流儀について(こんとらくと・きりんぐ)
「ひゅー! すげえカーチェイスだったぜ。ここまで逃げれば、サツのやつらも追ってこねえだろう」
「どうだろう?」
「なんだよ、もっと嬉しそうにしてもいいんだぜ」
「でも、あれはぼくの流儀に反する」
「でも、おかげでサツをふりきれたじゃねえか。なんだよ、お前、殺し屋じゃねえか。殺すのが仕事だろ」
「標的以外を無闇やたらに殺すのはルール違反だ」
「へえ、そうかよ。でも、おれがそのルール違反とやらをやらかさなきゃ、今ごろおれたちサツにパクられてるところだぜ」
「きみは自分がしたことの重大さを分かってないの?」
「おれは逃がし屋だ。逃がすのが仕事だ。お前は客でおれはお前を逃がすためにベストを尽くした。何が不満なんだよ?」
「そこに残ってる」
「ああ、頭の皮だな。髪の毛つき。ちっちゃい皮だ。それがどうした?」
「流儀に反する」
「また、流儀かよ。言っておくがな、お前がそのケツをそのシートに落ち着けていられるのは、その流儀をちょいとばかし破ったおかげなんだぞ。でなきゃ、今ごろ、おれたち二人ともムショにぶち込まれて、血が出るまでケツを掘られてるところだ」
「きみは殺し屋じゃない。そうだよね?」
「その通り。おれは逃がし屋よ」
「そう。だから、殺しに関してはきみは素人だ。もちろん、きみの運転技術はプロのレーサーも恥ずかしくなるくらい見事なものだってことは知ってるし、事実その通りだと思う。でも、殺しは素人。プロには程遠い」
「出た、プロ。殺し屋を乗せると必ずその言葉が出てくるんだよな」
「プロとしての抑制は仕事をより確実に遂行するのに欠かせないと思うけどね」
「だから、今は制限速度で走ってるじゃねえか。見事に抑制してるじゃねえか」
「ボンネットに人の頭の皮がこびりついてるんだよ? そんな車、見かけたら、すぐに通報される」
「鹿を曳いたくらいにしか思わないさ」
「今ごろ州境に検問が敷かれてる。青のロードスター・クーペの手配書が先回りしてる。何でだと思う?」
「理由なんてねえよ。サツってのは何もしてなくても、すぐ無線で指名手配したがる生き物なんだからな」
「きみが幼稚園児の行列に突っ込んだからだよ。しかも、そのまま走り続けた。こうして、幼稚園児の頭の皮を引っかけたまま。頼むからあれは事故だったって言ってもらいたいね。まさかとは思うけど、あれはわざとなのかい?」
「わざとに決まってるだろ」
「どうして?」
「ガキどもをボーリングのピンみたいに薙ぎ倒せば、サツのパトカーはおれたちを追うのをやめにして、ガキたちの救助に向かう。それが目論見どおりにいって、おれたちはこうしてドライブができる。あと数分で海沿いの道に出て、夕日が海に沈むのが見られる。全てがオレンジに輝いて、それは素敵な世界なんだ。海は眩い夕日をまるで長年の友だちを泊めてやるように暖かく出迎える。そして、涼しい夜の空にダイヤモンドのカット工房の床みたいにきらきらした星がかかる」
「そこまで想像力があるのに、きみは時速一二〇キロで走る車が幼稚園児を二十人以上轢いたら、どんなことが起こるか、想像できなかったのかい? このことはきっと全国ネットのニュースで流されてる。一週間はこの事件が全国紙の第一面を飾る。おかげで、ここでは仕事ができない。どこかよそに行かないといけない。それもこれもきみがあの幼稚園児たちをボーリングのピンみたいに薙ぎ倒したからだ。正直、ぼくの流儀に反する」
「また、それか。流儀、流儀ってくだらねえことばかり言いやがる。フランキーの紹介じゃなきゃ、走ってる車から蹴落としてるところだぜ」
「今度の仕事、フランキーがいい顔すると思うかい?」
「フランキーの縄張りはベイエリアだ。これはフランキーにはこれっぽっちも関係ないことだぜ。ガキどもを轢いたのはアップタウンだし」
「ひょっとして、何かクスリやってる?」
「おれはヤクはやらねえよ。ヤクなんて見たくもねえ。政府はもっとヤクを取り締まらねえといけねえぜ。ガキどもが注射器を使い出したらどうする? え? それに母乳だ。母親がやったヤクが母乳を通じて、赤ん坊の体内に溜まったら、赤ん坊はどうなる? そんなことにならないよう、政府はヤクをもっと厳しく取り締まらないといけねえよ。ガキどもってのは世界の未来なんだぜ」
「ご立派な演説だね。幼稚園児を二十人以上轢きつぶしたにしては」
「それとこれとはな、話が違うんだ、話が。ヤクは人間としての問題、ボーリングのピンみたいに薙ぎ倒した幼稚園児たちは純粋にビジネスの問題だ」
「フランキーはドラッグを扱ってるけど、幼稚園児をボーリングのピンみたいに薙ぎ倒すことにはいい顔はしないだろうね」
「それはフランキーのビジネスであって、おれのビジネスじゃない。ビジネスは見かけた人間の頭の数だけあって、人間、てめえのビジネスだけ気をつけときゃ、世の中はうまくまわるようにできてるんだよ」
「じゃあ、ぼくのビジネスはどうなるんだい? 標的を狙撃して逃げるだけなのに、あんなことになって、ぼくのビジネスは台無しだ」
「誰かが貧乏くじを引かなきゃな」
「どうして、それがぼくなんだ」
「なぜなら、このへんのサツはコヨーテみたいに執念深いからだ。やつらの鼻っ面をよそに向けさせるにはガキどもの阿鼻叫喚が必要だったのよ」
「それがきみの流儀なんだね?」
「そうだ。その流儀のおかげで、お前はいま――」
「車を止めて」
「は?」
「車を止めて。今すぐに」
「なんだよ?」
「もう我慢の限界ってこと。ぼくが流儀のことを持ち出すと、あの子どもたちをボーリングのピンみたいに薙ぎ倒したおかげで、お前はうんぬんかんぬん。そう言われることにうんざりした。バイバイ。ぼくは歩いて逃げることにするよ」
「ああ、そうかい。勝手にしな」
「勝手にするさ。それとぼくにいわせると、ボンネットにこびりついてるこの子どもの頭の皮はつまんで、どこかに捨てたほうが――」
「うるせえ。余計な世話焼くんじゃねえ。これはおれの車だ。お前はもう客でもなんでもねえんだ。だから、おれの車に触れるんじゃねえ」
「きみ、正気?」
「るせえっ! てめえのいい子ぶりっこにはうんざりだぜ。これがおれの車なら、おれの車のボンネットにこびりついてるガキの頭の皮をどうしようが、おれの自由だ。おれはな、今、ボンネットにガキの頭の皮をはりつけたまま走りたい気分なんだよ。わかったか? このクソ野郎」
「なにか、あったんですか、おまわりさん?」
「殺人犯の捕り物だよ」
「犯人はつかまったんですか?」
「死んだよ。検問を突破しようとして。死体ならあそこ。青のロードスターだ。見ても気持ちのいいもんじゃない。その馬鹿、パトカーを避けようとして、横の杉にぶつかった。フロントガラスから前に飛び出したもんだから、ガラスに頭の皮切り刻まれて、ボンネットに脳みそぶちまけてえらいことになった。それもこれもシートベルトをつけてないせいだ」
「シートベルトは大切ですね」
「そういうことだ」
「でも、流儀のせいかもしれませんよ」
「流儀、ねえ……そうかもしれんな。おれがまだガキだったころは悪党たちはそれなりの技で仕事をしたもんだが、今日日のやつらは民間人を巻き込むことを屁とも思わない。でも、そういう外道にはいつだってこういう最期が待ってるもんさ。流儀は大切だよ、坊主」
「それにシートベルトも」
「そう。シートベルトも」