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荷物を捨てて、少女を連れて

 ――リュザールお兄ちゃん、お菓子、い~~っぱい買ってきてね!!


 ――リュザール、お化粧品、漏れなく買ってくるのよ?


 ――おい、リュザール、頼んだ物、忘れんじゃねえぞ!


 ――我が息子リュザール。頼んでいた衣装、大事なものですので。きちんと受け取ってくるのですよ。


 都に買い物へ行くリュザールに、家族が口々にした言葉が走馬灯のように甦ってくる。

 全部、広大な草原に落としてきてしまった。

 もう、戻って取りに行くことなどできない。

 何をどうしたら許してもらえるとか、考えたくもなかった。

 今は、必死に巻き込まれたトラブルを、わかりやすいように説明するしかない。


「しかし、手ぶらで帰宅するって、かなり気まずい……」


 ボソリと呟いた言葉に応えるかのように、アユが振り返った。


「おい、危ないから振り返るな」


 リュザールは馬を止め、アユの話を聞く。


「どうした?」


 アユは水平方向にある一本の木を指し示した。

 リュザールは目を細める。それは、青々とした葉をつけた枝を伸ばした木に、橙色の実を生らしていた。


「あれは――」

杏子カユス


 杏子はリュザールの家族も大好物である。干したり、ジャムにしたり、もちろんそのまま食べても美味しい。


「よく、熟れている。食べ頃」

「お前、すごい目が良いな」


 リュザールには、葉にてんてんと生る木の実にしか見えない。それに、視界の端に映っていても杏子であると認識することすらできなかった。


「よし、採りに行くぞ」


 馬の腹を叩き、手綱を操って方向転換させる。杏子の木に向かって、一直線に走った。


 野生の杏子は、アユの言っていたとおり熟していて食べごろだった。

 馬から降りて、鞄の中から麻袋を取り出す。すると、アユが手を出した。リュザールはそれをそのまま差し出す。

 杏子の木はそこまで高くない。しかし、手を伸ばして届く場所にある杏子より、太陽に近い位置の杏子のほうが鮮やかに色づいていた。

 アユは杏子の木の節に足をかけると、どんどん登っていく。そして、美味しそうに色付く杏子をもいで麻袋に入れていった。

 リュザールがプチプチと千切るのよりも早く、アユは袋を一杯にする。

 髪を結んでいた紐を外して麻袋を閉めた。

 ゆるく編んでいた三つ編みが解かれ、風を受けてアユの波打った赤髪がさらさらとなびく。

 その姿は、絵になるような美しさであった。

 ぼんやりと見とれるリュザールをじっと見ながら、アユは言う。


「リュザール」


 アユは木の上から、リュザールを呼んだ。近くにくるよう、手招きされる。


「なんだ、ってうわっ!!」


 立ち止まった場所は、木の上にいるアユのスカートの中を覗き込むような位置だったのだ。


「何?」

「何って、お前、スカートの中身が見えるだろうが!」


 顔を逸らしながら叫んだ。


「でも、ズボン穿いているし」

「知ってる!」


 同時に、そうだったと思い出した。


 アユはリュザールに向けて、杏子の入った麻袋を落とす。

 そして、二枚目を寄こすように急かした。


 アユの素早い収穫作業を経て、三袋分の杏子を手に入れた。


「杏子は来月の果物市で買おうとしていたんだ。家族も喜ぶ」


 杏子はすべて鞍に括り付けた。

 思いがけない土産と共に、リュザールは家路に就く。


 ◇◇◇


「もうすぐだ」


 一週間ぶりに、ユルドゥスの夏営地へと戻ってくる。

 アユは首を傾げていた。無理もない。目の前には、広大な草原が広がるばかりであった。


 遊牧の羊すら、どこにも見えない。


 しだいに、風が強くなる。途中から馬から降りて歩く。でないと、風の煽りを受けて落馬する可能性があった。


「おい、転ぶかもしれないから、よく掴まっておけ」


 向かい風はビュウビュウと音を立て、迫ってきている。

 馬にしがみついておけば、問題ない。そう言おうとしたら、アユはリュザールの腕にしがみつく。


 アユの柔らかな肌に触れ、リュザールはぎょっとする。


 たしかに、「よく捕まっておけ」と言った。

 だが、リュザール自身にアユがしがみついてくることは、想定外であったのだ。

 馬にと言わなかった手前、文句は言えない。

 歯を噛みしめ、ぐっと我慢する。

 さらに、風は強くなった。

 これは、調停者の一族である風の巫女が起こした結界だ。


 この風の結界があるおかげで、一族以外の者は近寄れない。


「この先に、本当に村が?」

「ああ、ある。調停者の集落は風の巫女と、水の巫女の力によって隠されているんだ」


 風の巫女が風で近づく者を追い払い、水の巫女が景色をまやかし、何もないように見える。

 精霊の加護から得た力を使って、ユルドゥスは長い間姿を隠して暮らしていた。


「住んでいる場所がバレたりしたら、侵略者一族がこぞってユルドゥスにおしかけるだろうが」


 この風は、集落に入れるかどうかの、洗礼でもある。

 巫女が仕える風の大精霊が認める者だけ、ユルドゥスの中へ導かれるのだ。


「……ということは、私は入れない可能性も?」

「なきにしもあらずだな」


 風の大精霊が認めなければ、ユルドゥスでやっていけない。

 厳しい掟だ。

 しかし、風の大精霊が認めたら、アユはユルドゥスの者達も認めて受け入れてくれる。

 リュザールの母親もそうだった。

 異国の者で、侵略者一族の一員であったが、いろいろあって風の大精霊が認めた。


 アユはベール付きの帽子を押さえ、一歩、一歩と、確かな足取りで歩いている。


 風の大精霊は彼女をどう見るのか。

 リュザールも、審判の時を待つ。


 ゴウゴウと、ひと際強い風が吹いた。

 それは、精霊がアユに何かを問いかけているようだった。


 アユは、強い目を向ける。

 顔を逸らさず、真っ直ぐに前を見ていた。


 さすれば――風は止んだ。

 目の前に、長方形の移動式家屋チャドルが見えてくる。


 どうやら、アユはユルドゥスを守護する風の大精霊に認められたようだ。


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