しかし、屈強な兄達はリュザールのことが大好きなのだ。
アユは微笑ましく思いつつも、そういう関係がなんだか羨ましいなと思った。




