ボトルシップレーサーズ (3)
「時間が必要になる。そっちはどうなんだ?」
「協力者がいる。そこは問題にならないと思う」
ヒナたちのクラス、一年二組の教室は控室ってことになっている。ペットボトルボートの作業も展示も基本的にはプールで全部完結している。教室はクラスメンバーの荷物置き場兼休憩室扱いだ。
そう思っていたんだけど、実際には少し違っていた。ヒナは知らなかったんだけど、クラスメイトの一部有志によって、教室の半分は展示で使われることになっていた。
ペットボトルボートの設計図、制作風景のパネル、小さなペットボトルイカダの展示。なんかしっかりした展示コーナーが出来上がっていてビックリした。ボートに乗れない生徒や一般のお客さん向けに、こういった解説用の場所を設けたんだそうだ。みんな本当にやる気だけはあるんだな。
写真部にパパラッチされた、ヒナとハルが並んで作業しているところの写真も飾ってあった。なんでこの写真なんだよ。「男女が仲良く制作している所をアピールしたくて」別にウチのクラスそこまで男女険悪じゃないでしょ。他にもいくらでもあっただろうに。怒りはしないけど、普通に恥ずかしいよ。
最近は、ハルはもうこのくらいじゃ何も言わなくなった。っていうかスルーだ。開き直ったって感じかな。まあそうだよね。ハルのお弁当をヒナが作ってきてたり、気にし出したらキリがないよね。ただ、今回のお泊り事件はちょっとインパクト大きいかな。これがバレた日には大荒れしそうだ。
朝ご飯を食べるため、ヒナとハルは教室に向かっていた。プールサイドは飲食厳禁。食べこぼしがプールに入ったりなんかしたら大変だからだ。シュウはもっとペットボトルボートを見ていたいとのことで、お母さんとプールに残った。お母さんもヒマではないだろうし、二人とも適当な時間に帰るだろう。まあ、邪魔にならない程度にゆっくりしていってくれ。
校内はもうすっかり学園祭で浮かれた空気に包まれていた。着ぐるみが闊歩し、メイドが可愛くウインクする。男だけどね。初日の午前中から、何処もエンジン全開だ。校庭では何やらマイクで叫んでいる。なになに、クイズ大会?ちょっと面白そう。
「ヒナ、行くぞ」
あん、待ってよハル。折角の学園祭なんだから、もっとゆっくり見てこうよ。こうやってハルと一緒に回るの、楽しみにしてたんだよ。いつもの学校が、いつもと違ってそわそわした感じ。なんだかこっちもじっとしていられないじゃん。
「すぐ戻らないと怒られるだろうが」
ぐっ、そうなんだけどさ。うん、まあ、いいよ。昨夜のお楽しみの代償だと思えば安いもんさ。ハルと過ごした夜を、ヒナは忘れないよ。熱くて、甘くて、そして切ない夜。
「ヒナ、お前いびきかくんだな」
ええええっ!?ホント?マジで?今初めて知った。ヒナ、いびきかくの?そうなの?ねえ、ハル?
「うそだよ」
バカー!信じちゃったじゃないか。知らない。ハルのバカ。女の子として、ものすごくショックを受けました。酷い。
「可愛かったよ。すぐに我慢出来なくなりそうだ」
笑いながらそういうことを言う。もう、バカ。そういえば眠っちゃったのは多分ヒナが先だったね。ヒナの寝顔見てたんだ。恥ずかしい。変なことしなかった?
「してないよ。ヒナのこと、大事だって言ってるだろ?」
そうでしたね。サユリは真面目な根性無しって言ってたけどね。ふふ、ヒナはハルのそういうところ、好きだよ。そうじゃなきゃ、多分今こういう風にはしてない。ハルがヒナのことを大切にしてくれてるって判ってるから、こうやって何もかも預けられるんだ。ハルの言うことは信じるよ。どっちにしても、全部ハルにあげるつもりだからさ。
「えっ?いや、そうなんだ」
・・・う、今、もしかして口に出しちゃってた?
ハルの顔が真っ赤だ。あわわわ、ええっと、ごめん、忘れて。いや、嘘じゃないんだけど、その、まだ忘れておいて。
「お、おう」
失敗した。学園祭モードで浮かれちゃってるのかな。昨日の夜の余韻が抜けきっていないのかも。ハル、変に意識しちゃってるね。ヒナもハルの顔を見れなくなっちゃった。あんなにはっちゃけておいて、今更何やってんだって感じだ。
黙り込んだまま、教室の前までやって来た。ハルが控室側の入り口を開ける。これで中に誰もいなかったりしたらどうしよう。ええっと、そこまではしなくても、今ハルにぎゅうって抱き締められたら、ヒナ、またサユリに怒られるようなことしちゃうかも。ハル、ヒナは、ハルに抱かれたい。
うん、杞憂だった。
いつの間に先回りしてたのか、いもたちが奥の方で楽しそうに談笑していた。いも。ハルの友達。じゃがいも1号、じゃがいも2号、さといも。いつものメンバー三人。
おお、お疲れー。ってハイお疲れ。無意識に不機嫌な顔しちゃったよ。あれ、曙川疲れてる?うん、すっごい。
他にも、学園祭実行委員のユマが死んだように机に突っ伏していた。おおーい、大丈夫かー?いつもは元気なポニーテールが、へにょん、としなびている。ピクリとも動かないけど、微かに呼吸はしているようだ。起きてる?寝てる?
「なんか俺ら来た時にはもうそんなんだったよ?」
マジか、じゃがいも2号和田。なんか大変そうだったもんなぁ。いや、現在進行形で大変なんだろう。そっとしておいてあげた方が良さそうか。何しろヒナはユマにとって大変良くないことをしでかしてますからね。前夜祭の話なんてしたら、絶叫して殴りかかってくるぐらいはされるだろう。さわらぬ神になんとやら。
「二人とも今朝メシ?」
そうだよー、サユリの逆鱗に触れちまってさ。まあヒナが悪いんだけど。あっはっは。ハルと二人で適当な椅子を持ってきて座る。教室内、展示側は綺麗なものだけど、カーテンで区切られた控室側は雑然としたものだ。誰だか知らないけど、濡れたジャージを干してるヤツがいる。これどうにかしろよ。塩素臭いよ。
お母さんからもらったおにぎりをハルに渡す。やった、メシだ。ハルが歓声を上げた。ホントにそう言いたくなる気分。ヒナもようやく食事にありつける。
「お、また曙川の手作りか?」
そうだよ、違う曙川だけどね。むしゃむしゃ。これはやらんぞ。超腹減ってるからな。
「プールの方、結構客来てるよな」
うん、予約も一杯だよ。準備期間中、あまりにも乗りたいって言う人が押し寄せたので、ペットボトルボートの乗船は完全予約制になった。失敗して沈んだら全部チャラだっていうのに、みんな何を血迷ったのか物凄い人気っぷりだった。運航予定を朝イチでホワイトボードに書き出すのがヒナのお仕事だった訳ですが、もう小さい字でみっちりだったよ。何処のラッシュアワーだよ。
あんまり酷使すると、モノがモノだけに耐久性が心配になってくる。予備としてもう一隻ぐらい準備出来ていれば良かったのかもしれないが、その場合は結局2レーンで運行する状況だったかもね。アトラクションとしての目新しさはピカイチだ。
「やっぱ乗れない人にも、もう一つ楽しんでほしいよな」
その発想で出来たのが、この教室での展示だって聞いてるよ。これだって十分に大したものだ。ヒナがプールで右往左往している間に、よくここまでやったもんだよ。そういえば展示に関してはユマが中心だったんだっけ。お疲れ様です。なんか死んだような状態のままだから、とりあえず拝んでおこう。ありがたやー。
「まあ、まだ一日目だ。まだ明日がある」
じゃがいも1号宮下がにやり、と笑った。ん?何その怪しげな仕草?なんか企んでるんじゃないだろうね?
やめてよ、これ以上面倒を増やすのは。サユリに怒られて、ヒナはもう懲り懲りだよ。余計なことして、ハルとの楽しい学園祭を台無しになんかしないでよ。
「まだ、明日がある、だと?」
ユマがのっそりと身体を起こした。うわぁ、なんか寝た子起こしちゃったよ。真っ赤に充血した目。そばかすの上にくっきりと隈が。大丈夫?ちゃんと寝てる?休んでる?
「まだ一日目の午前、まだ一日目の午前・・・」
ユマ、しっかりして。いい感じで壊れちゃってる。学園祭実行委員って大変なんだなぁ。ぶつぶつと意味の判らない言葉をつぶやきながら、何処も見ていない眼でユマは教室を出て行った。お仕事頑張ってください。その、そんな学園祭をぶっ潰しそうなことをしでかしちゃってて、ほんとすいませんでした。
「あー、そう言えば、朝倉、今朝言ったヤツ」
さといも高橋が、そう言ってハルの方をちらっと見た。ハルが困ったような顔をする。ん?何だ?
「後で頼むわ」
じゃがいも1号宮下とじゃがいも2号和田も、思わせぶりにうなずいてみせた。なんか企んでんな、こいつら。男子がこうやってると、大体えっちなことだと思っちゃう。もうそういう印象しか持てない。だって男子ィだし。
「なんか、やらしい」
「やらしくないよ!」
四人ハモった。男子必死だな、ワラ。