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リュザールの怒り

 手首を捻ったら、縄は切れるだろうか。試したいが、もし切れたとしても足が拘束されている。手が自由になったからといって、すぐには動けない。


 天井から覗いていた男は、蓋をすべて開け地下部屋へと降りてくる。

 赤みの強い褐色の髪に、胸の前で布を重ね腰部分を紐で縛る服装はハルトスの民族衣装だ。

 アユと同じ赤髪の男は、背がひょろりと高く細身。頬が瘦せこけているのは、山の厳しい暮らしのためか。

 間違いなく、アユの親族で山岳遊牧民ハルトスの人間である。

 やはりリュザールに暴行を加えたのは、アユの実家の者だった。

 横たわった姿勢のまま、リュザールはハルトスの男を見上げる。

 年の頃は三十前後か。目が落ち窪んでいて生気が薄く、どこか不気味な雰囲気だった。


「お前が、アユを攫った侵略者の一族、だな」

「そんなわけあるかよ」

「褐色の肌に金の髪を持つ男……お前で間違いないと、叔父は言った」

「お前の叔父が嘘を吐いているんだ。奴は、アユを命乞いの材料に使った」

「嘘に決まっている!」

「そもそも、お前ら、アユを叔父に売ったんだろう? 今更、何をしにきたんだ?」

「そ、それは……」

「生活が困窮したから、連れ戻して前みたいに働かせようと、思ったのか?」

「……」

「そんなの、家族の扱いではない」

「お、お前に、何がわかるんだ。ハルトスでは、女は労働力なんだ! それは、昔から決まっていて──」

「残り物の食事を食わせて、家事はもちろんのこと、放牧は任せて、織物や乳製品作り……それに加えて、アユにいろんな仕事を押し付けていたらしいな。家族全員で。それが、普通とは思えない」


 返す言葉が見つからなかったのか、男はリュザールに近づき腹を蹴った。


「ぐっ……!」


 蹴りを入れるまでの動作が鈍かったおかげで、歯を食いしばる余裕があった。

 奥歯を噛みしめ、痛みに耐える。


「お前……暴力でしか、感情を表現できないなんて、幼稚だな。言葉を、知らないのか?」


 リュザールの言葉は男の暴力性をさらに引き出してしまう。

 男は続けざまに腹部を蹴り、それだけでは足りなかったのか、馬乗りになって顔を殴り始める。


 リュザールは咳き込むのと同時に、血を吐いた。そこで、男は我に返ったようだ。


「やっぱり……アユを、お前達のもとに、帰すわけには……いかない。もしも……言うことを聞かなかったら……そうやって、暴力を……ふるうんだろう?」

「うるさい! これは、家族の問題だ!」

「家族? 一日中働かせて……食事ですら、満足に与えない相手を……家族と呼ぶのか?」


 違う。そんなのは、家族なんかじゃない。

 リュザールは鋭く指摘する。


「お前達は、女を奴隷扱いしている、最低最悪大クソ野郎だ!」

「なんだと!!」


 女性を宝のように大事にするユルドゥスの男と、女性を物のように扱うハルトスの男は、永遠にわかりあえない。

 リュザールは理解していたものの、それでも今まで感じた怒りを隠すことなんてできなかったのだ。


 そんな中で、先ほどから精霊がリュザールに訴える。

 力を望めば、目の前の男を屠ることができる、と。

 しかし、リュザールは拒絶した。怒りの感情に支配された今、精霊の力を借りると大変なことになるからだ。


 再び、男はリュザールの上に跨った。今度は、首を絞めてくる。


「ぐうっ……!」

「謝れ、誇り高き、ハルトスの民に、山の大精霊に、謝れ!!」


 首を絞めている状態では、謝ることなんてできない。

 その前に、謝る気などさらさらなかったが。


「この、死ね!」


 明確な殺意を向けられた瞬間、ハルトスの羊飼いの男に容赦をする必要はないと判断する。

 背中に回されていた手首を渾身の力で捻り、切れかけていた最後の縄を千切った。そして、自由になった手で拳を作り、男を殴った。


 相手はただの羊飼いである。戦闘訓練を重ねていたリュザールの敵ではない。

 殴られた男は地面に転がり、のたうち回っていた。

 歯が一本折れたようで、口から血を流している。

 その間に、足の縄を踵に仕込んでいたナイフで切った。

 リュザールは自由になり、その場で数回跳んで体を解す。


 拳をボキボキ鳴らしながら、どうしようか考えているところに、声が聞こえた。


「コペク!!」


 その声は、聞き覚えがあった。耳に入れた瞬間、全身鳥肌が立つ。

 地下部屋へ降りてきたのは、アユを命乞いに使った狡猾な叔父だった。

 今、転がっている男よりも、先に殴らなければいけない相手がやってきた。

 地下部屋へ降りてくるアユの叔父に向かって、リュザールは挨拶した。


「よお、久しぶりだな、おっさん」


 アユの叔父は忌々しいとばかりに、リュザールを睨む。


「アユのことは、地面に額をつけて、好きにするようにと言ったよな?」

「し、知らん! お前が、勝手に連れ去ったのだろう!」

「その嘘ばかり言う口を、唇の端から裂いてやろうか」

「ヒッ!」


 もちろん、嘘である。残虐な行いを、実際にするわけではない。しかし、ここで十分脅しておかないと、また彼らはアユを連れ戻しにくるだろう。

 リュザールが一歩踏み出したのと同時に、アユの叔父は悲鳴のような声で叫ぶ。


「お、おい! こ、この男を、殺せ!」


 あまり広くない地下部屋へ、褐色の肌を持つ男達が降りてくる。

 どうやら、金を握らせて雇ったようだ。

 人数は三人。ナイフ一本だけでも余裕で勝てる相手だが、男達の装備を見てリュザールはぎょっとする。


 手にしている武器は──『精霊の嘆き』とも呼ばれている鉄砲。

 異国人がもたらした、悪魔の武器だ。


 男達は一斉に、銃口をリュザールへと向けた。

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