番外編 アズラの日記帳
〇月×日
我が息子リュザールが可愛い娘を連れて帰ってきた。
精霊の巫女達が、もうすぐリュザールが花嫁を選ぶので花嫁衣装を用意しておくようにと言われていたので、ついに時が来たのかと、夫と共に喜ぶ。
巫女が伝えた精霊の予言は見事、的中した。
だがしかし、我が息子リュザールは、困っていた少女を連れて帰ってきただけだと言う。
花嫁衣装を着せた状態で連れて帰ってきたくせに、何を言っているのかと思った。
少女に強く惹かれる気持ちはあるものの、照れているのかなかなか認めようとしない。
こうなったら、無理矢理認めさせるしかない。
我が夫と話し合い、「結婚しないのならば、イミカンと結婚させる」と言って発破をかけた。
すると、単純明快な我が息子リュザールは、慌てて自分が結婚すると言いだす。
もっと早く素直になればいいものの。
いろいろあったが、我が息子リュザールは連れ帰った遊牧民の少女アユを娶ることとなった。
ひとまず、安堵する。
〇月△日
我が息子リュザールは、珍しくふわふわしている。かと思えば、にこにこと微笑んでいた。貴重な笑顔である。
どうやら、結婚できることが嬉しいらしい。我が息子リュザールは、自ら選んだ花嫁をとても気に入っているようだ。
案外、可愛いところもあるようだ。
私も、息子の結婚は嬉しい。しかし、懸念もある。
ひと目見た時から、我が息子リュザールの婚約者アユは特別な少女だと思った。
何がどう特別かは、上手く説明できないが。
すぐさま、巫女へ話を聞きに行く。
すると、巫女らも同じことを思っていたようだ。
どうも、彼女は『大巫女』と呼ばれる、稀有な存在らしい。
大巫女というのは、何が起ころうとも穢れることのない清らかな心を持つ乙女のことを呼ぶ。
大巫女は生まれ持った才能ではなく、生きて行く中で精霊から認められるらしい。
なんでもアユは、千年ぶりの大巫女なのだとか。
大巫女が大精霊の花嫁となれば、この先百年以上は強い力で守られる。
ユルドゥスの大精霊は、珍しくソワソワと落ち着かないようだ。
もしや、彼女は大精霊の妻にさせたほうがいいのか。
我が息子リュザールには悪いが、族長の妻としては見逃せないことだ。
だが、巫女は揃って首を振った。
我が息子リュザールが選び、連れ帰った少女なので精霊の妻にすべきでない、と。
もちろん、大精霊の妻になった場合、ユルドゥスの安泰は約束される。
ただ、その安泰は精霊と巫女によってもたらすのではなく、ユルドゥスの力でつかみ取るべきだろう。
今のユルドゥスには、その力がある。精霊の力は必要ないだろう。
巫女はそう言ってくれた。
正直、ホッとした。将来を約束した二人の仲を引き裂くことにならなくて、よかった。
□月▽日
我が息子リュザールの嫁アユが来てから、リュザールはよく笑うようになった。
以前までは、一ヵ月に一度くらいしか笑顔を見せなかったのに、今は毎日ニコニコしている。
もちろん、笑顔を向ける先は花嫁だ。
ニコニコというよりは、デレデレに近いのかもしれない。
しかしまあ、そんな息子もよい。
今日も平和だ。
□月〇日
我が息子リュザールの結婚を見届けたので、今度は我が愚息イミカンの花嫁探しをしなければならない。
地道に、独身の娘を持つ男親に婿にどうかと勧めている。
今日も、出入りの商人に織物を買ってもらったついでに、我が愚息イミカンをどうかと聞いてみた。
見目は気に入ってくれたが、楽器より重たい物を持ったことがないと本人が言うので断られてしまった。
まあ、無理もないだろう。
羊を二十頭つけたら、婿として迎えてくれるのか。
我が夫に相談したら、「イミカンが羊のおまけのようだ」と言われてしまった。
たしかに。
△月〇日
我が息子リュザールには、とても強力な風の精霊がついているらしい。
その影響か、幼いころからたまにピリッとした雰囲気をまとっている時があった。
そういう時は、我が愚息イミカンの曲と歌を聞かせたら、すぐに落ち着く。
我が愚息イミカンの演奏には、このように不思議な力があった。
おそらく、彼も特別な祝福の持ち手なのだろう。
我が夫も、そのことはよく理解していた。
だったらなぜ、巫女のように崇めないのか。
彼の力は巫女のように目には見えないものである。だから、信仰の対象にはできない。
我が愚息イミカンも、そういうことは望んでいないのだろう。
それゆえに、扱いは非常に難しい。
彼を真似して、ぐうたらする者が現れないように、きつい物言いで非難しているのだ。
申し訳ないと思いつつも、仕方がないことで……。
その代わり、我が愚息イミカンの私生活は全力で支えて行くつもりだ。
私達にできる唯一の恩返しだった。
△月×日
我が息子リュザールの嫁アユはとても可愛い。
はきはきとした物言いは気持ちよく、正直で、我が息子リュザールを大切にしてくれる。
我が息子リュザールは、女を見る目がある。さすがだ。
ただ、働きすぎるところはよくない。頑張り過ぎて倒れないか心配だ。
だから、私は女達が働いているところに、我がリュザールの嫁アユを連れて行く。
ユルドゥスの女達の働き方を、覚えてもらうのだ。
少しずつ、ユルドゥスの色に染まってほしい。それが、唯一の願いだ。
△月▽日
夜間放牧から戻ってきた息子夫婦は、明らかに雰囲気が変わった。
もしや、一線を越えたのではと思ったが、そうではないようだ。
二人きりでの冒険は、絆を深めることに一役買ったらしい。
道中、おぞましい事件もあったようだが……。
無事に戻って来てくれて、深く安堵した。
□月◇日
春が訪れ、夏になる。
息子夫婦は結婚式から一年を迎えたようだ。
昨晩は、まあ、いろいろとあったようで……。
本当の夫婦となり、絆もさらに深まったことだろう。
めずらしく、歌いたい気分になった。宴会用の楽器を取り出し、演奏しながら歌ってみる。
すると、木から山鳥が落ちてきた。どうやら、気を失っているようだ。
どういう意味だと問い詰めたい。
思いがけず、夕食を手に入れてしまった。
何はともあれ、今日も平和だ。こんな日々が続けばいいと、歌詞に載せて歌ってみる。
今度は、隣にいた我が夫ががっくりと項垂れる。
だから、どういう意味だと問いたい。
まあ、いい。
我が夫のベルトからナイフを引き取り、山鳥を解体することにした。
今夜は鳥鍋祭だ。




