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遊牧少女を花嫁に  作者: 江本マシメサ


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番外編 アユとエリンの冬支度

 アユはせっせと冬支度を行う。

 ハルトスにいた時は、十人分の保存食を作らなければならなかった。

 しかし今は、アユとリュザールが冬を越す保存食を作るだけである。

 一日目に、レバーペーストとレンズ豆のピクルス、ミントシロップにキノコのオイル漬け、塩漬け肉の計五品を作ったら、リュザールに「一日の間に作り過ぎだ」と言われてしまった。

 だいたい、二~三日に二品ほど作ったら、十分足りるようだ。

 加えて、ここは草原である。山岳地帯と違って、身動きが取れなくなるほど雪が積もることはない。

 冬季でも、狩猟をしたり商人から品物を買ったりすることは可能のようだ。

 ユルドゥスが遊牧する草原は、山で暮らすハルトスの厳しい冬とは大きく異なるのだろう。


 いつの間にか木々は紅葉し、赤や橙色に染まっている。

 自然の美しさに気づく余裕が、今のアユにはあった。

 そんなささやかなことを、幸せに思う。


 ◇◇◇


 今日はエリンと染物用の植物を採りに行く。

 エリンを驢馬のジャンに跨らせ、秋晴れの草原を歩いた。

 夏季の毛刈りを終え、これから本格的に織物を行う用意をしなければならない。

 もっとも重要なのは、毛糸を染めることだろう。

 リュザールの姪エリンは、母ケリアから習ったユルドゥスの色が出る植物を教えてくれた。


「あ、アユおねえちゃん、あれ、アルカンナ!」


 エリンが発見したのは、小さな紫色の花を咲かせる植物。それはアユも、見覚えがあった。


「エリン、これ、色出るの?」


 実は、以前アユもアルカンナの花と根で染色しようと試みた。しかし、いくら煮込んでも、美しい紫色を出すことは難しかったのだ。


「あのねアルカンナは、根をお酒で煮ると綺麗な紫色がでるんだよ」

「お酒! 水じゃないんだ」

「そうみたい」


 なんでもその昔、ユルドゥスにいた大酒飲みを夫に持つ妻が、夫の持っていた酒壺の中身を確認せずに水だと信じて酒でアルカンナを煮込んだ。すると、美しい色が出たのだ。


「そこから、お酒でアルカンナの綺麗な色を出せるって、ユルドゥスの女達の間で広まったんだって」

「へえ、面白いね」

「でしょう?」


 女性が飲酒することを許されているユルドゥスだからこそ、生まれた色なのかもしれない。


「そういえば、絨毯や敷物に、綺麗な紫色のものがあるね」

「それ、ぜんぶアルカンナの色だよ」


 アルカンナから出る紫色が、ユルドゥスの伝統色のようだ。

 ただ美しい色が出るものの、とんでもない悪臭を放つらしい。煮込む作業は絶対に室内でしてはいけないようだ


 他にもアユが思いつかないような染色法や、山岳地帯にはない植物で染色が行われている。ユルドゥス独自の染物は、どれも興味深いものばかりだった。


 秋営地に戻ったあと、採取した植物は綺麗に洗って乾燥させておく。染色作業をするのは明後日だ。

 いち段落したら、紅茶チャイを飲んでひと休み。

 昨日、護衛の仕事に出かけていたリュザールが土産として買ってきてくれた焼き栗も食べる。

 アユは栗の皮を割って、エリンに食べさせた。


「ん、甘い!」

「美味しいね」

「うん」


 エリンの弟、イーイトにも持って帰るよう、布に包んであげた。

 休憩が終わったら、保存食を作る。恒例となった、エリンに教えるアユの料理教室だ。


「今日は、ナスのオイル漬けを作るから」

「は~い」


 まず、ナスを輪切りにする。使うナスは四本。


「次に、盥に塩と水を入れて、その中にナスを漬けておく」


 しばし、塩水に浸けておく必要がある。その間に、アユとエリンは洗濯物を取り込んだ。


「しばらくナスを漬けたら、水分をぎゅっと絞る」


 ナスを両面焼いて、しっかり焼き色を付ける。それを瓶に詰め、ニンニク、鷹の爪、乾燥させたオレガノを入れて、最後にオリーブオイルをひたひたになるまで入れる。


「これで、ナスのオイル漬けの完成」

「すっごく簡単だね」


 パンの付け合わせにしても、スープの具材にしても美味しい。

 リュザールも絶賛してくれた。


「半月くらいしか日持ちしないけれど、使い勝手がいいからすぐなくなる」

「そうなんだ。今度、お母さんと一緒に作ってみるね」


 エリンに一瓶ナスのオイル漬けをおすそ分けし、今日は解散となる。

 夕食の支度が終わるころに、リュザールが帰ってきた。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 リュザールはメーレと共に、冬営地の下見に行ってきたようだ。


「けっこう、ウサギとか、シカとかいそうだった」

「そう」


 リュザールはかなりの狩猟の腕前で、この前はシカを仕留めてきた。

 シカ肉は柔らかく、臭みもなくてアユは驚いた。

 ハルトスの兄が仕留めたシカ肉は血抜きが不十分だったので、肉質は硬く味も落ちた状態だったようだ。


「私、ユルドゥスにきてから、美味しいものばかり食べている。けっこう太った気がするんだけれど」

「ぜんぜん太っていない。お前は、もうちょっと肉を付けたほうがいい」

「お義母さんも同じこと言っていた」

「だろうが」

「もっと太らないと、子どもが産めないって」


 リュザールは飲んでいた紅茶を噴く。その後、ゲホゲホと咳き込んだ。

 アズラと違い、リュザールは恥ずかしがり屋なのだろう。

 来年の夏、本当に子作りはできるのか。アユは少しだけ心配になった。


 しかし、リュザールはやると決めたらやる男なので、大丈夫だろう。

 アユはそれに応えるために、肉を付けなければならない。


「お義母さんは、肉を付けるには、食事を食べたあと昼寝をしなさいって言ってた」

「もしも三兄が同じことをしていたら、猛烈に怒るのにな」

「そうなんだ。三義兄、可哀想……」


 穏やかな夜はゆっくりと過ぎていく。


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