番外編 メーレの日記帳
〇月×日
齢四十五となり、子に恵まれるとは夢にも思っていなかった。
生まれた息子は、風の精霊の大きな力をその身に宿していた。
きっと、ユルドゥスに新しい風を巻き起こす存在となるだろう。
そう思い、風の意を持つリュザールと名付けた。
リュザールはどのような大人になるのか。今から楽しみだ。
〇月△日
生まれたばかりの赤子は、こんなにもふにゃふにゃしていて頼りないものなのか。
今までの息子も抱いていたのだが、そのたびに驚いてしまう。
このような生き物が生きていることを、奇跡のように思った。
リュザールを抱いていると、愛おしさがこみあげてくる。
こんなに可愛い子は、他にいない。
そういったら、妻に「親馬鹿です」とはっきり言われてしまった。
□月▽日
リュザールはすくすく育っている。
つい先日まで、むにゃむにゃ言葉になっていない言葉を喋るばかりであったが、最近は「ちちうえ」「ははうえ」と拙いながらも言えるようになった。
しかし、初めて喋った言葉は、「いみかん」である。
強気な妻がさりげなくがっかりしていたのは、ちょっとだけ微笑ましく思ってしまった。
□月〇日
リュザールと共に生きる風の精霊は、とても荒い性格をしているようだ。
それは、なんとも悩ましい問題だ。
リュザールが泣いただけで、強い風が巻きあがる。そのたびに、巫女に頼んで精霊を鎮めさせた。
精霊が力を揮うたびに、リュザールは熱を出して寝込んでしまう。一度は、生死をさまようこともあった。
なぜ、このような試練を幼いリュザールに与えるのか。
この、可愛い息子にささやかな幸せを。
そう、願わずにはいられない。
△月〇日
リュザールの結婚相手についても、頭を悩ませている。
個々の相性だけでなく、精霊との相性も重要だ。
話し合った結果、大商人の娘エシラがいいのではと話が上がった。
エシラは炎の精霊の祝福を持つ。精霊の祝福が強ければ反発しあうが、エシラの祝福はそこまで強いものではないらしい。
一度リュザールとエシラを会わせてみた。リュザールの精霊はエシラに対し何も思っていないようだった。
これならば、上手くいくだろう。
そう思っていたが、リュザールとエシラの相性はあまりよくないようだ。
しかし、二人はまだ若い。結婚適齢期になるまで、見守りたい。
△月×日
リュザールは自分で花嫁を探しだしてきた。
巫女曰く、驚くべきことに、あの荒ぶるリュザールの精霊が、彼女のことをたいそう気に入っているようだ。
奇跡のようなことだろう。
花嫁の静謐な気が、ユルドゥスの精霊達を鎮めていく。
不思議な力を持つ娘だった。
奇跡のような出会いに、心から感謝する。
△月▽日
残りの心配事はイミカンだろう。
大商人の娘エシラの婿にどうかと父親に聞いてみたが、難色を示されてしまった。
理想の花婿は、筋肉質で働きもの、それから快活な男なのだという。
イミカンとは真逆だった。
しかし、エシラは時折我らが集落へやってきて、イミカンにちょっかいをかけている。
悪い雰囲気ではない。
しかしまあ、男女の仲は自然に任せるのが一番なのかもしれない。
◇月◇日
リュザールの花嫁アユは心優しい。
今日も、肩たたきをしてくれた。
それを見ていた妻が「まるで、お爺さんと孫ですね」と言った。
なんてことを言うのか。たしかに、爺と孫のような年の差ではあるが。
妻の発言を聞いた花嫁アユは、ころころと笑いだす。
初めてあった日は、ニコリともしなかったが、今はこのように笑顔を見せてくれる。
彼女だけではない。リュザールも、ずいぶんと明るくなった。
花嫁は、幸せを運んでくれる。いつだって、そうだった。
これからも、我が一族に幸せが訪れるように。
そう、願わずにはいられなかった。