表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

仕返しは蜜の味

作者: みずなぎ


頭の中で、ぶちっ、と何かが切れる音がした

怒りで目の前が真っ赤になりながらも、これが世間一般でいう堪忍袋の音なのだろうか、と冷静に考える自分がいる

だとしたら私の堪忍袋はなかなか大きくて忍耐強かったんだと思う

いままでよく耐えたと、言ってやりたいぐらいだ


度重なる浮気は注意しても、声を荒げて怒っても辞めようとせず

それどころか別れないことが分かってからはもっとひどくなり

あいつは隠す努力をもやめた


これ見よがしにつけられたキスマーク

私がもっていない香水のきつい移り香

まさにさっきまでヤッてましたと言わんばかりの色気の混ざったけだるい雰囲気

わざととしか思えない、バッグに入り込んだ片方だけのイヤリング


それら1つ1つがあなたはいらないの、と言われているようで心が締め付けられた



もういい

なにもかも、もうどうでもいい

いらないなら、私もいらない



「ねぇ、ゆうちゃん」

「んー。なんだよみやび」


なるべくいつも通りの声で、彼に問う

お風呂から上がってきたそいつは、スウェットを穿き上半身裸で髪を拭きながらぞんざいに返事をする

その視線は、こちらを見ることはない


「このイヤリングさ、誰の?

ゆうちゃんの鞄に入ってたんだけど」


「はぁ?

お前何勝手に人の鞄あさってんの。意味わかんねぇんだけど」


切れ気味に彼は言い返し、侮蔑の籠った眼で睨みながら、私が手に持っていたイヤリングと鞄をひったくるように奪い去る

自分は私の携帯もカバンも勝手にいじったりするのに、いじられるのは嫌なのか

結局イヤリングの所持者については言及せず

お前まじ最低だな、と言い残してさっさと寝室に行ってしまった

ガチャリと音がしたから、きっと鍵をかけたのだろう


今夜もまたソファか

はぁ、と誰もいないリビングにため息が落ちる


1度離れてしまった気持ちは、もう元に戻ることはなく

むしろ先ほどの会話で嫌悪感を抱くまでにいたっている

あいつのどこに惚れていたのか、自分でも疑問に思う


でもそんな最低なやつでも、本当に大好きだったのだ

浮気されても、冷たい声でけなされても

自分でもどうしようもないほどに、彼にのめりこんでいた

気持ちに区切りがついた嬉しさと、どうしようもない悲しさと悔しさがが織り交ざって、ほろほろと涙がこぼれた


どうしてこんなことになってしまったのだろう




彼との出会いは自分がまだ大学生の頃

自己主張が苦手で、当時もどちらかというと野暮ったくて地味だった私

友達に連れられ、その場の流れでバスケットサークルに入ることになった

彼はそのサークルの1つ上の先輩だった


当時から彼は人気者で、輪の中心には必ず彼がいた

かっこよくて、明るくて、おしゃべり好きで、楽しいことが好き


地味で目立たない私にも、構わずしゃべりかけてくれて、一緒にいるのが楽しかった

恋に落ちるのはあっという間だった


好きになってから、私は様々な努力をした

慣れない化粧を勉強して、ダイエットをし、ファッションも彼好みをチョイスして

彼に見合うように、彼に女として意識してもらえるように、頑張った


そして私が3年、彼が4年生になった年の夏


「なぁ、みやび」

「ゆうと先輩!どうかしましたか?」

「あーの、さ、みやび今彼氏とかいたっけ」

「??いませんよ?」


彼はぽりぽりと頬を掻く

その時顔が赤かったのは、緊張のためなのか窓から射す西日のせいだったのか、今ではもうわからない


「じゃあさ、俺ら付き合わねぇ?」

「…えっ」


彼からの申し出で、私達は見事に付き合えることになった

その時は信じられないのと嬉しいのとで、泣いてしまったことを今でも覚えている

頭をなでてくれた優しい手のことも


彼の提案で、私が社会人になったと同時に同棲を始めた

それから3年


いつからだっただろうか 

デートらしいデートをしなくなったのは


いつからだっただろうか

目を合わせて、笑いあったりしなくなったのは


いつからだっただろうか

別れようと言われるのが怖くって、本音を言えなくなったのは


これが世にいう倦怠期というやつで、しばらくすればまた昔のように戻れると思っていた

そうなれるように自分なりには努力をしていたつもりだった


……でももう、疲れてしまったなぁ



かつては一緒に寝ていた寝室から、扉越しに彼の楽しそうな笑い声がする

きっと友達と電話でもしているのだろう

…もしくはあのイヤリングの持ち主だろうか



まぁ、もう、どうでもいいか


心にじくじくとした痛みがあっても、私はそれを知らないふりをして、ソファに横になり、眠りについた


彼と別れるための計画を立てながら





「……っよし」

最後の荷物を段ボールにしまい、ガムテープを貼り付ける


もので溢れていたこの家も、私の荷物がなくなってしまえば、こざっぱりとして見える


「長かったようで、今日まであっという間だったなあ…」


彼と別れると決心したあの日から約3か月

今日は前々から準備をしていた計画の実行日


最後の荷物を友人の荷台に詰め込んでもらい、他にやり残しはないか念のために家を確認した


そして最後に机の上に手紙と、今まで使っていた携帯を置いておく


彼女が突然いなくなって、手紙だけ残して音信不通になったら、彼はいったいどんな反応をするのだろうか

悲しむ?怒る?それとも無関心だろうか


まぁ、どうでもいいか


駅近でそれなりに人気のこの地域に住みたいと言ったのは彼で、この家もまあまあいいお値段がする

2人で住んでいたからまだぎりぎり払えていたような家賃である

一人で払い続けるのはなかなかに厳しいだろう

しかも彼は多いとは言えない給料にもかかわらず、遊び大好き飲み会大好き男である

貯金があるとは思えない


きっと彼はしばらく金銭的に苦しむだろうなあ、と人ごとのように思いながら


「このくらいの仕返しは許されて当然だよね?

ゆうちゃん?」


ふっと笑い、私は家を後にした




この後、逆ギレした彼が彼女を襲いかけ、たまたま助けてくれた男性とみやびが新しい恋に落ちるのは、まだしばらく先のお話である






読んでくださった皆々様、

本当にありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 別れると決めてから引っ越したならざまぁや仕返しかもしれないがそうは見えないのでざまぁ感が無い
[一言] 2chではよくある話だなw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ