ボトルシップレーサーズ (9)
迂闊だった。良く考えてみると、ヒナをあちこちに足止めさせるような内容ばっかりだった気がする。演奏喫茶もそう、お嫁さんクラブの出店もそう。ヒナをプールに近付けさせたくなかったんだ。
だとすると、最初から狙いはプールだった?プールにはハルやサユリがいる。クラスメイトも、お客さんだって沢山いる。なんだそれ。ふざけてんのか。ふざけてんのか。
もし学園祭に何かあってみろ、ハルに何かあってみろ。ヒナは絶対に許さないぞ。どうなっても構わない。何を犠牲にしたって構わない。全存在を粉々にしてやる。原子のレベルまで分解して、再構成して、分解して、全身の痛覚を限界まで刺激して、正気を失ったら元に戻して、永遠にその苦しみを繰り返してやる。
ナシュト、プールでおかしなこと起きてない?
「何も感じられない」
あんた鈍ってんじゃないでしょうね。もう本気であの土地神様とトレード考えちゃうよ。ヒナだって残念イケメンと美少女なら、間違いなく美少女を取るよ。毎日がきゃっきゃうふふで大はしゃぎだ。
格技棟までやってきた。プールの方が騒がしい。やっぱり何か起きてる。ナシュトこの役立たず。ダッシュで階段を駆け上がる。
「ヒナッ!」
サユリ。プールの入り口のところにサユリがいた。え、ちょっと、何があったの?
「早くプールに!」
上履きと靴下を脱ぎ棄てる。消毒槽とかまだるっこしい。とにかく早く中に。一体何が起きてるんだ。ハル、無事でいて。
お願い。
「ボトルシップ、レーサーズッ!」
・・・はぁ?
プールに入って最初に聞こえて来たのが、ものすごい歓声。反響して、耳がキーンってなるくらい。それからプールサイド一杯の生徒。みんな盛り上がってる。ヒナの方を見て、うおお、って両手を振り上げている。
え?ごめん、これ何?何が起きているの?
「オッケイ、ここで本日の優勝賞品提供者、曙川ヒナ嬢が到着だぁ!」
うおおおおっ!
ちょ、うるさい。何なの?これ何なの?
おろおろしているヒナの背中が、とんとんと叩かれた。振り返るとサユリだ。なんかニコニコしている。え?何?ドッキリ?モニタリング?
「ヒミツ、バラされたくないでしょ?」
は。
ぽかーんとしちゃった。
ああ、そっちか。
なんだ。もうすっかり銀の鍵がらみのハナシかと思っちゃってた。なんのことはない、それは関係無かったんだ。これ全部、サユリとか、サキとか、チサトとか、ユマの仕込みだ。
秘密って、昨日のお泊りの話か。
なんだよ。なんなんだよ。
ほっとしてガックリと力が抜けた。サユリにしがみつくみたいになる。こ、腰が立たない。サユリがヒナを支えて、プールのすぐ近くの椅子に座らせてくれた。
うん、まあいいや。サユリの仕業だってのはわかった。それはオッケイ。もうヒナ的にはしおしおだわ。
で、これは一体全体何の騒ぎなんだ?ペットボトルボートはプールサイドに引き上げられている。プールにはコースロープが戻されてるし。あ、ハル。プールの向こう側、各コースに一人ずつ男子が入ってる。そこにハルもいる。しきりにヒナに向かってゴメンナサイのポーズ。ああああ、今朝のヤツだな。ちょっと、ハル、これどういうこと?
「曙川ヒナさん、少しは落ち着いてきたかな?」
きーんっ。マイクで話しかけんな、うっせー。誰だ?あ、放送委員のDJじゃないか。なんでこんなところにいるんだ?
「これ、一体どういうこと?」
「サプライズイベント、ってとこかしらね」
サユリが笑顔で説明してくれた。くっ、嬉しそうな顔して。ヒナが綺麗に落とし穴にはまってさぞ楽しいんだろうな。
普通にペットボトルボートの乗船イベントだけをやっていると、見ているだけの人はあまり面白くない。そこで、もうちょっと派手で、見ているだけでも満足出来るイベントを追加しようと、昨日から密かに企画されていたらしい。
名付けて、ボトルシップレーサーズ。
「各コース一人ずつ、ペットボトルのミニイカダを持って入ってもらうの」
確かに、みんな畳半畳くらいの大きさのペットボトルイカダを持っている。予備とか余りの材料を使えば、あのくらいは簡単に作れるだろう。
「あのミニイカダと一緒に、コースに沿って移動してもらう」
そういうレースなのね。まあ、難しいこと無しで良いんじゃないですかね。でもあのサイズのイカダに乗って移動するのってかなり難しくない?
あ、そうか、一緒なら何でも良いのか。ビート板みたいにしてバタ足で泳いでも良いと。それならいけるか。なんかイカダの意味がどのくらいあるのか判らなくなりそうだけど。
「それだけだと面白くないから、もうちょっとゲーム的にしてあってね」
選手は各自一本、ダンガンボトルという黒いテープを巻いたペットボトルを持っている。はぁ。それをヒナがいる側の岸にあるバケツに向かって投げ入れる。ああ、ヒナの足元にあるこれね。最初にここにダンガンボトルを入れた選手が優勝。
投擲に自信があるなら、遠距離から一気に狙っても良い。確実性を取るなら、こっちの岸まで泳ぎ着いてから入れても良い。ただし、シュートチャンスは各自一回のみ。誰だよこれ考えた奴。テレビのバラエティ番組の観過ぎだろ。
ん?ちょっと待って。そういえばさっき聞き捨てならないこと言ってたよね?
優勝賞品提供者って、何だよそれ?
「曙川ヒナさんが事情を察してくれたところで、改めて優勝賞品のご紹介」
DJがノリノリ。あ、すっごい嫌な予感。
「賞品は、曙川ヒナさんの手作り弁当一週間分だぁ!」
ふっ、ざけんなァ!
ヒナの叫びは大歓声にかき消された。いやいやいや、ちょっと待てコラ。何処からそんな話が出てきたんだ。意味わかんねぇぞ。
その時、改めてプールの各コースにいる男子ィの面々を見た。あ、いも。じゃがいも1号、じゃがいも2号、さといも。お前らもか。そうか、お前ら全員グルか。そういうことか。
二学期になってから、ヒナはサユリとサキとチサトのグループで、ハルといもたちの男子グループと一緒にお昼ご飯を食べるようになっていた。そこで、ヒナがハルに毎日お弁当を作って来ている、ということが話題になった。いもたちがしきりにそれをうらやましがっていたのだが。
「こらー、勝手に人の作ったお弁当を賞品にするなぁー」
どっと笑いが起きた。笑いごとじゃないってば。ヒナはそんなことのためにお弁当を作ってるんじゃないよう。ハルのために丹精込めて毎朝早起きして作ってるんだよ?それをなんで一週間分もドブに捨てなきゃいけないんだよ。ドブに捨てた方がまだマシだよ。聞いてんのかこのドブ以下!
「俺だってー」
じゃがいも1号が何か言ってる。あーん?
「俺だって幸せが欲しいー!」
どっ。
「ばぁーか!」
大爆笑。ああ、もう、恥ずかしいな。ふざけんなじゃがいも1号。流石は永世名誉じゃがいもだよ。じゃがいも2号も、「男子として最後の砦」ってのは何処に行ったんだよ。
「ヒナー!」
ハル。
ちょっと、ヒナに言わなきゃいけないことがあるでしょ。何ヒナにナイショでこんなこと始めてんの?サユリに色々脅されたってのは判ったよ。でも、ヒナのお弁当はハルのためだけに作ってるんだよ?それを賞品として差し出すなんて、酷いよ。もう、どうして勝手にそういうことするの。
「ごめーん!」
「ハルのバカー!優勝しなかったら許さないー!」
これで負けたりなんかしたら、ハルのお母さんに倣って一週間お弁当箱の中身は五百円玉一個だ。それでいいでしょ。フンだ。




